給仕ケリューのちょっとした冒険

給仕の暴走

 二年前。王都レクスタリアにある冒険者ギルド“流星雨”では、新しく給仕と冒険者が雇われた。その姉弟きょうだいは行く宛がなく、ギルドマスターであるドルファの計らいで職を与えられたのだった。

 そんな二人の存在をまだ知らないロウゼンは、いつものように流星雨の玄関扉を開いて帰還した。


「いらっしゃいませであります! またはおかえりなさいであります!」


 ただいまと言う前に発せられた、聞き覚えのない声に驚くロウゼンは、若い女の姿を見て更に目を丸くした。

 威勢のいい声を出したのは、二十歳にも満たない若い女だった。肩にかけた赤い三つ編みが目立ち、黒い燕尾服を着ている。ロウゼンが驚いた理由は、彼女の首や四肢が鋼鉄のパーツで作られていたからだった。


「オートマタ……」


 ロウゼンが若い女の種族名をつぶやく。すると若い女は、慌てて両腕を上下にせわしく振った。


「あわわ、怯えなくても大丈夫でありますよ〜! 取って食べようだなんて思っていないであります!」

「い、いや。そういうわけじゃ……」

「む、違ったでありますか? とにかく、敵意など無いことが伝わったのなら一安心というもの!」


 オートマタの女は、先ほどと同じように声を張り上げる。


わたくしはケリュケイオン! 親しみを込めてケリューとお呼びくださいであります!」


 そう名乗った若い女は、握手を交わそうと満面の笑顔で鋼鉄の手を差し出した。


「えっと……俺はロウゼン。ロウゼン・エルドラドだ。よろしく、ケリュー」


 突然のことに困惑してしまったロウゼンだったが、恐る恐る手を伸ばしてなんとか握手を交わした。

 これが、人間の冒険者ロウゼンとオートマタの給仕ケリューの出会いだった。



* * *



 王都レクスタリアの昼の市場は様々な種族の買い物客が行き交い、王国の特産品や他国の輸入品が売買され、まるで祭りのような賑わいを見せている。

 そんな市場で、緑髪の青年は食材の入った紙袋を抱えていた。片手にはメモが握られ、食材とその数が記されている。


(よし、頼まれたものは全部揃っているはずだ)


 青年は帰路につき、人にぶつからないよう注意を払いながらレンガ造りの道を歩いていく。


「あら、ロウゼンじゃない」


 誰かに声をかけられ、青年──ロウゼン・エルドラドは振り向く。そこにいたのは長い金の髪の美女だった。青い瞳は少しだけ細められており、ロウゼンに対し優しく微笑んでいる。


「やあサティア。君も買い物かい?」

「ええ、異国のアクセサリーを買いに来たの。貴方あなたは……買い出しなのね」


 紙袋の中のリンゴを見てサティアは言う。


「ああ。マスターが新メニューの開発中で、その手伝いだよ」

「あら、新メニューなんて久々ね。完成が楽しみだわ」


 楽しそうに言いながら、サティアは「それじゃあね」と手を振った。ロウゼンも別れを告げ、目的地へと戻っていく。

 市場から離れ、馬車や人が行き交うアークトゥス通りを歩く。野菜や果物が入った紙袋を抱えながら、ロウゼンは大きな建物の前に立つ。冒険者ギルド流星雨の看板が掛けられた建物の、玄関扉を開いた。


「ただいま。頼まれたものを買ってきたよ父さ──」

「我が弟よ! もう一度背中を見せるであります!」

「えー、やだよー!」


 ロウゼンの声を掻き消すように、流星雨のロビーに若い女の声と男の子の声が響いた。赤い三つ編みの若い女と、長い青髪の男の子が何やら話している。


「あっ、ロウゼン兄ちゃん! 助けてよー!」


 ロウゼンを“兄ちゃん”と呼んで慕う、体が鋼鉄で作られた少年。彼はハーフマントをたなびかせながら、素早い身のこなしでロウゼンの後ろに隠れた。


「どうしたんだいデーヴァ?」

「姉ちゃんに訊いてー!」


 ロウゼンのロングマントを掴み、デーヴァと呼ばれた少年は前方を見る。


「お願いでありますドルファ殿! もう一度、私の背中を見てほしいのであります!」

「いや、さっきも言ったがアレに関しては儂にはわからんぞ。それよりもおとなしくしてくれないと、お前さんたちのメンテナンスができんのだが……」


 様々な工具と何かの液体が入った瓶が置かれたカウンターのすぐそばで、鋼鉄の両手でドルファの肩を掴んで揺らす一人の若い女の姿があった。黒い燕尾服を着たその人は、ロウゼンの存在に気づくと振り向いた。前にかけた赤い三つ編みが揺れ、金属的な光沢を放つ緑の瞳が向けられる。


「ケリュー、いったいどうしたんだい?」

「おかえりなさいでありますロウゼン殿! そうだ、あなたにも意見を伺うことにしましょう!」

「意見?」


 なんの話をしているのかわからず、ロウゼンは頭上に疑問符を浮かべることしかできない。すると、ケリューは背を向けると素早く燕尾服を脱いだ。後ろ姿だが、腕の動作でシャツのボタンに手が触れたことに気づいたロウゼンは、即座にケリューに背中を向けた。ロングマントを掴んだままのデーヴァも反対側に回った。

 上の服を脱いだケリューの体は、デーヴァと同じように全て金属で構築されていた。なだらかな曲線美が映える肢体は魔力と球体関節で繋ぎ留められており、精巧な人形に見える。


「ロウゼン殿、これを見てほしいのであります!」


 肩甲骨あたりを指差すが、もちろんロウゼンは見ていない。


「い、いやその、すまないが口頭で説明してもらえると助かる!」

「むむ、直接見てもらった方がわかりやすいと思ったのですが……仕方ありません」


 顔をガントレットで覆うロウゼンと、不思議そうに首を傾げるケリューとデーヴァ、そして苦笑いを浮かべるドルファ──はたから見れば異様な光景だったが、幸いにもこのやりとりの間は客や所属している冒険者は訪れなかった。

 もっとも、彼女の体は人と異なり、本来隠すべき部分など存在しないので問題は無かった。

 服を着直したケリューは、ようやく顔を見せてくれたロウゼンに説明を始めた。

 ケリューやデーヴァのような、オートマタと呼ばれる鋼鉄の体を持つ生命体は、定期的に魔力の供給や可動部のメンテナンスを行わなければならない。それができるのは特殊な鉱石を加工して様々な道具を作り上げる者──魔技師と呼ばれる人たちだった。ギルドマスターであるドルファのもう一つの顔であり、ケリューは弟と共に二週間に一度は彼に診てもらっている。


「いつものように胴体部分のメンテナンスを受けた際、肩甲骨のあたりに何かの接合部が現れたのであります!」


 誇るように胸を張って、自慢気に話すケリュー。


「ケリューはな、その接合部に翼が取り付けられるんじゃないかと息巻いておるのだ」

「アシェリー殿の翼は肩甲骨のあたりから生えていましたから、そうに違いありません!」

「僕は違うと思うけどなぁー」


 竜の翼を生やした流星雨の冒険者の名前を出し、ケリューはただの予想に過ぎないことをあたかも事実のように喋る。ドルファは頭を掻いてお手上げだと肩をすくめ、デーヴァは否定的な意見を述べた。


「たしかに有翼種は肩甲骨や腰に翼が生えているから、その可能性はあるかもしれないね」

「そうでしょう、そうでしょう! やはり翼が付けられるのです! というわけで、私は早速パーツを探しに市場を駆け巡るであります!」


 ケリューは手を振り、騒がしさを保ったまま流星雨を飛び出していった。


「い、いやケリュー。まだメンテナンスを終えておらんのだが……」


 レンガ造りの道だというのに、土埃を巻き上げながら去っていくケリュー。そんな彼女にドルファの声が届くことはなかった。

 ロウゼンはカウンターに食材や細々とした道具が入った紙袋を置き、頭を抱えるドルファに声をかける。


「俺が連れ戻してくるよ」

「すまんな。頼んだぞ」


 ドルファは先にデーヴァのメンテナンスに着手し、


「いってらっしゃい、ロウゼン兄ちゃん!」


 デーヴァは両手を大きく振って見送った。ロウゼンも手を振り、流星雨を出ると再び市場へと向かった。

 何隻もの交易船が停留しているようで、運河のある方角には帆船はんせんのマストがいくつも見える。その影響か、港に続く大通りは先ほどよりも商人や買い物客でごった返している。そんな中でケリューの姿を探すが、なかなか見つけられずにいた。大通りを外れ、市場を駆け回るがそれでも探し出せない。


(参ったな……)


 ロウゼンは以前、ケリューがメンテナンスを受けずに遠出をし、異常を起こして動けず途方に暮れていた姿を目撃したことがあった。もし今回も同じようなことが起きていたら──焦燥感に駆られ、視線を足下に向けていると、


「あら、ロウゼン。丁度いいところに来てくれたわ」


 市場で聞いた声がかけられ、見覚えのある靴が視界に入る。顔を上げると、やはり優しい笑みを湛えたサティアがいた。


「さっきぶりだねサティア。俺に何か用かい?」

「ついさっき、ケリューが男の人と一緒に歩いているのを見かけたのだけれど……うふふ、もしかして彼氏ができたのかしら? 何か聞いてない?」

「!」


 楽しそうに笑うサティア。それに対してロウゼンは嫌な予感がした。ケリューは人を疑うことを知らない子供のような人物で、怪しい品物を売りつけられることが何度もあった。実際に訳のわからない物品を抱えて帰宅したこともある。


「ケリューがどこへ行ったのかわかる?」

「そこの道を曲がっていったわよ」

「ありがとうサティア! それじゃあ!」


 ロウゼンは頭を下げて礼を述べ、サティアが指し示した道──裏通りを駆けていく。


「急ぎすぎて転ばないようにね」


 サティアはロウゼンの後ろ姿を見送ると、


「あの様子だと、ロウゼンも知らなかったのね。あんなに急いでお相手の顔を見ようとするんだもの」


 見当違いなことをつぶやいて、近くの雑貨屋へと入っていった。

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