Give me back my day off! 2
「ああもう! 今日はなんだってんだよ!?」
マクベスは悪態をつきながら、曲がり角を駆使して距離を離していくと、商業街へと足を踏み入れる。人間やエルフ、ドワーフや獣人──様々な種族の行き交う賑やかな街並みに姿を溶け込ませた。フランベルが先ほどマクベスが通った曲がり角を通過し、
「どこだマクベス!」
クリーム色の髪のエルフの青年を探しながら、フランベルは幅の広い道を駆け抜けていく。マクベスはその様子を武器屋の店内から見送り、頭の後ろを掻いた。
「ったく、今日はとんだ厄日だぜ」
「今度は何をしでかしたんだ?」
カウンターで頬杖をついた、筋骨隆々な武器屋の店主が呆れながら問う。
「何もしてねぇよ。腕試しの相手にされかけてるだけだぜ」
「だったら逃げずに相手してやればいいだろう?」
「今日は休むと決めたんだ、絶対に相手してやんねーぞ」
「本当に子供だなお前は……アシェリーの方がよっぽど大人に見える」
「おいちょっと待ちやがれ、それはどういう意味だ!」
「いや、普通にそのままの意味なのだが……。それよりも用が済んだなら出ていくんだな」
店主はマクベスの背中を押し、店から追い出して業務に戻った。
「さて、さっさと帰って飯を──」
一人分の飯を食べ残しており、それを食そうと帰路についたとき、マクベスの声が怒声に掻き消された。
「やっと見つけたぞ! いざ、尋常に勝負!」
擦れる金属の音と共に、向かい側の雑貨屋からモーロンが姿を現す。すぐさま彼は大剣の柄に手を添え、近づいてくる。
「ああもうめんどくせー! おいモーロン、手合わせなら明日してやるからもう追いかけてくんな!」
「すまないが今日中に発たねばならないんだ。それはできない」
「もうちょっと余裕を持ってきやがれ!!」
マクベスの叫び声を聞きつけ、左手の道からフランベルが駆けつけようとしているのを視界に捉える。
「おいフランベル! 明日相手してやるから今日はどこかへ行ってくれ!」
「悪いがパーティーの招待を受けていてね。今日中に帰らなければ間に合わないのさ」
「どいつもこいつも過密スケジュールだな!?」
マクベスは頭を抱えるが、右手の道で何者かが放った魔法の存在には気づいていた。魔力で形成された、
「なぁアンタ、オレはマクベスじゃなくてダニエルだって言っても信じるか?」
魔法を放った者──紺色のローブを着た、十五歳ほどに見える少女にマクベスが問いかける。つばの広い帽子を持ち上げ、少女は青いどんぐり眼を細めた。
「まさか。赤メッシュの髪にオッドアイで双剣使いのエルフ。こんなにも目立つ特徴があるというのに、騙される人がいるなんてとても思えません」
何か言いたげにモーロンとフランベルが少女を見やるが、口は閉したままだった。
「初めまして、私はリーズ。ラディバン魔導学院の生徒です。異名は持ち合わせていませんが、魔術の腕に覚えはあります」
「だからオレと戦えって? 一応訊くけどよ、明日なら相手になってやるから今日はおとなしく家に帰ってくれねぇ?」
「できません。明日は卒論を書かなければ提出期限に間に合わないので」
「だったら今日書けよ! なおさらオレに構う暇なんてねぇよな!?」
正論を吐けば、リーズは顔を真っ赤にして言い返す。
「ぎ、逆を言えば今日しか現実逃避する時間が無いんですよ!」
「だからって他人を巻き込むんじゃねぇ!!」
あまりにもくだらない理由に思わずマクベスは叫び、一気に疲労感が押し寄せてくる。
マクベスは溜め息を吐くと、腰に吊り下げていた魔剣を抜いた。ようやく相手をする気になったと誰もが思ったが、そうではなかった。右手で掲げた魔剣が冷気を放ち、逆手で持つと剣先を道に突き立てた。
突然、剣先から氷の柱がせり上がる。マクベスは氷の柱を屋根に届くまで隆起させると飛び移り、魔剣をホルダーに戻した。マクベスを上へと押しやった氷の柱は、瞬時に水滴一つ残さず冷気となる。
「じゃあな! 追いかけてくんなよ!」
マクベスはマントを
「ま、待て!」
フランベルは脇に置かれた木箱に飛び乗り、蹴り上げて屋根に掴まるとよじ登る。モーロンとリーズも後に続くが、彼らはマクベスの姿を見失ってしまった。
「あらよっと!」
マクベスは三人から離れた場所で、三階から飛び降りると華麗に着地し、口笛を吹いた。
「ここまで来ればもう大丈夫だろ」
追手を撒き、一息つく。安心したマクベスの脳裏に思い浮かぶのは、残り三分の一ほどになった朝食だった。
「……朝食を食わねぇと!!」
見つからないよう人混みの多い道を通る。少しばかり時間もかかるうえに遠回りになるが、見つかるよりは良かった。だが、
「あっ、いた! フランベル様、マクベスです!」
薔薇の装飾がついた帽子をかぶる軽装の剣士が、マクベスを指差して大声で後方の人物に呼びかけた。
「よくやった! さあ手合わせ願おうか、天下無双のマクベス!」
「おいおい、勘弁してくれよ!!」
マクベスは悪態をつき、踵を返して逃げ出した。
最初にモーロンが流星雨に訪れてから数十分ほど経過し、マクベスは何度も見つかったが捕まることなく逃走を続けていた。常に走り回っているわけではなかったが、足を休ませる程度の休憩しか得ることはできなかった。
ついには昼食の時間を迎え、それすら過ぎて菓子を食すのに丁度良い頃になり、
「テメェらふざけんな! オレの休日を返しやがれ!!」
道の
舌打ちし、マクベスは後ろへ振り返る。モーロンが走ってくるのが見えるが、構わずに走り出す。引き返すとは思わず、急いで大剣の柄を握るモーロンだったが、
「よっと!」
柄を握ったままの格好でマクベスに肩に飛び乗られ、足場代わりに蹴り倒された。
「くっ、なんてすばしっこいんだ……!」
「あーもう、早く魔法の試し撃ちさせなさいよ!」
拳を握り締め、引き裂かんばかりにハンカチを噛むのはフランベルだった。少し遅れてリーズも駆けつけており、運動は不得手なのか肩で息をしていた。
マクベスは三人を撒くとひたすらに道を駆けた。
噴水のある広場にたどり着き、誰も座っていないベンチに腰かけて空を仰いだ。風に乗ってゆっくりと流れ行く白い雲を眺めていると、後方から足音が聞こえた。
「!」
それが近づいていると確信し、弾かれるようにベンチから飛び上がって振り向く。
「な、何をそんなに警戒しているんだい?」
そこにいたのはモーロンでもフランベルでも、リーズでもなかった。その若い男は緑の髪と茶色の瞳を持ち、
「なんだ、ロウゼンかよ」
「理由はわからないけど、相当疲れているみたいだね」
ロウゼンは肩にかけていた荷物袋から水袋を取り出して投げ渡す。マクベスは片手で掴み取り、栓を取ると腰に手を当て一気に飲み干した。
「ああ、ずっとレクスタリアを走り回れば誰だってこうなるぜ」
「え? どうしてそんなことに?」
マクベスは水袋を返すと再びベンチに腰かけ、隣にロウゼンもが座った。これまでの
「休むと決めたからって、こんなに逃げ回るだなんて……」
呆れて首を左右に振る。
「まったく、こっちは飯を食い終わったら休日を満喫する予定だったってのに。朝食代を請求してやる!」
「君が
いったいマクベスの何がそうさせるのか──ロウゼンには理解できなかった。
「まぁいいや。それよりもマクベス、君に一つ良いことを教えてあげよう。父さんからの受け売りだけどね」
「おっ、なんだ?」
目をキラキラと輝かせるマクベス。ロウゼンは人差し指を立て、満面の笑みで言った。
「宿題は早めに片付けた方がいいよ」
「なんだそりゃ!? オレは夏の課題に追われた学徒じゃねぇんだけど!?」
「でも君がもし学徒だったら、最終日まで宿題を残すタイプだろう?」
「そうだけどさぁ!」
思わず叫ぶマクベスだったが、ロウゼンは話を続ける。
「つまり、
「まぁそうだけど? なんつったってオレはレクスタリア最強の冒険者だからな! でも今日は休むって決めたし?」
「休めたかい?」
「むしろ疲れたぜ……」
「なら今からでも手合わせすればいい。早く終わらせた分だけ休めるよ」
ロウゼンは立ち上がり、それじゃあと言って広場を立ち去った。
マクベスは太陽の位置を見て溜め息を吐く。そして手のひらに拳を叩き込み、
「……やるからには、再戦したいなんて思わねぇようにボコしてやらねぇとな!!」
不敵な笑みを湛えながら立ち上がる。その姿は長期休暇の最終日に、溜まりに溜まった課題を片付けんとする学徒が、初日から出すべきだった気合いを入れている姿に酷似している──ように見えなくもない。
「あっ、いましたよ皆さん! あちらです!」
広場のどこからか、リーズが二人を呼ぶ声がした。広場の入り口の一つが土埃を上げており、三人が真っ直ぐ向かってきていた。
(さて、戦いに相応しい場所に招待してやらねぇとな!)
マクベスはベンチを飛び越え、三人がマクベスを見失わないよう一定の距離を保ちながらある場所へと向かった。一直線に伸びた大通りから、その場所はよく見える。
円形状の高い壁に囲まれたその場所は闘士たちが集う戦場であり、カジノと同様にギャンブラーがよく足を運ぶことでも知られている。その場所、闘技場へとマクベスは走る。
アーチ状の門はまだ落とし格子が降ろされておらず、華麗なステップで通行人を避けながら闘技場へと入っていく。
広いロビーには等間隔に置かれたソファーと受付等の手続きを行うカウンター、観客席へと繋がる階段が左右に二つずつ建てられている。マクベスは階段を駆け上がり、鼓膜が震えるほどの歓声が轟く観客席へとたどり着く。
巨大な岩を削って作られたらしい、正方形のステージを囲むように観客席は広がっており、丁度ステージでは試合が終わって闘士が去っていくところだった。
「では、これにて本日は──」
闘士の姿が消えると燕尾服とサングラス姿の男が閉幕の挨拶を始めようとしたので、
「ちょっと待ちやがれーッ!!」
マクベスは足に風の魔術を付与し、その場で跳躍した。空高くジャンプしたマクベスはステージの中央に着地する。
「うげっ、マクベスさん!? 何用でしょうか!?」
突然の来訪者に驚き、司会の男はマクベスから数歩離れる。
「うげってなんだよ失礼な奴だな!? そんなことより、ちょっとステージ借りるぜ!」
そう言うとマクベスは双剣を抜いた。すぐにモーロンとフランベル、リーズの三人がステージに上がってきた。嫌な予感がしたので、司会の男はステージの外へと退避する。
「よくわかんないけど、頑張れマクベスー!」
観客席には勉強の息抜きに観戦していたアシェリーの姿があり、声援に気づくとマクベスはウィンクしてみせた。
「や、やっと戦う気になったようですね天下無双!」
額の汗を拭い、リーズは呼吸を整えるとモーロンとフランベルに治癒の魔法をかけた。疲労感が取り払われ、三人がは万全の状態となる。
「ここなら存分に暴れられるだろ? さぁかかってきやがれ!」
マクベスは指を動かして挑発する。
「先に私から戦いたいのですが、お二人ともよろしいですか?」
「いや、僕が先だ!」
「むむ、最初に手合わせを願ったのは私なのだが」
三人が口論をしていると、待ちかねたマクベスが割って入った。
「おい、誰が順番決めてこいと言った?」
「どういうことだい?」
フランベルが問うと、マクベスは癪に障る笑みを湛えたまま叫ぶ。
「ギャハハ! 三人まとめてかかってきやがれ! こっちは一分一秒が惜しいんだよ! バーカ!!」
「な、なんて子供じみた挑発なのだ……」
子供が好んで使う悪口を連呼する青年に呆れることしかできない三人だったが、彼らとは対象的に観客席は大いに盛り上がっていた。
「すぐに片付けちまえマクベス!」
「天下無双の異名を思い知らせなさいー!」
「天下無双をボコしちまえー!」
「あの“城塞”と“赤薔薇の貴公子”の戦いが見られるなんて素敵だわ!」
「あのエルフをこれ以上調子に乗らせるなー!」
マクベスを応援する者は半数ほどだった。
「おい待てテメェら! 全員オレを応援しろよ!!」
「日頃の行いを改めたら考えといてやるよー!」
観客席がどっと笑いに包まれ、フランベルとリーズは手で口を覆うが、小馬鹿にした表情を隠しきれていなかった。ただ、モーロンだけが静かに大剣を構えた。
「チッ! 後で覚えとけよ!」
マクベスはわざと大きく舌打ちをして右手の魔剣に冷気を、左手の魔剣に風を纏わせた。フランベルとリーズも得物を構え、三人はそれぞれ距離を取る。
「天下無双の異名も今日までだ!」
一足先にフランベルが、わずかに遅れてモーロンが武器を振りかざす。リーズはその場から動かずに、マクベスの隙を見て魔術を放つ準備をしていた。
「いくぜ!」
マクベスもステージを蹴り上げ、太陽の光を受けて煌めく双剣を振った。
この日、マクベスは鬼神の如き戦いぶりを見せたという。モーロンとフランベルは今日初めて出会ったというのに、
三人は持てる力を振り絞って攻撃しても、かすり傷一つ負わせることはできなかった。
「これでどうだッ!」
「!」
マクベスは魔力を乗せた魔剣の双撃でモーロンの大剣を叩き折り、騎士靴を蹴ってすっ転ばせる。
「モーロンさん! ──ぐはっ!」
次にフランベルの細剣を斬り払うと、場外へ蹴り飛ばした。手放した細剣は放物線を描きながら、離れた場所へと落ちた。
「くっ、このっ!」
リーズは即座に次の魔術を放とうとするが、
「
接近を許してしまい、杖を両断された。魔術を効率的に行使する手段を失ったリーズには、もう戦う術は残されていない。
マクベスは降参しろと言わんばかりにしたり顔をして、片八重歯を見せて威圧した。勝ち誇ったエルフを睨みつけながら、リーズは白旗の代わりに白いハンカチを振って降参の意を示す。
これはたった数分の間で起きた出来事であり、その短い時間で圧倒的な力を見せつけたマクベスに、大地が揺れるような拍手喝采が上がる。そしてマクベスは、
「ギャハハッ!! どうだ見たか! 一昨日来やがれ!!」
中指を立てたことで出禁となった。
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