第5章

第44話 魔王と転生者

 

 「何だかこの世界は最近つまらないな…」


 光に包まれた空間で一人の少女が椅子に座り、足をばたつかせている。


 「魔族と人間の戦いも圧倒的な実力の差で人間が有利、死者も年々減っている」


 少女は水晶から一人の黒髪の少女を見つめる。 それは、何時も通り滅茶苦茶をしている男装した女性の姿だ。


 「この子自体は面白いんだけど、全部解決されたら困るんだよね~」


 そう言って彼女はその黒髪の女性の横に居る、同じ髪色をした一人の男子を暫く見つめた後、何かを思いついたかのように笑顔になって叫ぶ。


 「そうだ、此奴に全部壊してもらおう!」


 少女はそう言って、男子にある術を掛ける。


 「君の剝き出しの欲望、楽しみにしているよアツヤ君!」


 藍色のドレスを靡かせながら、少女は嬉しそうに立ち上がった。 そして、暫く体を伸ばした後に何処かへ歩き去る。


 部屋に残されたのは、少年を映したままの水晶だけだ。





 「お待ちしておりました、アツヤ様」


 「ああ、少しばかり待たせたな」


 俺は目の前で跪く、赤色の髪をした綺麗な魔族に視線を移す。


 此奴は四天王とやらの一人。 炎魔法のエキスパートであり、それに関連した魔力支配も行うことが出来る【紅蓮のアイゼル】。


 「新たな魔王の誕生、此れで私達魔族の将来も安泰です!」


 アイゼルの横に居るのは、小さな体に見合わない大きな声をした幼女。 元々強力な魔族の何百倍もの怪力を誇る【壊死屋ゼルファ】。


 「私は、貴方を魔王とは認めません」


 「大丈夫だ、嫌がる者には強制しない」


 後は俺が眠りから復活させた、【眠りのオーガス】。


 ちなみに、もう一人の魔法解除が得意な奴は邪魔だったので消した。 大した戦力にはならないし…反抗的だったから。


 まあ、別にコイツらの協力はさほど期待していない。 只、俺は自分の目的が達成出来ればいい。


 「…始めようか、トウカ。 人類と魔族の生存を賭けた俺達の戦いをッ!」





 期末試験が終わった数日後、一応俺の監視役であるメイベルが、邪龍の赤ちゃんであるウロボロスを抱きながら不満を隠しきれない顔で話し続ける。


 「此間は上司から叱られて酷い目にあったぞ、少しミスしただけ──」


 「それは大変だったな、メイベル」


 俺は何時も通り、ソファに座って読書に集中していた。 どうやらこの本によると、邪龍の大好物は濃厚な魔力は勿論のこと、まさかの人参も──。


 「私は魔王の器であるアツヤのことを完璧に監視しているというのに、上の連中はそんな大事なことも把握しておら──」


 それからも二人で適当に会話をしていると、毎度の如く扉を壊してやってくる彼女が来た。



 「お待たせー! 今日も来たよ二人共!」


 「おおっ! トウカも私の話を聞いてくれ!」


 メイベルは嵐の如く、騒がしい様子でやって来たトウカを輝かせた眼差しで見つめ、また仕事の愚痴を永遠と話し出した。






 それからトウカも帰った後、時間も遅くなったのでメイベルがウロボロスを名残惜しそうに離し、部屋を後にする。


 「じゃあな、アツヤとウロ!」


 「ああ、監視お疲れ様」


  俺は遊び相手が居なくなり近寄って来たウロボロスを抱きかかえ、夜食である魔力と試しに買ってきた人参を食べさせる。


 すると、如何やら本当に人参が好物だったようで一本を一気に齧り尽くした。


 「この勢いは…凄いな」


  …そうだ、俺も部屋を出て外食でもしよう。 そう考えながらソファから立ち上がり、修理したばかりの扉を開ける直前、奴が現れた。


 赤髪をした綺麗な女性。 出るべき場所は出て、引っ込めるべき場所は引っ込めてある、そんな神の考えた完璧なプロポーションを実現した身体をしている女性が。


 …魔族の様だがそれが気にならないぐらいに心を惹かれた。


 「争う気は無い。 ただ、友人である彼を引き渡して欲しい」


 アイゼルが俺の寮の自室に訪れた時は驚いた。 俺の中の魔王に気づいて何かしようかと企んでいるのかと。


 だが、此奴の目的は如何やら仲間であるオルフの回収に来ていただけの様だ。 なので、俺はそれを仕方なく見逃そうとした。


 (…体の様子が変だ?)


 …俺は体調の異変にふらつき、思わず近くにあった机にしがみつく。


 そして、少し治まったので部屋に立てている姿見鏡の前に立ち、顔や体に異変がないか調べる為に目線を移す。 すると、そこには額に結晶が出来始め、背中から服を破って翼が生え始めている俺の姿があった。


 「おいおい、これはどういうことだ! 俺は何もやっていないぞ!」


 横で魔王が慌てている。 ……だが、そんなことはどうでも良かった、身体中から今まで感じたことのない程に力を感じる。


 「これは、魔王様の気配!?」


 そうか、元々この世界に魔王は居なかったんだ。 だから、代わりに俺が選ばれた。


 何故かそれが自然と理解できた。


 「転生者だからアツヤにも資格があると思っていた。 だが! 何故、急にこんなことがッ!」


 …まあ、好都合か。 此れでアイツとの全力で戦う場所を用意できる。


 俺は茫然とした様子で此方を見つめている目の前の魔族に向かって、目を合わせて言った。


 「──おい、祝福しろよ赤髪。 新たな魔王の誕生だ!」


 

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