護るために

「ひっ──!」


 ケリューは魔物に襲われたときと同じように、咄嗟とっさに屈んで耳のパーツを塞ぎ、目を閉じることしかできなかった。迫る脅威に、ロウゼンは身をていしてケリューを護ろうと自ら距離を詰め、魔斧で薙ぐ。魔槍とぶつかり、何度も武器で叩きつけ合う。

 ロウゼンにとって誤算だったのは、このオートマタは人と異なる動きを可能にしていたことだった。腕がありえない方向に曲がり、予想外の角度から一撃が繰り出された。なんとか急所はかわすが、肩当てごと肩を貫かれて苦痛で顔をわずかに歪めた。

 すぐさま眼前の敵を蹴り上げると、凄まじい力で宙へと放り出されたオートマタは空中で翼を制御し、舞い降りるように着地する。


「ロ、ロウゼン殿!」


 恐る恐る顔を向けたケリューが悲鳴を上げる。肩から流れる血が衣服と壊れた肩当てを赤く染め上げていた。


「大丈夫、大した傷じゃない」


 顔と声には出さずに、走る激痛をこらえながら、ロウゼンは魔斧に魔力の雷を纏わせると構え直した。


「オートマタ……兵器、最終調整……を……」


 魔槍を構えたオートマタは同族に、ケリューにそう話しかける。


「ち、違うであります……わ、私は……」


 命の危機に怯えきってしまい、ケリューの声が震える。


「君は逃げてくれ。俺はあいつをたおす」


 どうして一緒に逃げないのかと訊かれる前に、ロウゼンは答える。


「あのオートマタは数人の盗賊をたった一人で殺せるんだ、外へ出せばどんな被害が及ぶかわからない」


 だから、この研究所内で仕留める必要がある──そう話す前に、オートマタが一気に距離を詰めてきた。

 遠心力を乗せた魔槍の横薙ぎを魔斧で受け止め、力任せに押し返す。今度はロウゼンが接近し、片手剣のように得物を振り回す。繰り出される猛撃は、着実にオートマタの魔槍にダメージを与えていく。

 ケリューは指示通りにこの場から離れようとするが、回転扉は壁から伸びる太いくだで遮られていた。


「あ、あれ……?」


 引き千切ろうとしてもびくともせず、ケリューはなんとかしようと必死に叩いたりするが、道を開けることはできなかった。

 ロウゼンはその間もケリューに近づかせないよう、オートマタと渡り合っていた。何度も互いの得物から火花が散り、体に傷をつけることになっても無理やり押し返して距離をとる。

 武器が交差する中、ロウゼンは隙を見て大きく踏み込み、斬り上げの一撃を叩き込む。オートマタが魔槍で受け止めた瞬間、鈍い音と同時に真っ二つに折れた。しかし動じることなく、瞬時に折れて鋭くなった二つの棒で応戦し始めた。手数は増えたがリーチの差があり、オートマタは防戦一方となっていき、ロウゼンが優位に立つ。

 さすがに不利と判断したのか、オートマタは足首の噴射口から魔力を流し、人であればありえない軌道を描きながら部屋の最奥まで後退した。不信に思ったロウゼンが眉をひそめる。

 すると、オートマタの両翼が光り輝いた。魔力が両翼に集まり始め、何が起きるのかを察したロウゼンは後方を見る。ケリューはなんとか管を押し広げられたが、時間がかかり過ぎた。


「どいてくれ!」


 ロウゼンは叫び、魔斧を強く握り締めて駆け出した。ケリューが振り向き、慌てて脇に避ける。振り下ろした得物はくだごと回転扉を破壊した。退路が開かれると、急いでケリューの手を引いて隣部屋へ入る。すぐさま次の部屋へ転がるように入った瞬間。後方で轟音が鳴り響き、閃光が走る。オートマタの両翼から放たれた魔力の奔流ほんりゅうは、盗賊たちの死体や床を吹き飛ばし、壁に大穴を空けた。


「い、いったい何が起きているでありますかー!?」


 廊下を走りながら、状況が飲み込めないケリューが叫ぶ。混乱していても、足を止めたり振り返ったりする余裕などないことは理解していた。彼女は自分を落ち着かせるために、えて大声を上げていた。


(まずはケリューを外に出さないと!)


 迫りくるオートマタから逃れるため、記憶を頼りに外への道を駆け抜ける。が、天井から分厚い金属の壁が下ろされ、退路を阻んだ。


「どちらかが斃れるまで逃さないってことか」


 ロウゼンは決心すると同時に息を吐く。ケリューを近くの部屋に避難させ、


「ここで隠れていて。絶対にあいつに姿を見せないように」


 そう言って左眼を手で覆った。すると今度は青白い魔力の炎がまとう。次に全身と魔斧を包むように青白い雷が走った。馬の記憶を垣間見たときと同じような、しかしどこか異なる力にケリューは不安を覚えたようで、更に身を縮こまらせた。


「大丈夫、必ず護るから」


 昨日、魔物が襲ってきたときと同じように、ロウゼンは優しい表情と声音で言い、部屋を出ていく。



* * *



 ケリューは言われたとおり、テーブルの下に身を潜めた。


「ロウゼン殿……」


 両の拳を握り、ぐっと目を閉じる。ケリューは後悔していた。あるかもわからない自身の翼のパーツを探す。それだけのはずだったのに、ロウゼンは今、異様なオートマタと戦っている。妹を殺めた者と、同じ種族の者を護るために。

 じっとしていると、昨日の夜に思い悩んだことが、考えないようにしていたことが蘇る。自分が闇市で人と仲良くなりたいと熱弁を振るう姿を、ロウゼンはどう見ていたのか。どんな気持ちで、亡き妹にしてあげたようにケリューの髪を結っていたのか。

 ケリューに対するロウゼンの態度はとても友好的だった。だからこそケリューはわからなかった。オートマタに対して嫌悪感を示さない理由が。

 疑心暗鬼に囚われ、命の危機に晒され、ケリューはただただ怯えることしかできなかった。



* * *



 ロウゼンが部屋を出ると、長く広い廊下の奥からオートマタが姿を現した。ケリューに近づかせないためにも、駆け出して接近を試みる。


「被験者……変更、再開……」


 オートマタはノイズの混じった抑揚のない声で告げ、折れた魔槍の先端に魔力の刃を宿した。柄の短い双槍そうそうを得物とし、煙を上げる両翼を畳むと走り出す。途中で跳躍し、壁を何度も蹴って縦横無尽に動き回る。人間には到底真似できないような変則的な動きだったが、ロウゼンはしっかりと見極め初撃をかわした。オートマタは次々に刃を振るうが、魔斧で全て弾く。

 力任せに押し返すと、ロウゼンは左眼に宿した魔力の炎を更に燃え上がらせた。同時に視界にあるものが映し出される。オートマタの左脚に、ロウゼンにしか見えない青白い小さな炎が灯されていた。

 オートマタは宿した魔力の刃を振り下ろして飛ばす。二つの刃はマントを裂いただけで、間合いを詰めるロウゼンを立ち止まらせることはできなかった。再度形成し、双槍を構え直して迎撃態勢に入る。

 ロウゼンが魔斧を水平に構えて走る。当然横薙ぎが来ると踏んだオートマタはそれに備えるが、


「くらえ!!」


 ロウゼンは魔斧をブーメランのように投擲した。自ら武器を手放す行為は予測できず、それでもオートマタは咄嗟に大人の背丈ほどある魔斧を受け流した。魔斧は壁に深々と突き刺さり、雷が消えた。前方を見ると得物を持たないロウゼンが目の前に差し迫っており、魔槍で突き刺そうとするが、ロウゼンの方が速かった。

 ロウゼンは自分にしか見えない炎が示す箇所に──オートマタの左脚に、勢いを乗せた回し蹴りをくらわせた。人間から放たれる蹴りを鋼鉄の胴体と四肢を持つ者に当てたところで、なんの支障も無いはずだった。


「!」


 頑丈なはずのオートマタの脚は簡単にへし折れて、あらぬ方向へと飛んでいった。

 ロウゼンだけが見ることのできる、特殊な青白い炎。それは対象の最も脆い部分を示しており、あらんばかりの衝撃を与えると破壊できる。どれほど頑強なものでも壊せるという、冒険者ロウゼンの“破壊王”たる所以ゆえんだった。

 オートマタは大きくバランスを崩して片膝を着き、手から魔槍が落ちる。ロウゼンはすぐさまそれを奪うと、瞬時に雷を纏わせオートマタの胸元に突き立てた。魔力の刃が背中まで貫通し、動力部に致命的な損傷を受けたオートマタの体が大きく跳ね上がる。赤い瞳から光が消え、輝きを失った緑色になると、四肢をだらんと垂らして動かなくなった。


「…………」


 ロウゼンは魔力の炎と雷を消し、オートマタを床に横たわらせた。胸元で手を組ませ、まぶたを閉ざす。立ち上がると、緊張が緩んで左眼の異変にようやく気づくことができた。走る痛みに思わず目を押さえ、その手を見ると赤い液体が付着していた。左眼から流れていた血をガントレットの甲で拭うと、壁に突き刺さったままの魔斧を引き抜き、きびすを返してケリューの元へと急いだ。

 ケリューは老朽化したテーブルの下で、耳のパーツを両手で塞ぎ、雨に打たれる子犬のように震えていた。


「もう大丈夫だ」


 ロウゼンは声をかけてから手を差し伸べる。顔を上げたケリューは恐る恐るそれを握り、机の下から出た。

 ロウゼンは武器を魔術で消すと、空いた手で肩の傷を押さえ、壊れていない壁を背に座る。肩の出血は想像以上に酷く、衣服が更に赤く染まっていた。


「い、今すぐ治療するであります!」


 ケリューは両膝を床に着けると両手に魔力を集め、淡い光で包む。そしてロウゼンの肩にあてがい、止血の魔法をかける。少しずつ傷口が塞がっていき、破れた服の隙間から生々しい傷跡が覗く。治癒術で無事、出血が止められた。


「ありがとう、助かるよ」

「このくらいお安い御用であります」


 礼を言い、ロウゼンは疲労した体を休ませる。ケリューも隣に座り、他の浅い傷の手当てをし始めた。


「その、申し訳ないであります」


 突然ケリューに謝罪されて、ロウゼンはわずかに首を傾げる。その理由を問う前にケリューが答えた。


「ここは廃墟になっているとはいえ、オートマタの……兵器の研究所だった場所であります。何かしらの事情で取り残されたオートマタがいる可能性を考慮していなかったであります」

「君が謝ることじゃないよ。俺の方こそもっと警戒すべきだった」


 暗い顔をしたケリューに、あまり気負わないようにと言葉を添えた。


「……あの、ロウゼン殿」


 ケリューは顔を上げ、神妙な面持ちで名を呼んだ。


「どうしたんだい?」


 声をかけるロウゼンだったが、ケリューはすぐ下を向き、数拍ほど経つまで返事を寄越さなかった。


「どうして……」


 何かを呟いたので、ロウゼンは聞き漏らさないよう静かに耳を傾けた。ケリューは困惑した様子で、前屈みのまま上目遣いになって訊いた。


「どうして私を護ってくれたのですか?」

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