第5話 いつものルーティン
三階建てのアパートに帰宅する。
少し錆びついて赤黒くなっている鍵穴に鍵を差し、右へ捻る。重いドアを開け、電気をつける。
......ここまでの動作がすっかり慣れている事に、年月の流れを感じる。
(
大人になってみたかったあの頃。昔に戻りたいと思うこの頃。現在と過去ではどれだけの心境の変化があっただろうか。大事なものは日々消えていく。一生友達だと誓った中学の時の友達。一緒に打ち上げをした高校の時の友達。同じサークルで知り合った彼女。
──そのどれもが大人になるにつれ消えてった。社会人...と呼べるかは分からないが、成人して3年目。
明日が人生の分岐点であれば。そう願い、今までを振り返る。得た物よりも失った物のほうが圧倒的に多い人生を。
──過去の災厄から1年。そろそろ前を向く時期なのかもしれない。
神吉は手短にシャワーを済ませ、ベットに趣き寝ることにした。
&¥&¥
窓のカーテンからは眩しい光が漏れている。
カラスや鳩がしきりに鳴いており、朝の気配を感じさせる。
何回か携帯のタイマーが鳴った後、スヌーズを辞めさせ、目を開ける。ベットから体を起こし、立ち上がる。冷蔵庫を開け、適当に朝ご飯になりそうな物を見つけると、トーストを焼き、同じ皿に乗っける。
今日の朝食は、ベーコンとポテトサラダ。そして毎日食べているトーストにいちごジャムを塗ったものだ。ジャムを塗ったせいかトースト特有の香ばしい音は鳴らず、その代わりジャムの粘り気のある音が聞こえてくる。
集合時間は、名刺を見た限りここら辺から30分程度。今は12時なので、集合時間までは1時間半もある。
服装は...ここはスーツで行くべきなのだろうか。
就活で一度2度使ったか程度のスーツも一応持ち合わせているが、どうだろう...
個人的に言うと着たくない。あの体の閉塞感と、パリッとした感じがどうも好きになれない。
──そんな気持ちが漏れていたから就活に失敗したんだろうな...
過去を振り返り、嫌な記憶に蓋をする。
朝食を食べ終わり、手を合わせ合掌する。少し、目の前の皿をどうしようかと考え、帰ってきてからで良いという結論にいたる。
(金はかかるけど、紙皿で食うのが一番だな...)
席を立ち、洗面所に向かう。
レバーを上に上げ、水を出す。少し乱雑に立てられてある歯ブラシを取ると、出しておいた水に一度軽く通し、歯磨き粉をつける。それを直ぐに口に突っ込むと、力強く歯を擦っていく。歯を磨きながら、先程朝食を食べたリビング兼ダイニングの方へ歩く。当然家の中は俺一人だけなので、歩く音が家の中に広がる。
リビングに到着──といっても全然距離はないが...
小さく狭いクローゼットに手を掛け、中の服を物色する。まだスーツを着ていくか普段着を着ていくか迷っており、スーツと普段着を指さしながら首を傾げる。
──結果は中立案に決まったようだ。
白いYシャツっぽい服。下は黒の縫い目が目立たない様な普通のズボン。
(ファッションセンスはご愛嬌ってことで)
前準備は一応出来たようだ。
玄関に置いていた財布と携帯をズボンのポッケに入れ、黒が基調となっている靴紐等がついてない簡単に履ける靴に足を入れる。しっかりとすべて入った事を確認すると、地面につま先を当て、ドアノブに手をかける。
(やる時に毎回思うけど、足をトントンッテするやつ何の意味があるんだろう?)
ドアを開けると、陽の陽が直に目に当たる。眩しさを少し感じつつ、家の近くにある不動院前駅まで歩く。
(アスト電車乗ったら本通りなんてすぐだしな)
名刺に書いてある住所を読み取る限り、本社は本通りの近くにあるらしい。本通り、というと広島の中で一番栄えている場所といっても過言ではない場所だ。そこら辺のビルの一室を借りているとなると、相当な儲けがあることがうかがえる。
不動院前駅で改札を通り、銀色に光っているベンチに座る。
待合場所には時間のせいもあってか誰もおらず、電車の到着音だけが木霊する。頻繁に聞く音なのでこれといった感情は浮かばないが、駅に来た、という実感が湧く。
待つこと数分。本通り行き方面の電車が来たようだ。
電車の停止音が鳴ると、ドアが一斉に開き、中から人が降りてくる。一人二人降りてきて、次に降りる人が居ないことを確認した後、ゆっくりと歩く乗車していく。
二駅か三駅通り過ぎた頃、『次は本通り前駅〜次は本通り前駅〜』という車掌の声がする。その次にはすかさず、自動音声が英語でnext 本通り、みたいな事を言っている。
電車が止まり、駅のホームへと歩き出す。
乗ったときと同じように改札を通り、本社を目指す。今の時刻は1:30。歩けば余裕で間に合うだろう。
(どうなるんだろうね)
これから起こることに一抹の期待を胸に、歩き出した。
(願っているよ。この答案で後悔しないことを、ね。)
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