時を超えた王女の恋人

03

第1話 頼るのは貴女

「・・・・・・大丈夫ですか?」


 澄んだ男の声が吹き抜ける。


「えっ?」


 朦朧とした意識の中で王女は身を起こす。


 すると、目の前には眉目秀麗な容姿をした男が立っていた。



              ♢♢♢



 ある昼頃、フォール王国の王城内では喧嘩という名の言い争いが響いていた。



「イララ、今日こそは私が見定めた相手を認めてもらうぞ」

「・・・・・・ですから、何度も言っているように私はその方と婚約する気はありません!」



 銀色の髪をなびかせながら、語気を張り上げて婚約を拒否する一方は、フォール王国第一王女イララ・ユウ・フォールであった。



「何故、婚約をそれほどまでに拒絶するのだ・・・・・・」



 一貫して意地を通すイララに頭を抱えるもう一方は、フォール王国の国王であり、イララの父ドリシュト・ユウ・フォールだった。

 婚約相手を国王である父が見繕い、娘に計らう。これはそんな婚約話で最終的には国の将来を安定させるためのものだ。

 

 婚約相手は隣国の王子。隣国とは建国当初より貿易を盛んに行い、今日まで互いに繁栄してきた。

 

 王女であるイララには婚約に従う義務がある。物心ついた頃から真面目に王妃教育を受けてきたイララだが、それを差し置いても頑なに婚約には応じなかった。



「お前はこのために王妃教育に身を入れてきたのであろう。お前が拒否する理由は何だ?」


「たしかに王妃教育は頑張りましたが、その後はどうでしょう。何をさせるわけでもなく、部屋で過ごすだけの日々。婚約になれば都合よく部屋から出して王妃になれと?」


「お前にもしものことがあれば遅いのだ。お前もよく存じていることだろう」



 フォール王国の結婚適齢期は若い。なぜだか理由は未だ不明だが、フォール王家の血筋の者は皆、初代より平均寿命が五十歳後半と人並み以上に若くして亡くなる。

 父も後先寿命が短いのだ。早々に王位を退き、次の世代に譲り渡すことが求められる。


 不満を押し留める父の言葉を遮ってイララは続ける。



「私の身になにがあろうと弟が、ヒュルトがいるではありませんか」



 イララは今年で十五。弟はそれの五歳下の王子である。


 ヒュルトはまだ幼いが賢く、父が王座を退く時期までには立派な王太子となるだろう。

 イララは言葉を放った瞬間に胸がチクリと痛んだことを感じた。

 今でこそ言い争いをしているが、家族とは昔は良好な関係だった。それも長い王妃教育と部屋にいるだけの時間でとうに薄れていたのかもしれない。



「・・・・・・失礼いたします」


「イララッ!」



 荒んだ心を振り切ってイララは部屋から出ていく。

 憂いた国王は王女を連れ戻すよう指示を出すと、あることに気付き、くしくも苦笑した。



「・・・・・・ふっ、我が娘ながら私は、イララのことが何もわからない。だからこそ頼るのは貴女というわけか」



 呟く国王の眼下には長年の収納による、ピアスの形が浮き出た白箱が移っていた。

 白箱の側面、ささやかな金属板が貼られている。その名札に大陸共通語である女王の名が刻まれていた。



―――カイリ・ユウ・フォール―――



 フォール王国、第百十五代国王にして先代女王の名である。



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