Give me back my day off!
Give me back my day off! 1
「やっべぇ寝坊した!!」
マクベスは自室のベッドの上でそう叫びながら飛び起き、大急ぎで支度を始めた。赤いメッシュの入ったクリーム色のロングヘアは、手櫛で簡単に整えて一つに束ねる。テーブルに放り投げられたままのマントを掴み取り、ベルトに双剣を吊り下げると慌ただしく部屋を出た。
鍵をかけて階段を降り、冒険者ギルド流星雨へと繋がる渡り廊下を駆ける。扉を開くとロビーにはくつろいでいたり、賭け事をして盛り上がっている冒険者たちの姿があった。
「よっすドルファ! 何かオレ向けの仕事ある!?」
カウンターで紙に文字を走らせる初老の男──ギルドマスターのドルファに話しかける。
「残念ながら魔物や盗賊討伐の依頼は無いぞ。そもそも渡す依頼書自体が残っておらんよ」
「ちぇっ!」
「しかしまぁ、今日くらい休んでもいいと思うがね。つい昨日まで魔物の掃討でずっと戦ってばかりだったろう?」
ドルファの言うとおり、マクベスは昨日の夜まで魔物相手に双剣を振っていた。王都と他の都市を繋ぐ街道に、突如として現れた凶暴な魔物たち。本来であれば兵士や騎士団が討伐に向かうのだが、悪名高い盗賊団の対処や他の事件で手一杯だったため、依頼を受けたマクベスが
「別に疲れてはねぇけど、依頼が無いなら今日はアンタの言うとおりに休むとすっか。つーわけで飯、頼むぜ」
食べるには遅い時間帯ではあったが朝食を注文し、受け取るとテーブル席に移動して食事を始めた。すると、マクベスの隣に誰かが座った。
その者は十二歳ほどに見える少女だが、獣の耳と尻尾に竜のようなツノや翼を生やしていた。右の手足が獣、左の手足が竜のものとなっている。
「アシェリーか。アンタも寝坊か?」
アシェリーと呼ばれた少女は首を左右に振った。
「ううん、さっきまで部屋で勉強してたんだ。ボクはマクベスと違って、早寝早起きが毎日できるんだよ」
「オレだって本気出せば早起きくらいできるんだぜ?」
自身に親指を向けるマクベスに、アシェリーは
「えぇー、ホントに? 嘘をついたら駄目なんだよ?」
「嘘じゃねぇよ。実際、ロウゼンに叩き起こされたらちゃんと早朝にロビーへ来てるだろ?」
「うーん、たしかに。偉い偉い!」
アシェリーは両手を叩いて賞賛しながら、両足をブラブラと揺らした。
「いやいや、自力で起きんか」
ドルファは事務作業をしながらツッコミを入れるが、マクベスは聞こえなかったフリをした。
アシェリーはいくつかの本と手作りのノート、大きな手でも使えるよう改良が施された、金属のパーツに覆われたペンを取り出してテーブルに広げた。そして黙々と本に書かれた文章に目を走らせてはノートに何かを書き記す。
「何してんだ?」
「勉強の続きだよ。一人でいると他のことに目が向いて気が散っちゃうんだよね。こういうときは誰かがいる場所でやると良いって聞いて、こうして実践してるんだー!」
アシェリーは笑顔で答えると、再び視線をノートに落とす。悩みながらも勉強を続けるその姿に感心しながら、マクベスは三人分の食事を口に運んでいく。
一人分を食べ終え、次のサンドイッチに手を伸ばした瞬間だった。ロビーの玄関扉が開き、取り付けられた鐘が来訪者の存在を告げた。マクベスとドルファが、来訪者の姿を見ようと顔を向ける。
そこにいたのは高身長で、銀に輝く兜と鎧を身に着け大剣を背負った者だった。兜は顔面を覆うタイプのもので、表情は読み取れない。フルアーマーの客がロビーの様子を見回し、兜の赤い羽飾りがぴょんと揺れる。
「む」
マクベスの姿を
「貴公が“天下無双”の異名を持つマクベスだろうか?」
「…………」
マクベスは返事に悩んでいた。武器を携え重い防具を身に着けたその大男は見てわかるとおり、荒事に長けた者である。
そんな人物が冒険者ギルドへ訪れ冒険者に話しかける理由は、自分では手に負えないような依頼を出しに来るか、異名を持つ実力者に対し手合わせを願うかの二択に絞られる。特にマクベスは、実際に依頼を出した者以外の評判があまり良くないせいで、見知らぬ者に戦いを挑まれることの方が圧倒的に多かった。
もし依頼であればいつもなら喜んで受けるが、今はもう休むと決めた以上断りたい。腕試しに付き合わされるのは面倒なのでこちらも拒否したい。
どう返答するか考えていると、先に大男が喋り始めた。
「おっと、申し遅れてしまったな。私はモーロンという者だ。ここから西の方にある国で、騎士団の副団長を務めている」
「モーロン……ひょっとして、君があの“城塞”モーロン・バルトリーかな?」
ドルファが言うと、モーロンと名乗った大男は頷いてみせた。
「ええ、そのとおり。私は己の実力を確かめるため、団長に無理を言って遥々このレクスタリアの地へ赴いたのだ」
モーロンはマクベスを再び見やる。だが彼が喋る前にマクベスは口を開いた。
「わりぃけどオレはマクベスじゃなくてダニエルってんだ。アンタが探してる天下無双のマクベスなら、さっき出かけたからしばらく戻らねぇと思うぜ」
モーロンと話を聞いていないアシェリーを除く、ロビーにいた者は
「むっ、そうであったか……外見以外の情報を持ち合わせていないものでね。すまないことをした」
嘘をつかれたことに気づいていないらしく、モーロンが軽く頭を下げ謝罪した、その直後だった。
「あーもうわかんない! ねぇマクベス、この問題なんだけど……あれ?」
アシェリーが隣にいるマクベスに視線を移すが、彼は既に席を立っていた。凄まじい速度で玄関扉を開け、流星雨の外へと飛び出していた。
「ま、待て!」
モーロンは鎧を身に着けている者とは思えないほどの俊敏さで、同じく流星雨から出ていった。
「いってらっしゃいー!」
事情を知らないアシェリーは
王都レクスタリアの大通りをマクベスは全速力で駆け抜ける。すれ違う人々を華麗に避けながら、スピードを落とさずにモーロンを
「天下無双よ、何故逃げるのだ!」
ガシャンガシャンと、鎧が擦れる音を立てながらモーロンが問う。
「今日は休むって決めてんだよ! 腕試しなら他所でやりやがれ!!」
そう叫びながらマクベスは雑踏に紛れる。モーロンの足は速い方ではあるが、それは重い鎧を着込んでいるわりにはという話だった。軽やかで素早い身のこなしの青年に追いつくのは、さすがに不可能に近い。モーロンはぶつかってしまった者に謝罪をしながら、人混みを掻き分け追跡する。しかしマクベスの姿を完全に見失ってしまった。
諦めるわけにはいかず、天下無双の名を大声で呼びながら街路樹が並ぶ大通りを駆けていく。
「……ったく、手合わせで金が発生するなら、いくらでも付き合ってやるんだけどな」
街路樹の一つから人影が──マクベスが降り立つと愚痴を溢した。ポキポキと肩を鳴らし、整備された石畳の道を踏む。そしてマクベスは、
(まだ食べ終わってねぇ!!)
二人分の朝食を胃袋に入れるため、猛ダッシュで流星雨へと帰っていった。理由は他にもあり、こんなにも早く戻るなどモーロンは思っていないだろうと踏んだからだった。
扉に付けられた、来客を告げるベルが鳴る。トレイが置かれたままのテーブルに戻って食事を再開した。
「あっ、おかえりー」
アシェリーはペンと本で塞がれた両手の代わりに、尻尾を振って出迎えた。
「はぁー、ちょっと疲れたぜ。なぁアシェリー、オレがマクベスってのは内緒にしてくれねぇか?」
「さっきドルファおじちゃんから聞いたよ。可哀想だから協力してあげるね!」
アシェリーはさっきの話のことだと言って、わからない問題を指差してマクベスに訊いた。食事をしながらというマナーの悪い態度ではあったが、マクベスは的確に教えてあげた。
アシェリーは集中して勉強を、マクベスは食事を全体の三分の一ほど平らげた。そのとき、またもや玄関扉が開かれる。
革製の靴から出された足音は段々と近づいており、嫌な予感がしたマクベスは、げんなりとした表情を隠しもしなかった。
「やぁこんにちは! 君が天下無双のマクベスだね?」
今度は高らかな声に呼びかけられる。振り向くとそこには、薔薇の装飾がふんだんに使われたきらびやかな衣装を身に
「僕は“赤薔薇の貴公子”フランベル! ここから北に位置する花の国から遠く遥々──」
「オレはダニエル! マクベスじゃねぇ!」
「おや、赤いメッシュのあるクリーム色のロングヘアに赤と青の目。二振りの魔剣を得物としているエルフが、このレクスタリアで君以外にいるとはとても思えないが」
「アンタがなんと言おうが人違いだ!」
休日を邪魔しようとする新たな敵が現れ、マクベスは嘘がバレる前にこの場から逃げ出そうとしていた。
「僕の勘違いだったか……それはすまないね。さて、他にも手合わせ願いたい好敵手はいるんだ。天下無双とは別の機会に剣を交えるとしよう」
しかしマクベスの予想とは裏腹に、フランベルはあっさりと引き下がった。彼はカウンターの方へと歩き、ドルファに話しかけたのでマクベスは胸を撫で下ろす。
「すみません、“破壊王”ロウゼンという冒険者はどちらに?」
「ロウゼンは依頼で不在だ。早ければ今日戻ると思うが、いつになるかまではさすがにわからんのう」
「そうですか。異名持ちの冒険者は忙しいのですね。では、“鋼鉄狼”ドルファは?」
ドルファは申し訳なさそうに後頭部を掻いた。
「それは儂のことだが、すまんが今はもう引退しておるのだ。手合わせしたいのは山々だが」
そう言いながら、ドルファは自身の右足を強く引っ張り──取り外してみせた。騎士靴を模した
「十年ほど前にいろいろあってな。日常生活に支障は無いが、戦闘はさすがに体の負担が重いのう」
「いえ、こちらこそ失礼しました。遠方の地では入る情報が古くなってしまいがちですね」
フランベルは手合わせの相手がいなくなったらしく、どうしたものかと
「うーん、……やっぱりわかんない。ねぇマ──」
アシェリーがマクベスに視線を向け、名前の一文字目を言ってしまい、固まった。失敗したことが顔に出ているのを、フランベルは容易に理解した。
「マ……マークス、ここ教えてー……」
なんとか別名をひねり出すアシェリーだったが、
(よりによって似たような名前を出すのかよ!!)
並び替えれば一文字しか違わない名前を出され、マクベスは冷や汗をかきながら若干震える声で答えを教えてやった。
「おや、君はダニエルではなかったかな?」
額に血管を浮かばせながら、フランベルがマクベスの目の前に立つ。
「い、いやぁ本当はマークスって名前なんだよ」
「ならば何故、私にダニエルだなんて偽名を使う必要があったんだい?」
「それはだな、ほら、オレって名前も見た目もマクベスに似てるからさ〜、関係者と思われるのが面倒なんだよ〜」
「…………」
フランベルから放たれる無言の圧力。それは「こんなくだらないことをせずに早く手合わせしろ」と言いたげだった。
「…………」
マクベスはニッコリと、朝の日差しのような優しい笑みを浮かべる。フランベルも同じような笑顔を見せた。ただ、額の血管は浮き出たままだった。
「あっ!」
突然、マクベスが窓を指差して大声を上げる。何事かとその場にいた者たちが窓に目を向けるが、賑わう大通りの景色が広がっているだけだった。
なんだったのかと全員がマクベスへと視線を向けた。が、そこはもぬけの殻だった。ロビーにいた者たちが玄関を見れば、土埃を上げながら流星雨を離れていくマクベスの後ろ姿を捉えた。
「くっ、天下無双のマクベスが子供じみた青年と聞いてはいたが、まさかこれほどとは!」
フランベルも流星雨から飛び出し、逃げていくエルフの名を叫びながら大通りを駆け抜けていく。
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