第5話 タイムリミット
俺たちにはタイムリミットがある。
「夜に行動するのは危険だ、暗闇でなにも見えなくなる。明るいうちに魔石を集めて地下シェルターを確保すれば安全に夜を明かせるはず。あんな危険な動物がいるのに、野宿は自殺行為だ」
「たしかに真っ暗な中じゃ逃げられないし、近くになにが来ても気づけないもんね。わかった!」
「いいのか? 命懸けで戦うことになるのに。怖いだろ?」
正直、無茶なことを言っている自覚はあった。命懸けで戦ってくれ、だなんて。
「そりゃ怖いけど、でもそうしないと生き残れないんでしょ? じゃあやるしかないじゃん。紫苑には助けて貰ったしね、力を合わせて頑張ろうよ」
「……そうだな」
説得が必要だと思っていたけど、いらない心配だったみたいだ。
話が早くて助かる。
「地下シェルターは魔石3㎏で交換できる」
魔導書の目次を眺めている時に見付けていてよかった。
魔石の必要量が少なすぎるとは思うが、恐らくこの場を用意した何者かによる救済処置だろう。
何者かが俺たちの様子をどこかから見ているのは確実だ。簡単に死なれてもつまらないってところか。
悪趣味にもほどがあるが、これを使わない手はない。
「いま魔石が一つ分あるから五匹斃せば足りる。急ごう」
「了解! もう日が傾いてる! 急げ急げ!」
刻々と夜に近づく森の中を駆け抜ける。
『お、地下シェルターに気付いたか』
『ここまでテンプレ』
『なお、テンプレから外れると高確率で死にます』
『プレイヤーの死亡率って初日が一番多いし、地下シェルター用の魔石が集められたらマジで最後まで行けるかもな』
『夜まであんまり時間ないぞ。集めきれるのか? これ』
下草を蹴散らしながら進むことすこし、視界に緑以外のものを捉える。
「夕璃」
名前を呼んで木の陰に隠れると、真似するように夕璃が後ろにつく。
そっと幹から顔を出して様子を窺うと、そこにはどこか見覚えのある造形の、生き物とは到底呼べないモノがいた。
「な、なに? あれ」
「……骸骨」
「それは見ればわかるって! なんで骸骨が歩いてんの!?」
皮も肉も臓物もない、浅黒い骨だけの人間。骨同士が接着された骨格標本が独りでに動いている。
右手に
「スケルトン……モンスター?」
「普通の生き物じゃなくて怪物ってこと?」
「たぶん、な。信じられないけど」
いま目の前で骨格標本が歩いている。この事実はいくら否定しても揺るがない。
ということはあのゼリー状の液体は、本当にスライムだったのか?
「まるで別の世界に迷い込んだみたいだ」
「え、ここ日本じゃないの!?」
「そう考えたほうが自然だと思わないか? だって地球にあんなのいないだろ?」
「それはそうだけど……」
地球に存在し得ないモノがそこにいるなら、ここは地球じゃないとするほうが筋が通る。通ってしまっては困るんだけど、そう考えるほかにない。
『案外、早かったな。受け入れるの』
『気付いてもあり得ないって否定するのが大半だしな』
『こいつ受け入れがたいことでも案外すんなり受け入れるよな』
『自棄になって吹っ切れた奴みたいだよな。なにに対しても、あーはいはいなるほどねってな感じで』
『ホントは生存を諦めてて、でも死にたくはないからやることやってるだけなんじゃね?』
『それにしては危険を冒して人助けしてるし、ただ冷静なだけなんじゃね?』
『まぁ、その辺は見てればなんとなくわかってくんだろ』
生き物だろうとモンスターだろうと、やることは同じだ。
「とにかく、いまはアレを斃すことに集中しよう。俺が行ってくる」
「近づくの? 魔術は?」
「魔力を出来るだけ温存しておきたい。とはいえ、失敗するかも知れないから唱えずに構えててくれ」
「わ、わかった!」
真剣な面持ちで夕璃の右手が持ち上がり、スケルトンに翳される。
俺はその射線を邪魔しないように回り込み、スケルトンの背後につく。
スケルトンは骨しかないから身軽だとする設定や、逆に骨だけだから動きづらく鈍間だとする設定もある。
いま目の前にいる現実のスケルトンがどっちかは定かじゃないけど、どっちにせよ初手は奇襲に限る。
鞘から刀を抜き、一息に茂みから飛び出してスケルトンの背後を襲う。
足音か、気配か。とにかくこちらの存在に気付いたスケルトンが振り返った頃にはもう攻撃動作を終えていた。
振り上げた刀を力任せに振り下ろし、その骨格を袈裟斬りに断つ。
斬るというよりかはもはやへし折るのに近かったが、刀は最後まで振り抜けた。
スケルトンはバラバラになって地に落ち、煙のようになって掻き消える。
「ふぅ……」
大きく息を吐いて暴れる心臓の鼓動を落ち着かせた。
上手く行ってよかった。
胸を撫で下ろしていると足下に魔石が転がり、それを拾い上げる。
すこし小さいような気がしなくもないけど、とりあえずこれであと四つだ。
「やった! 上手く行ったね! あたしもドキドキしちゃって心臓が口からでちゃいそうだったよ」
「この調子で魔石を集めよう」
魔石を魔導書に喰わせて次のモンスターを求めて足を動かす。
近場にもう一体のスケルトンを見付け、その後連続して狼のようなモンスターを見付けられた。
スケルトンは刀で奇襲し、狼のモンスターはそれぞれの魔術で遠隔から。
奇襲は上手くいき、合計して四つの魔石が手に入った。
「かなり暗くなってきた、もう時間がない」
茜色の空はすでに多くが夜に侵食されている。日が沈む。暗くなる。そうなる前になんとか、3㎏集め切らなくては。
「いた! モンスター!」
「どこだ!?」
「あそこ!」
指差された先に視線が追い付くと、またもや見覚えのある造形がそこにあった。
ヘルハウンド。
俺たちを二度襲った獣と同じく、狼に似た外見。けれど、その毛並みは紅く燃えていて、火の息を吐いている。
体格も大きく、四肢は強靱、爪は禍々しいほどに尖り、牙はなにかを咥えていた。
燃えているが、その輪郭は確認できる。
あれは。
「――うそ、だろ」
咄嗟に木の陰に隠れて息を荒く吐き出した。心臓が重く脈打ち、手足が冷たくなって震える。
全身から冷や汗が噴き出すのを感じた。
腕だ。人間の腕。それを咥えている。
「し、紫苑。あ、あれって、もしかして」
「たぶん、な」
「そんな……」
俺も夕璃も心の何処かでまだこの状況が何かの間違いじゃないかと思っていた。
現実を受け入れられていなかったんだ。
けど、違う。
いま目の前で喰われてる人の死体を見て、そんな甘い幻想は吹き飛んだ。
ここには凶悪なモンスターがいて、本当に人が死んでしまう。
そんな当たり前のことが今更になって俺たちの心を蝕んだ。
「ど、どうしよう。あんなのと戦うなんて!」
「あぁ、できれば避けたい。避けたいけど……」
見上げた空に余裕はない。あと十分もすれば暗くなる。
夜はもう直ぐそこまで迫っていた。
「時間がない。魔石はあと一つなんだ、戦うしかない。悪いけど、手伝ってくれ」
「う、うん、わかった。あたしは何をすればいい?」
「やることは同じだ。奇襲を仕掛ける。あいつは……その、食事の途中だ。落ち着いて狙えば当てられるはず。夕璃の魔術が適任だと思う。水で炎を消すんだ。できるか?」
「やってみる」
「よし。じゃあ位置に付くぞ」
スケルトンを斃した時と同様に木の陰に夕璃を残し、俺はヘルハウンドの背後につく。
極力音を出さないよう慎重に動き、夕璃に視線で合図を送る。
頷いて返されたのち、鋭利な渦が目標に向かって放たれた。
瞬間、ヘルハウンドが攻撃に気がつく。
「躱されたッ!?」
鋭渦が直撃する寸前、咥えていた人の腕を捨てて飛び退いた。
着地したヘルハウンドはすぐに視線を夕璃に送る。
その隙をつくようにして、俺も手の平から魔術を放つ。
「火尖」
流石に俺の存在にまでは気づけなかったようで、直前で回避動作を取るも腹部に魔術が直撃する。
火尖はそのまま木の幹と同様に、ヘルハウンドを貫通するかに見えたがそうはならなかった。
ヘルハウンドの体は勢いよく吹き飛んだものの、火尖は何も貫くことなく掻き消える。
炎の属性を持つモンスターに炎の魔術は効きづらい、ってことなんだろう。
ヘルハウンドは地面を一度跳ねると体勢を立て直し、こちらを睨み付けてくる。
「奇襲……失敗」
魔術を二回も打ち込んだのに、与えられたダメージは少ない。
「どうしよ、あたしのせいで……」
「夕璃!」
「ひゃい!」
「俺が何とかして隙を作るから次は当ててくれ!」
「で、でもあたし」
「大丈夫! 狙いは正確だった! 次は当たる!」
「わ、わかった!」
実際、鋭渦はヘルハウンドがいた位置の地面を正確に抉っていた。
動きが止まれば次は当たる。問題はどうやってそれを実行するのかだけど。
ヘルハウンドが叫ぶ。考えている時間はなさそうだった。
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