研究所にて

 洞窟の中は暗闇が続いているが、それはすぐに別の光源で照らし出された。岩肌が金属の壁になり、光を放つ魔鉱石が一定の間隔で設置されている。何かの資材や鉱物が散乱し、足の踏み場がいくらか奪われているが、二人は器用に音を立てずに進んでいく。廊下は二手に分かれ、等間隔で扉が並んでいた。ほとんどの扉は蝶番ちょうつがいが外れて床に転がり、瓦礫に埋もれて入れないものもある。


「うーん、想像以上にボロボロでありますね。翼が見つかるといいのですが」


 なんとも言えない表情のケリューが小声で言った。

 入れそうな部屋に二人が足を踏み入れると、割れたガラスや中身が蒸発して何も残っていない瓶が散らばっていた。書類の類は何一つ残されておらず、調査する価値も無い物しかなかった。

 二人はいくつもの部屋を調べ、パーツと盗賊を探すが見つからない。


(不自然なほどに静かだ)


 盗賊が仕掛けるトラップの類も無く、ロウゼンは違和感を覚える。廊下を歩いていき、調べられる部屋を調査し、ついに最後の一部屋になった。神経を集中させ、物音を聞き取ろうとするがやはり静寂に包まれたままだった。

 もし盗賊がいるならこの部屋しかないと、ロウゼンはケリューを後退させた。ベルトポーチから小さな石ころに見える物──魔法道具の一つを取り出し、魔力を送る。少しだけ光った魔法道具を、扉と床のわずかな隙間に投げ入れた。すると、爆ぜる音と同時に煙が部屋中に立ち込める。盗賊がいるならどよめく声が上がるはずだが、声がすることはなく他の物音すら聞こえなかった。


「あれ、いませんね」


 首を傾げるケリュー。ロウゼンは彼女を待機させ、先に部屋の中へと入る。魔法道具から発せられた煙は、既に消えていた。

 室内は様々な部品や何かのパーツが乱雑し、いくつもの本棚が倒れている。人が隠れられそうな場所は無く、他に扉があるわけではなかった。


「もう他に部屋は無いですし、盗賊が隠れられる場所も見つからない。となれば……」


 ケリューは顎を撫で、しばらくすると手のひらをぽんっと叩いた。


「わかったであります。きっと隠し部屋があって、そこに身を潜めているに違いありません!」


 駆け足で部屋に入ると、倒れた本棚を飛び越えて壁をじっと見つめる。そしてノックするように手の甲で叩き始めた。


「それは俺がやるから君は──」


 危険なことをさせたくないので、ロウゼンは壁から離そうと近づく。ケリューは位置をずらしてノックをし続けていると、壁から発せられる音が軽く響き渡った。


「おや?」


 他の場所とは異なる音がして、ケリューは首を傾げる。ロウゼンもよく目を凝らして壁を見れば、薄っすらと長方形状の切れ目があった。


「何かあるね。剥がせそうかな」


 ロウゼンはケリューを自分の後ろに立たせると、魔斧を立て掛けベルトポーチから短剣を取り出し、わずかな隙間に差し込んだ。すると切れ目部分が横へとスライドし、中からレバーが現れた。

 ロウゼンがゆっくりとレバーを下ろせば、壁の奥で何かが動いた気配があった。すると、這いずるような重量感のある音が部屋中に鳴り響く。そして変化はすぐに訪れた。


「これは……!」


 驚いたケリューが声を上げる。近くの壁がひとりでに動き、ゆっくりと開かれた。短い通路とその先にある隠し部屋は、二人がいる部屋とは打って変わって、廃墟であるというのに朽ちた部分も蔦が伸びた様子も無い。それどころか床は丁寧に磨き上げられたような光沢を放ち、数々の備品も壊れた様子はない。中央には手術台に似た形の台がいくつか並べられている。

 この部屋だけが、時間ごと外界から隔絶されているかのようだった。研究所が放棄されてから誰からも荒らされていない、確固たる証拠だった。

 ロウゼンは短剣をしまうと、魔斧を手に取り柄を強く握り締めた。警戒しながら通路を進み、部屋を覗く。広めの部屋ではあるが、人が完全に身を隠せるような場所は見当たらない。


「……この部屋にも盗賊はいないのか」


 足を踏み入れ、罠や魔法陣の類が無いことを確認し、ふぅーと息を吐くロウゼン。恐る恐るケリューも部屋に入ってくる。


「盗賊たちはどこへ行ったのでしょう?」

「こんなに探しても見つからないなら、もうここには居ないんじゃないかな。足跡は気になるけど……」


 そう言いながら部屋の隅に視線を向けたロウゼンは、出入り口から覗くだけでは死角になっていた場所に、いくつもの大きな鞄が山積みになって放置されているのを見つけた。駆け出して鞄を近くでよく見ると、それは見覚えのあるデザインをしていた。


(この鞄……間違いない、盗賊が奪ったものだ)


 この研究所内のどこかに盗賊が潜んでいるという予想が確信に変わった。ならばどこにいるのかと思案しようとするが、疑問点がいくつか浮かび上がった。何故、強奪した荷物が見張りも無しに置き去りにしているのか。何故、物音を立てても誰も来ないのか。その答えを導き出せないでいた。


(逆ならどうだろう。見張りを置いていないんじゃなくて、見張りが置けない理由。物音を立てても来ないんじゃなくて、何者かの存在を察知しても襲えない理由……)


 頭をひねって考える。熟考しようと壁に背中を預けた。


「ロウゼン殿?」


 険しい表情で物思いにふけるロウゼンに声をかけ、ケリューも近くの壁に背中を預けた。ところが、


「うわわっ!?」


 背中にあるはずの壁は避けるように回転し、ケリューは壁の向こう側へと姿を消した。鋼鉄が床に叩きつけられ、転がるような重い音がした。


「ケリュー!?」


 回転扉の向こうへと姿を消したケリューに、ロウゼンは思わず名前を叫んで閉じられた扉を押した。かなりの力を要し、前のめりになりながらケリューが吸い込まれていった部屋へと入る。


「私は大丈夫であります、ちょっと服は擦り切れてしまいましたが!」


 うつ伏せだったケリューが、恥ずかしさをごまかすように笑いながら立ち上がったところだった。


「!」


 だが、ほっとして胸を撫で下ろす余裕がロウゼンにはなかった。部屋の惨状に絶句することしかできず、様子に気づいたケリューも周囲の異様さに、開きっぱなしの口から声を絞り出すこともままならなかった。

 無機質で広々とした部屋。その壁際に人が横になれるほどの台座がいくつか並んでいるが、それ以外は何も置かれていない。そんな部屋を鮮やかに彩っているのは、複数の男たちの死体と乾ききった血液だった。恐怖で白目を剥いたままの者、片腕が転がっている者、胸元が真っ赤に染まった者──職業柄、見慣れているロウゼンはなんとか冷静になれたが、もしケリューに人と同じような消化機能があれば、胃袋の中身を吐き出してもおかしくはない。

 凄惨な光景の中、ただ一人だけ両足で立つ者がいた。人工物特有の光沢を放つ赤い瞳はケリューに向けられている。その者は鋼鉄の体で造られており、直立の姿勢は呼吸による一切のブレが無い。その者が呼吸を必要としない生命体、オートマタであるのは明らかだった。

 オートマタの背中に取り付けられた鋼の翼が、金属が擦れる音と共に展開される。そして、手にしていた魔槍の穂先をケリューに向けた。


「……オートマタ、を確認……」


 ひびの入った胴体から魔力が溢れ、壊れた声帯機能から雑音の混じった声が発せられる。オートマタの冷たい眼差しに串刺しにされ、ケリューは身動きがとれないでいた。


「こ、こんにちはであります……?」


 交友関係を築く上で、いかに挨拶が大事かをドルファに説かれていたケリューは、このような状況下でもそのスタンスを崩さなかった。というよりは、危機的状況に曝されてまともな判断を下せなかった。


「この人たちを殺したのは君なのか?」


 ロウゼンは庇うようにケリューの前に立ち、魔斧を構える。


「被験者の……を確認。これより……移行……」


 質問に答えることなく、オートマタは翼を更に大きく広げると、床を蹴り低空飛行したまま突進してきた。

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