闇市にて
裏通りは一転して建物の影が差し、昼間だというのに暗くじめじめとした雰囲気を醸し出している。更に奥へと進めば、野良犬や猫がどこからか調達してきたゴミを漁る姿を目撃できる。スラムほどではないが、あまり人が立ち入るべきではないことは明らかだった。
「ほ、本当でありますか!?」
裏通りのどこかで、探している人物のやけに大きな声が発せられた。ロウゼンは声のした方へと駆け出し、ようやくケリューを見つけ出すことができた。
ケリューは裏通りの空き地、表では売れないようなジャンク品や入手手段の知れない商品を取り扱う、俗にいう闇市の一角にいた。ボロボロのテントの下、木箱に布をかけただけの陳列台に並べられた金属のパーツ。それらを爛々とした瞳で見つめていた。
「そうだぜお嬢ちゃん。これらの部品はオートマタの研究所で見つかった物なんだぜ?」
フードを深くかぶった店員の青年が、揉み手をしながらニヤついた笑みを浮かべた。パーツをいくつか並べ、翼のような形を作る。
「ほら、こうやって組み合わせると……お嬢ちゃんが求めていた物ができあがるのさ。繋げるには魔技師の手を借りる必要はあるがな」
「おおー! まさに私に相応しい鋼鉄の翼でありますね! 片翼だけでも見つかって良かったであります! お値段は──」
「ケリュー!!」
ロウゼンは人混みを避け、二人の間に割って入る。
「な、なんだお前。商売の邪魔だぞ」
店員は鬱陶しそうに、吐き捨てるように言った。
「おや、さっきぶりでありますね」
悠長にポケットから財布を取り出しながら、ケリューは笑顔で硬貨をつまんだ。
「ケリュー、それはただのジャンクパーツの寄せ集めだ。翼の部品には決してならない」
「そ、そうなのですか?」
「ああ」
ケリューの肩を軽く叩き、
「ほら、帰るよ。まだメンテナンスの途中だろう?」
その場から立ち去ろうとするロウゼンだったが、それを店員は許さなかった。
「おいおい待て。魔技師って
睨みつける青年に反応し、
言葉に出さずとも脅迫されていることに変わりはなく、しかしロウゼンは態度を変えることはしなかった。
「たしかに俺は魔技師ではないけど、知識が無いわけじゃない」
ロウゼンは店員が広げたパーツの一つを指差した。
「この細長いパーツはオートマタのパーツではあるけど、人間でいう上腕骨を担うものだし、羽根の部分はオートマタの脚となる部品を削ったものだろう? それにこれだって──」
翼のパーツの正体を次々に言い当て、店員の顔は徐々に青くなっていく。護衛が剣の柄に手を置き、店員は腰に忍ばせていた短剣に触れるが、ロウゼンの顔をまじまじと見つめ、「あっ」と声を上げた。そして同時に短剣から手を放す。
「まさかアンタ、あの“破壊王”ロウゼン・エルドラドか!?」
店員の言葉に驚き、目を丸くした護衛がロウゼンに付けられた異名をつぶやく。
「破壊王? それって拳一つで城壁をぶっ壊したとかいう……それに、どこかの国で騎士をしていたって噂の?」
冷や汗をかいた店員が頷く。手の跡が残りかねないほどに強く揉み手をして、引きつった笑顔を作った。
「いやー、あの破壊王だったとは知らず無礼なことをしました。ここは貴方が楽しめるような場所ではありませんよ。あははは……」
戦闘を仕掛けて勝てる相手ではないと察し、プライドを投げ捨ててでも見逃してもらおうとゴマすりを始める二人だったが、ケリューは護衛に顔を近づけて怒鳴った。
「ちょっとあなた、失礼極まりないでありますよ! 人がグーパンで城壁を壊せるわけがないでしょう! さすがの私にもそのくらいはわかりますよ! ね、ロウゼン殿!」
「えっ?」
ロウゼンは目を丸くして、わずかな間だけ硬直してしまった。
「ほら見てください、ありえない噂にご本人がポカンとしてますよ! 虚実を広げるのは良くないことで──」
「さ、さぁ帰るよケリュー。ここはあまり長居しない方がいい」
まくし立てられて呆然とする護衛を置いて、ロウゼンは一瞬だけバツの悪そうな顔をすると、ケリューの手を引いて歩き出す。店員も護衛の男も二人を追う様子はなく、手を離すとロウゼンはひとまず安心して息を吐いた。
「うーん、嘘をつかれていたとは全く気づかなかったであります。どうしてそのようなことをするのでしょう? ついていい嘘と悪い嘘があるのは承知していますが、圧倒的に後者の方が多い気がしてなりません!」
頬を膨らませ、腕を組みながらケリューは子供のような怒り方をしていた。
「おっと、ぶつかってしまい申し訳ないであります!」
「別にいいのよ。気にしないで」
女は微笑むと、すぐに闇市の人混みに紛れた。その様子を見ていた通行人の幾人かは、ケリューの姿を見てヒソヒソと何かを話していた。彼らの声は前を通り過ぎたロウゼンと、聴力を強化されているオートマタのパーツが全て拾い上げていた。
「ったく、オートマタなんてただの殺戮兵器が、人様の前をうろついてる方が間違ってるって」
「どうして野放しにしてるのかしらね。いつ赤い目をして襲ってくるかわからないのに……」
雑踏に紛れて発せられた、ケリューを
「?」
ケリューは少しだけ目を細め、首を傾げる。きょとんとした顔は、純粋な疑問を抱いていると書いてある。
人とぶつかってしまったが、きちんと謝罪して相手も許してくれた。そんなケリューに対して、それでも悪口を
「ケリュー」
ロウゼンは彼女の名を呼び、再び手を引いて足早に立ち去った。そして、
「皆はただ、君のことを知らないだけだよ」
心苦しさを押し殺し、優しい声でそう伝えた。
通行人たちが吐いた言葉は、全てが偏見と嘘に
その戦争は約十年前に終わったが、人々に深い傷を残した事実は変わらない。たとえケリューが二年前に目覚め、戦争に全く関わりがないとしても、他人にはそれを知る術はない。
このレクスター王国では、オートマタを軍事利用された被害者として保護する傾向にあるが、そうではない国も多い。王都レクスタリアは交易が盛んな影響もあり、様々な国から来訪者が訪れるため、憎悪を向けられるのは仕方のないことだった。それが理解できるからこそ、ロウゼンは心を痛める。
「そうですね! 何一つ知らない相手を恐れるのは仕方ないことであります。ですが、話し合えば誤解は解けて、きっと仲良くなれるでありますね!」
そんなロウゼンとは対象的に、ケリューの反応は明るいものだった。彼女は屈託のない、無邪気な笑みで返事をした。ロウゼンは「そうだね」と同意を示し、眩しい笑顔のケリューに微笑んでみせた。
「ふふん、私が皆さんと仲良くなれば、私の同胞も同じように仲良くなれるはず。知り合った人とお友達になれるよう、頑張るでありますよー!」
エイエイオー! と元気良く叫びながら、ケリューは拳を突き上げた。そして率先して裏通りを抜けようとし──道に迷ってしまい、ロウゼンが先導してようやく流星雨へ帰り着いたのだった。
* * *
ロウゼンは冒険者の、ケリューは給仕と警備員の仕事をこなす日常が続いた。しかしいつもと異なるのは、ケリューが暇を見つけては市場や魔技師の店へ通い始めたことだった。
翼となる部品を探しては収穫を得られずに帰還する。そして闇市のような危なげな場所へ行こうとして、ロウゼンを含む幾人の冒険者に止められる姿も散見された。そんなことがあり、ドルファは気にかけるあまり胃袋を痛めた。
ある日の朝。ロウゼンは支度を終えると部屋を出て、冒険者たちの宿舎と流星雨のロビーへ繋がる渡り廊下を通る。ロビーの扉を開けると、椅子に座っていたケリューが立ち上がってロウゼンへと駆け寄った。
「やあ、おはよう」
「おはようございますロウゼン殿! 早速ですがお願いがあります! ここへ私を連れていって欲しいのです!」
ケリューは一枚の地図を広げると、ある場所を指差した。そこは森で、王都レクスタリアから徒歩で三日ほどの距離にある。
なんの変哲もない、どこにでもある田舎を記した地図に見える。しかしロウゼンは、指された場所のことを
「ここって、たしかオートマタの研究所があった場所だよね?」
ケリューは頷いて拳を強く握った。
「そうです! 謎の接合部が現れてから
ケリューはその場でくるくると回り、ガッツポーズを決める。
「ということで、オートマタが作られた研究所をくまなく調査してから、翼探しを終えようと思うのであります! ロウゼン殿には道中の護衛と、調査の補佐をお願いしたいのです!」
ケリューは地図を畳み、別の紙を取り出すとロウゼンに差し出す。それは依頼書で、たった今述べたとおりの内容と適切な報酬額が記入されている。
「馬車代やその他経費は私が負担しますので、どうぞ安心して引き受けてくださいであります! ……ロウゼン殿が良ければの話でありますが!」
「わかった。出発はいつの予定かな?」
何か依頼を受けるつもりでいたので、ロウゼンは二つ返事で承諾した。
「助かるであります! 善は急げと言いますので、今から出発しましょう!」
いつもより弾んだ声でケリューは言い、荷物を取ってくると言って階段を上がっていった。その間にロウゼンはドルファから受諾の印を依頼書に押してもらった。そのとき、依頼書が掲示されたコルクボードの前に立っていたデーヴァが、依頼書を片手に小走りでロウゼンに近づいた。
「ロウゼン兄ちゃん、姉ちゃんの依頼を受けたんだよね? 僕と違って姉ちゃんは戦えないから、ちゃんと護ってあげてよー?」
「もちろん。怪我一つさせるつもりはないよ」
「へへっ、それを聞いて安心したよ。頼んだからね!」
二人は拳と拳を軽く突き合わせる。デーヴァは魔物の掃討について書かれた依頼書に印を押してもらい、スキップしながら流星雨を出ていった。ロウゼンは荷物の確認をし、ロビーでケリューを待つ。
「お待たせしました。それでは出発するであります! ドルファ殿、いってくるでありますー!」
「いってらっしゃい。気をつけるのだぞ」
ドルファは手を振って二人を見送り、大きめのリュックサックを背負ったケリューは敬礼のポーズをすると、ロウゼンと共に流星雨を出る。
「では、馬車に乗せてもらいましょう!」
ケリューは駅馬車の停留所へ向かおうと駆け出すが、
「こっちだよ」
ロウゼンが大通りの道の一つを指差し、ケリューは頭を掻きながらくるりと回って戻ってきた。
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