深雨の中の旋律 2

「待ってくれマクベス!」


 足を一歩踏み出したマクベスの前に、ロウゼンは立ち塞がる。


「なんだよロウゼン、悪霊は消滅させねぇと面倒なことになるぜ」


 悪霊。それは人を殺し、体を乗っ取ることで蘇る危険な存在となった幽霊を指す。目の前の幽霊はそうであるとマクベスは断言したが、ロウゼンは首を横に振る。


「君もわかってるはずだ。あの幽霊は完全に悪霊になったわけじゃない。だから──」


 ロウゼンは魔斧を持たない方の手を胸元に当てた。


「楽譜を見つけて渡したいんだ。安らかに眠らせてあげられるなら、俺はそうしたい」

「それ、マジで言ってんのか? アイツをこれ以上放置したらどうなるかわかってるだろ」

「それでも可能性は捨てたくない。それに、マクベスだって同じことを思っているはずだろう?」


 マクベスは目を細め、顎を上げて圧をかけるような態度をとる。


「その根拠は?」


 ロウゼンは凛とした態度のまま、


「本当に今すぐたおすべきだと思っているなら、君は俺を無視してでもそうするはずだ」


 そう言い切ってみせた。その言葉を待っていたかのようにマクベスはしたり顔をすると、双剣に纏った魔力を消して腰のホルダーに収めた。


「ギャハハ! オレのことをよくわかってるじゃねぇか」

「そりゃあ四年も君と仕事をしているからね」


 マクベスは歓迎するかのように両手を広げ、嬉々としていつもの笑い声を上げる。


「ありがとう」


 ロウゼンは感謝の意を表した。


「礼は全部終わってからにしろよな」


 そう言いながら、マクベスは幽霊に近づいていく。


「アンタ、親父に隠された楽譜を探してるんだろ? 心当たりとかねぇのか?」


 幽霊は突っ伏したまま動こうとしない。むせび泣く声しか返ってこなかった。ロウゼンも近づいて声をかけるが、幽霊は涙を流すだけで無視を続けた。


「……話せる状態じゃないね。こうなったら洋館を隅々まで探さないと」


 ロウゼンはいくつかの部屋で楽譜を見つけたことを思い出しながらきびすを返し、ホールの出入り口に目を向ける。


「え?」


 そして、頓狂とんきょうな声を上げた。


「次はなんだよ──って、なんだこりゃ」


 マクベスも目を見張る。二人の視界に映る廊下は、雨風に曝され変色した絨毯が敷かれたものではなく、掃除が行き届いていて埃一つ無い綺麗なものだった。だが全てがセピア色に染まっていて、歩いていく給仕らしき影たちも同じような色合いになっていた。ガラスは何一つ割れてなどおらず、窓外の景色は太陽の輝きを遮るものが無いほどの快晴だった。

 慌てて振り返るロウゼンの視界には、幽霊の姿も割れたガラスも無かった。セピア色に染まった立派なグランドピアノが、ステージの上で佇んでいるだけだった。いつの間にか、ロウゼンとマクベス以外のあらゆるものは同じ色に染められていた。


「悪霊が作り出した異空間ってやつだな。前に退治したときは無駄に歩かされたぜ」


 マクベスが過去に受けた依頼のことを思い出していると、ホール前を一人の少女が駆けていった。彼女はセピア色ではなく、銀の髪と深い緑色の瞳を持つ、純白のワンピースがとても似合う美少女だった。


「お父様ー!」


 少女は楽譜を抱えて、二人の前を通り過ぎていく。その声は幽霊にとても似ていた。


「行くぜ」


 マクベスは戸惑っているロウゼンの背中を軽く叩くと、臆することなく廊下へと出る。すると雨とは違う冷気に素肌が触れた。冬の始まりのような寒さが二人を包み、ロウゼンは軽くくしゃみをした。

 少女の方に目を向けると、少女以外にも人影があった。それは同じ髪と瞳の色をした夫婦で、いかにも厳格そうな男と朗らかそうな婦人。二人は少女と何か話をしている。


「ねぇお父様、お母様。先生がピアノの演奏を褒めてくれたの!」

「あら、良かったじゃない。たくさん練習したものね」


 母親は優しく少女を抱きしめる。しかし父親は目を細めて背中を向け、何も言わずに階段を下りていった。


「…………」


 寂しそうに少女は父親の背中を見つめ、母親に問う。


「ねぇ、先生とお父様は友人よね? どうして先生の話をするとお父様は機嫌を悪くするの?」

「きっと喧嘩でもしているのよ。いつか仲直りすると思うから、あなたが気にする必要はないわ」


 そう言って母親は少女の頭を撫でた。すると二人の姿は煙のように掻き消えていき、淡い光を放つ光球が出現した。光球はゆっくりと階段を下りていく。

 ロウゼンとマクベスは顔を見合わせ、頷くと光球を追いかけた。二階の廊下では先ほどの父親が、細身の男と話し合っている姿を見つけた。


「いやぁ、あなたの創り上げた曲と演奏は本当に人の心を揺さぶるよ! 次回の公演もさぞかし──」

「世辞はいい。何の用だ」


 敵意を示すように冷たい眼差しを向けた父親に対し、男は冷や汗をかいた。「えっと……」といった感動詞を口にするだけで、気圧されて何も喋ることができなかった。父親は何も言わずに廊下を歩いていき、男が何度も名前を呼んでも振り返ることはなかった。


「あっ、先生! こちらにいらしたのね」


 その声はロウゼンとマクベスの真後ろから聞こえた。振り向くと、先ほどの少女が男に手を振っていた。


「お嬢様……。すみません、あなたのお父上と話をしていまして」

「お父様と? ねぇ、何かあったの? 最近二人が仲良くしている姿を見ていないわ」


 少女がうつむき加減に問うと、彼女のピアノ教師である男は身振り手振りで否定の意を表現した。


「あはは、いつもしているくだらない喧嘩が少し長引いているだけですよ。それよりもお嬢様、私に何か用事があるのでは?」

「ええ、実はお父様の誕生日プレゼントについて相談をしたかったのだけれど……」

「もちろん構いませんよ。私にできることがあればなんでもおっしゃってください」

「ありがとう。あのね──」


 少女は教師に何かを話しているが、その声は消えゆく姿と共に聞こえなくなっていく。二人は一つの光球となって、廊下の奥の扉へと溶け込んでいった。


「マクベス、俺たちが見ているのはさっきの幽霊の記憶なのか?」

「だと思うが、どうやらこの洋館に住んでた奴の記憶も混じってるみてぇだな。さて、おとなしく導かれるとすっか」


 マクベスが一足先に廊下を歩いていく。魔斧を魔法で消した後、ロウゼンは扉の前に立ち、マクベスがゆっくりと開いた。

 今度は少女の両親が何かを言い争っている様子で、その声は徐々に大きくなって聞き取れるようになった。時間が経過しているのか、二人の髪は先ほどよりも少し長くなっている。


「あなた、どういうことなの? 先生を解雇したいだなんて」

「最近あいつの様子がおかしい。気のせいだと思っていたが、どうも違うようだ」

「たしかに落ち着きがあまりないようだけれど、それはあなたの病気の話を聞いてからでしょう? 先生はただ心配で気が気じゃないだけ。考え過ぎよ」

「だと良いがな……」


 父親は納得していないようで、眉をひそめたままだった。


「それに、解雇したらいったい誰があの娘にピアノを教えるというの? あなたは忙しいじゃない」


 父親はしばし沈黙し、伏し目がちになって口を開く。


「……あの子はピアノの才能など無い。何か別の──」


 父親が言いかけた瞬間、ロウゼンの足元に何かが落ちた。それは色とりどりの花束で、真後ろに立っていた少女の手から滑るように落とされたものだった。扉の隙間から覗き見ていた少女の、目尻に溜まった涙は頬を伝って絨毯に染み込んでいく。

 廊下を走って離れていく娘を両親が呼び止めるが、戻ってこなかった。母親は部屋から飛び出し、父親はうつむいて爪が食い込むほどに拳を固く握り締めた。彼の姿は消え、部屋から出ていった光球は廊下を出ると一階の階段を通っていった。


「…………」


 ロウゼンは悲痛な面持ちで過去の光景を見ていた。少女の絶望した顔を思い出し、胸が強く締めつけられる。


「ほら行くぜ。幽霊がオレたちに生前の記憶を見せてるってことは、何かをしてほしくてやってんだ。楽譜の手がかりが掴めるかもしれねぇだろ」

「……そうだね」


 マクベスはまた先に階段を下りていく。ロウゼンも下りていき、階段脇の部屋へと入った。その部屋では目を真っ赤に泣き腫らした少女に、教師がハンカチで涙を拭いてあげていた。


「さぞお辛かったことでしょう……」


 しゃくりあげる少女の背中をさすり、なだめる教師。教え子を落ち着かせようとしているようにしかロウゼンには見えなかったが、どうやらマクベスはそうではないようで、胡乱うろんな目を彼に向けていた。


「マクベス?」


 気づいたロウゼンがどうしたのかと問うと、


「たぶん、今にわかるぜ」


 顎で教師を指すので、視線を再び二人に戻した。


「私はお父様の娘だから……ピアノを弾けるようにならないといけないのに……」


 少女は顔を上げ、教師に問う。


「私にはピアノしかないのに、どうすれば良いの?」


 教師は押し黙ったまま、返答を考えあぐねていた。


「ピアノしかないなんて、そんなことはないよ」


 届くことはないとわかっていても、ロウゼンは思わずそう語りかけた。この過去に干渉できたならと、言葉が届かない残酷さに奥歯を噛み締める。無論、マクベスもただ成り行きを見届けることしかできないでいた。

 教師は少女の涙を指で拭い、いつもより低い声音で話し始めた。


「ご安心ください、そのような悩みごとなどすぐに無くなりますよ」

「えっ?」

「大丈夫。お嬢様はずっとご両親と仲良く暮らせますから、安心してください」


 意味がわからず、少女はきょとんとして首を傾げる。男は微笑んで、すぐにその場から立ち去った。少女は背中しか見えていないので気づいていないが、彼が一瞬だけ見せた狂気をはらんだ笑顔に、思わずロウゼンは後ずさった。体の芯が凍りつくような悪意に当てられ、気分が悪くなる。マクベスはこれを予想していたようで、侮蔑の目で教師の後ろ姿を見送った。

 部屋を出た男はしばらく歩くと光球に変わり、階段を上がっていった。無言でロウゼンが先に部屋から出ていき、階段を上っていく。二人は一度も言葉を交わさず、少女の両親の部屋を覗く。光球は部屋の中央で浮遊しており、やがて床へ吸い込まれるように広がっていった。光は少女と父親の姿になり、怒号が発せられる。それは父親からではなく、少女の声帯から出されたものだった。


「どうしてよ、お父様! 先生を返してちょうだい!」


 少女は今にも飛びかかりそうな、鬼気迫る勢いで父親に詰め寄っていた。父親は机に向かって何かを書き連ねている。十数枚もの紙に書かれていたのは楽譜で、そのいくつかはゴミ箱に捨てられていた。

 父親は羽根ペンを置くと、娘と向き合った。


「あの男は優秀なピアニストだ。だからお前の講師として招いたが……腹に一物あるとわかった以上、お前に近づかせるわけにはいかなくなった」

「どうしてそんなことを言うの!? 先生の何が怪しいというのよ!」

「奴とは長年の付き合いだからわかるのだ。気のせいだと信じたかったが……奴は何かを企んでいる。そんな者を家族に近づかせるわけにはいかない。それに、もうお前に講師など必要ない」


 父親は楽譜を集めると立ち上がり、脇を通り過ぎようとした。ところが、服の裾を少女に掴まれた。


「まさか……お父様があの楽譜を隠したの? 返してよ!」

「…………」


 喉に喰らいつかんとする獣のような敵意のある瞳を、一人娘から向けられる父親。しかし彼は悲痛そうな表情で少女を見つめる。それは言うことを聞かない娘に対する失望ではなく、己を責めている後悔の念そのものだった。それに気づいたのか、それとも父親の態度への違和感だったのか──少女は目を丸くし、手を離した。


「お父様?」

「すまない。俺は……」


 父親が何かを伝えようとした瞬間、彼は目を見開き、娘から顔を背けて口を手で覆った。


「ゲホッ、ゲホッ!」


 咳き込むと同時に、手の隙間から落ちたものがベチャリと落ち、絨毯が赤黒い液体で染められる。


「えっ、お父様!?」


 父親は片膝をついて再び咳き込んだ。吐き出された血は、震える手から滑り落ちた楽譜や衣服を赤く染めあげる。そして小さな血溜まりの中に倒れ込んだ。混乱した少女は呻く父親の肩を揺すり、大声で助けを呼んだ。

 突然、部屋中にまばゆい光が放たれる。二人は手で目を覆い、光が収まるとまぶたを開いた。そこにはベッドで横たわる父親と、彼の傍で心配そうに見つめる母親の姿があった。少女は椅子に座ったままベッドの隅に上体を預け、すぅすぅと寝息を立てている。

 父親の目がゆっくりと開かれると、母親は安心して胸を撫で下ろした。


「気がついたのね。良かった……あなた、二日も眠っていたのよ」


 父親は驚き、辺りを見回すと少女の姿をとらえる。


「この子ったら、あなたが起きるのをずっと待っていたの。ついさっきまで一睡もしていなかったから、起こすのはもう少し後でね」

「そうだったのか。すまない二人とも、迷惑をかけたな」


 謝罪すると、父親はそっと娘の頭を撫でた。


「本当にびっくりしたんだから。倒れたと聞いて、主治医やあなたの弟子たちが駆けつけてくれたのよ。こんな時間だから、今は客間で休まれているわ」


 父親は壁掛時計を見やると、針は8の数字を指していた。


「それに、──先生も来られるそうよ」


 母親の声に雑音が混じり、二人は名前を聞き取れなかった。しかし父親の耳には届いていたようで、血相を変えて叫ぶ。


「何!? 奴をこの洋館に入れるな、追い払え!」

「ど、どうしたのあなた?」


 立ち上がろうとする父親を母親は止めるが、二人の体はエントランスから響く甲高い悲鳴で固まった。その声に少女が飛び起きて、周囲をキョロキョロと見回した。父親が目覚めていることに安堵したが、それはほんの一瞬だけだった。自分の目を覚ますことになった悲鳴はなんだったのか、全く理解できずに怯えていた。

 真っ先に部屋から飛び出したのはロウゼンとマクベスだった。悲鳴が聞こえた一階へ下りようとするが、


「なっ──!」


 足を止め、エントランスに広がる悲惨な光景にロウゼンは言葉を失った。隣のマクベスも同じように絶句していた。

 十数人もの腐敗した死体が玄関からなだれ込み、給仕や客人が腐りただれた人の腕に掴まれ、床を引きずられて死体の群れの中に消えていく。耳をつんざく叫び声は、グロテスクな咀嚼音で掻き消された。


「ゾンビ……」


 何度か斬り伏せたことのある魔物の名前を、ロウゼンは声を絞り出してつぶやいた。


「エグいことしやがる」


 吐き捨てるようにマクベスが言い、ベルトに吊り下げた魔剣のグリップを握り、潰しかねないほどに力を入れた。マクベスと同じ感情をロウゼンも抱いており、ガントレットを着けていなければ爪が食い込むほど拳を強く握っていた。

 次々に姿を現すゾンビの集団は、人を喰らおうとおぞましい呻き声を上げながらエントランスを徘徊し始めた。


「い、今のは何……?」


 少女は悲鳴が上がった原因を探ろうと、急いで部屋から出て踊り場まで足を運ぶ。


「駄目だ! 戻れ!」


 父親の忠告も虚しく、彼女はエントランスに目を向けてしまった。幼い少女が見るにはあまりにも残酷すぎる光景に、金切り声を上げて三階へと逃げていく。


「ああっ、待って!!」


 母親は脇目も振らずに娘を追った。父親は胸元を押さえながら立ち上がり、エントランスへと走っていく。階段を降りきったところで父親は銅像が持っていた剣を掴み取る。その姿は光球となって、廊下の行き止まりへ移動していった。

 二人が追いかけると、光球は再び父親を象り、長剣を片手にゾンビを一体ずつ斬り払う姿を再現した。父親は肩から血を流し、出血が止まらない腹部を押さえながら戦っていた。徐々に追い詰められるがなんとかゾンビを斃していく。一階に残っていた魔物を一掃すると階段に片足をかけ、浅い呼吸を繰り返す。二階へ向かおうとするが、何者かの声で止められる。


「ああもう、なんてことだ。あなたに剣技の心得があったとは知らなかった。教えてくれてもいいじゃないか」


 呼吸が整うよりも早くかけられた声に、父親はうんざりとした表情で、剣を一振りして汚れた血を払う。エントランス側から歩いてきたのは教師の男だった。今の彼は奏者らしいかしこまった服装ではなく、魔術師が好むフード付きのローブ姿だった。足元に転がる、血を噴き出しながら痙攣するゾンビを踏みつけながら父親に近づいていく。


「すまないね、あなたを襲わせるつもりはなかったんだ。こいつらはゾンビとなっても本能が残っているようで……身を守ろうとするあまり、こちらの制御が利かなくなってしまうんだ。既に死んでいるのにねぇ」


 軽く頭を下げ、教師は謝罪した。


「やはり貴様はろくな男ではなかったな。死霊術師が何の用だ」


 父親は血の混じった唾を吐くと、剣を上段に構える。

 死者の魂や遺体を操りもてあそぶ異端の魔術師──死霊術師と呼ばれる者は、後ろで手を組むとほんの少し腰を曲げた。


「嘆かわしいとは思わないか? あなたのような天才でも老いや病には敵わず、やがてその腕を振るうことができなくなってしまう。そうなれば、あなたの音楽は永久に失われてしまうことになる」


 教師は演劇をするかのように、大袈裟に頭を抱えて興奮気味に話を始める。


「あなたの音楽は唯一無二なんだ、この世から消えるなど、そんなことがあっていいはずがない!」


 両手を広げ、一歩、また一歩と父親に近寄っていく。


「だから私は、病気のことを聞いたあの日に誓ったんだ。天才の腕が衰えてしまうその前に、朽ちぬよう留めておくべきだと」

「……それで、たどり着いた結論が俺をそれに変えることか?」


 一瞬だけ目線をゾンビに流し、父親が問うと教師は満面の笑みで頷いた。


「そうだとも。あなたの指先から奏でられる音が永久に失われる未来など、考えただけで恐ろしい。そう思うのは私だけではないはずだ」


 教師は父親に手を差し伸べる。


「決して悪い話ではないだろう? 君は死しても表現者として永遠に存在し続けられ──」

「馬鹿馬鹿しい」


 父親は語気を強めて教師の言葉を遮った。


「残念だが、俺を傀儡かいらいにしたところでそこに情熱という魂は存在しない。世間や貴様が求めた私の音楽を奏でることなど不可能だ。同じ音楽家だというのに、そんなことすら理解できないとはな。心底失望したぞ」


 父親は血を流しすぎた影響で、苦しそうに目を細めて歯を食いしばる。出血量から見て、もう助からないのは明白だった。


「……わかってくれるなんて思ってはいなかったけど、それでも同意を得た上で殺したかったよ」


 残念そうにつぶやき、教師は片腕の袖をまくる。彼の手首には真っ黒なブレスレットが着けられていた。魔術師が魔法の補佐に使う道具の一つであるそれから、禍々まがまがしい魔力のオーラが溢れ出した。

 教師が魔法を放つよりも前に、父親が先に動いた。


「!!」


 その光景に、ロウゼンとマクベスは目を見開いた。二人の目線は、鮮血を噴き出しながら落ちる左腕を追っていた。

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