第56話 祭りと破壊


 俺達家族はお隣さんと、おまけで王子も連れて天が端と言われる場所で開かれていた祭りに牛車で向かった。


 ……牛車と言っても、妖怪などの血が混ざりすぎて牛と呼べるか分からない、ハイスペックな生き物が引いているが。



 牛車の中で、俺は久し振りの顔触れに挨拶する。


 「アルト、サオリさん、久し振りです」


 「大きくなった……そんなに変わってないね、アツヤ!」


 「久し振りです、アツヤさん」


 学園でも度々会ったトウカの弟であるアルト。 それと、二年振りに会う事になった彼らの母親であるサオリさん。


 ……かつて彼女は【人類最強】と呼ばれた偉大な女性だ。


 「サオリさんこそ、若々しいままで……それ所か少し若返った様な」


 「そうかい?」


 「ええ、貴方は近所でも評判ですよ」


 そう言って、自分の皺を触りながら親父が彼女を褒める。


 「アンタは少し老けたね!」


 「言わないでください、気にしてるんですから……この間は娘にも──」


 

 「……俺だけ部外者で、少し気まずいな」


 「じゃあ何で来たんだよ、王子……」


 横に座った王子が、俺の耳に顔を近づけて小声で話す。 ──本当に、何で無理やり来たのか?


 「僕の浴衣如何かな、アツヤ?」


 「兄様、如何ですか? 後、其処の青髪は席を譲ってください」


 「嫌だよ、俺アツヤ以外に親しい人が──」


 隣に座ったトウカと、正面に座った妹が俺に対して意見を求めてくる。


 ……トウカは綺麗な黒髪に似合った、桃色を主体とした華やかな浴衣を着ている。 所々に散りばめられた黄色の花の紋様が、彼女の元気な性格を表していて──


 「トウカの浴衣は凄く似合っていて……何時もよりも何倍も素敵だ」


 「……それって、何時もの僕は素敵じゃないって事?」


 「嫌、そんな──「私の浴衣はどうですか?」」


 「コウカも可愛いと思うぞ」


 「塩対応!?」


 「やっぱり、妹や弟では姉さんには適いませんか……」


 そんな風に馬鹿を言っている二人の会話を聞きながら、俺は窓の外に居る一匹の鳥を眺める。


 (ちょっと、私も中に入れなさいよ!)


 ……鳥を車の中に入れるのはな、鳥アレルギーの人いるかもしれないし。


 (私は神だからアレルギー何て持ってないわよッ! それに白月虎は中に居るじゃない!)


 「こんな鳥も必死に頑張ってるんだから、王子の俺も頑張らないとな──」


 俺達は高速で道を駆け抜ける牛車の中で長閑な時間を過ごし、目的地の天の端へと近付いて行くのであった。






 「へー意外とデカい祭り何だな」


 そんな失礼なことを王子が呟きながら、牛車の中から降りてくる。


 「それじゃあ僕達は行こっか!」


 そう言ってトウカは俺の腕を無理やり組んで、祭り提灯の明かりに向かって走って行く。


 ……この態勢で走ると、俺の腕が彼女の胸に──当たることは無かった。 でも、何だか胸がドキドキするな。


 「え、アツヤ一緒に回らないの?」


 「──まあ、僕達は余り物同士で廻るとしましょう」


 「兄様、コウカは余り物では無いですよね……妹という特別な──」


 「私達は大人だけで子供の事でも話すか?」


 「良いですね。 先ほどご近所さんが集まってお酒を飲んでいた場所を発見したので、無理矢理──」







 ♢


 「トウカは何処か気になった所はあるか?」


 「そうだね……取り敢えずあの射的屋にでも行こうか!」


 そう言って彼女は俺を引っ張り、浴衣をひらひらと靡かせながら強面の主人がやっている店に足を進めた。


 「この棚に乗っている景品、どれでも倒したらプレゼント! 一回──」


 「如何する? 一緒に──「此処は僕に任せて!」」


 彼女はそう言ってお金を払った後、店主から銃を奪い取って直ぐに引き金を引いた。


 「おお! 三連続で同時にぬいぐるみへ……」


 それらは同じぬいぐるみ、同じ箇所に連続で打ち込まれた。


 しかし、如何やら棚の上に景品が落ちない様、特殊なマットが掛けられていて……何回弾を景品に当てようとも動く気配すら無い。


 「……」


 すると、彼女は銃を置いた後に無言で拳を真っすぐに突き出し、指を曲げるような仕草を取った。


 「……まさか」


 俺がその意図に気付いた直後、彼女は折り曲げていた指を弾くように突き出し、辺り一帯に驚く程の風圧が迸る。


 それにより、目の前の景品を倒すだけでは無く、それらが置いてある棚を木っ端微塵に吹き飛ばした。


 「景品、全部貰っていいよね! 君達、この中で欲しいヤツある?」


 「は、はははは……」


 御免なさい、店主…。 俺は心の中で謝りながら、笑顔で近くの子供に景品を渡すトウカを只無言で眺めていた。







 「祭り楽しかったね!」


 「ああ」


 その後も、彼女は思う存分に暴れ回り、数件の屋台を壊滅させていった。 まあ、どれも人を騙すような悪質な商売を……取り敢えず、考えることは辞めよう。


 「そうだ! 最後に一つ買いたい物があったんだ!」


 彼女はそう言って俺の腕を離し、その買いたい物が有る店とやらに向かって走って行った。





 「そうだな、俺も彼女に─「皆逃げろぉおおおおおおおおおおおおおお!」」


 突如、男性の大きな悲鳴が聞こえた。 そして、直後に近くの山から一つの大きな丸い影が視界に映った。


 男性のお蔭でそれに気づいた人達が、直ぐにその場から走って逃げ去る。


 ……俺は何故かその場で足を止めてしまい、奴が来るのを無抵抗で見つめていた。 


 だが、当然の如く段々とその影は此方に近寄って来て、地面と体が擦れる大きな音を響かせながら屋台や櫓を壊していく。


 そして、俺の目の前に現れた事でその全貌が明らかになる。


 ……ソイツは蛇の様だが、その大きさは大抵の山を超えていた。


 「ヒエッ……」


 今も此方に剛速球で飛んできた櫓の欠片が、俺の頬を掠って鮮血を舞わせる。 


 (何でコイツがこんな所に!)


 東京ドーム八個分の様な、八つの頭が星空を遮り、まるで世界の支配者の様な風貌、威圧感で俺をジッと見つめる。

 


 「……如何してこうなった?」


 ……そして、俺は無慈悲にも奴の口に取り込まれた。

 

 

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