第4話 仲間

『お、ここでほかのプレイヤーとエンカウントか』

『助けにいくか、見捨てるかのどっちだろうな。こいつの場合は』

『面白いのは断然、助けにいくほう』

『善性が問われてるぞ、どうするんだ?』


 行けば助けになれるかも知れないけど命の危険が伴う。

 自分が生きていくだけでも精一杯。正直、他人を助けている余裕はない。

 助けたら味方になってくれるか? いや、味方になってくれたとして、彼女が足手纏いになる可能性だってある。

 一度、引き入れたら最後まで一緒だ。それでは困る。

 じゃあ見捨てるのか? 今にも獣に追い付かれそうなあの人を。


「あぁもう!」


 人を見捨てて平気でいられるほど俺の心は強くなかった。

 きっと助けなかったことを後悔するし、それが今後に悪影響を及ぼすことは明白だ。

 心と体のコンディションは繋がっている。ここで見捨てたら、きっと俺も生き残れない。助けるほかに選べる道はなかった。


『助けに行くのか』

『いいじゃん。好感度上がったよ』

『そっちのほうが面白いからこの選択は◎』

『助けるメリットが薄いし足手纏いになるかもだろ? 俺なら助けないね』

『俺もそっち派だけど配信の映え的にはこっちが正解』

『リスナーがどっち派だろうと眺める分にはクズよりヒーローのほうがいいけどな』


 下草を踏み締めて自ら獣に接近する。

 こちらの存在に気付いてか、獣は彼女を追うのを止めた。

 俺が先ほど斃した獣と同種。それは立ち止まり、身を翻し、一変してこちらに牙を向く。肉薄した獣が地を蹴って跳ぶ。身に迫る牙を前に、無我夢中で右手を突き出した。


「火尖!」


 放たれる尖った火。それは獣の口腔から体内を貫いて馳せ、突き抜ける。

 真っ直ぐに風穴の空いた死体は跳ね返るように地に落ち、ぴくりとも動かなくなった。


「焦った……」


 心臓が激しく鼓動する。

 あとすこしでも魔術を使うのが遅かったら喉を噛み千切られていた。

 ほっと胸を撫で下ろしていると、死体が煙になって魔石が落ちる。

 それを拾い上げて魔導書に喰わせてから視線を正面に戻すと、息を切らした様子で女子が立っていた。

 見たことのない学生服からして他校の女子生徒。

 派手目の明るい茶髪を見るに校則は緩いみたいだ。メイクは大人びていて、丁寧に塗られたであろうネイルは先のほうから剥げてしまっている。

 彼女を一言で表すなら、女子高生ギャル。


「わぁ、すっごい。今のなに? 火? あ、そうだ。お礼言わなきゃ! 助けてくれてありがと!」

「……どう致しまして」


 助けられたのは心からよかったと思う。けど、これからどうするか。


「ねぇ、名前なんて言うの?」

「名前? あぁ、飾雪紫苑ってものだけど」

「紫苑かー。あたし暮凪夕璃くれなぎゆりって言うの。夕璃でいいよ。紫苑に助けてもらったお礼がしたいんだけど、あたしいま何も持ってなくてさー。上げられるものって言えば、この綺麗な石くらいかも。いる?」


 そう言って雑嚢鞄から出てきたのは魔石だった。それも二つ。


「いる? って、知らないんだろうけど、それ魔石って言って重要なものだからな?」

「そなの? じゃあ、はい! あげる!」

「だから! それは人にあげちゃダメな奴だって!」

「えー? なんでー?」


 頭を抱えてため息を付きそうになるのをぐっと堪える。

 ダメだ、この子。

 現状をなにも理解してない。説明してあげないと、とても生き残れないぞ。


「魔導書は持ってる?」

「魔導書? あぁ、この古い本のこと?」

「そうそれ。それにその石をくっつける」

「こう? わっ、吸い込まれちゃった!」

「それで魔導書の中に魔石が貯蔵されたから、たぶん1㎏くらいあるはず」

「えーっと。あ、ホントだ。でも、これで何するの?」

「魔石を消費して色んな物と交換できるんだ。食糧とか、武器とか」

「へぇー! そうなんだ!」

「あとさっきの魔術も習得できるし、100㎏集めれば元の場所に帰れるかも知れない」

「元の場所に!? そっかー、そんなに重要なものだったんだね……それで魔導書? に入れちゃった魔石はどうやって取り出すの?」

「取り出す? なんで?」

「取り出さなきゃ紫苑にあげられないじゃん?」

「話し聞いてた?」


 お互いの頭の上に疑問符が浮かぶ。


「魔石が重要なものだって理解してるよな?」

「うん、したよ。でも、紫苑に命を助けてもらったし、重要なことも教えてもらったし、それで何もしないじゃ女が廃るってもんよ」

「なにキャラだ? それ。とにかく魔石はいいから、ホントに」


 魔石の譲渡は出来る。

 魔導書を読んでいた際に、その方法の記述があった。

 けど、流石に受け取れない。


「えー。でも、じゃあどうしよっか? なんかお礼したいし、あっ! そうだ! 今度はあたしが紫苑を助けてあげる!」

「夕璃が?」

「そ! あたし運動部に入ってたし、運動神経には自信があるんだよねー。あの狼みたいなのには流石に敵わなかったけど。でもでも、あたし頑張る! 一緒に元の場所に帰ろ! ね?」


 夕璃がいい人なのはわかる。今の発言も打算のない善意からくるものだとも。

 俺みたいに小賢しいことはなにも考えてないって感じだ。その善性には憧れるけど、でも同時に心配にもなった。

 たぶん、夕璃一人だとこの場所で長くは生きられない。


「……わかった。人手が多いに越したことはないし、一緒にここから抜けだそう」

「やった! そう来なくっちゃね! これからよろしく!」


 俺が助けてやる、守ってやるだなんて偉そうなことは言わない。それはヒーローのセリフだ。そんな格好のいいことは言えないし、そんな期待も自分にしてない。

 だから力を合わせて生き残ろう、一緒に。


『ほーん、受け入れたか』

『助けるだけ助けて魔石要求する奴とか、エロいこと要求する奴もいるけど、こいつの性格上それはなかったな』

『いいじゃん。クズは早く死ねで盛り上がれるけど、ヒーローは頑張れで盛り上がれる』

『とにかく仲間割れからの共倒れ展開にはもう飽きたから勘弁な』

『そうか? 俺は何度見ても飽きないけど。人の醜い部分が現れてて』

『趣味悪ーぞ。まぁ、人のこと言えた義理じゃないけど』


 仲間であることの契りを交わすように握手をする。

 裏切られないといいけど。いや、魔石の重要性を認識した上で渡そうとしてくるくらいのお人好しだ。それはないか。


「じゃあ早速、魔石でなにか交換しちゃおっかな。なにがいいと思う?」

「手持ちの食糧はどのくらいある?」

「おにぎり一つ! 二つ食べちゃった」

「……水は?」

「あと一本!」


 計画性がないなぁ。


「まぁ、残ってるならいいか。武器は?」

「持ってない」

「持ってない? じゃあどうやって魔石を二つも?」

「落ちてた!」

「そういうこともあるのか……」


 考えられる可能性としては、獣かスライムと相打ちになった人がいた、ってところか。

 他の獣が死体を喰って魔石はスルーしたと考えるのが妥当か。

 あるいはモンスター同士の縄張り争いかなにかで負けたほうの魔石とか。

 今度から足下に注意して歩いたほうがよさそう。


「じゃあ、魔術で確定かな。身を守るための手段を持っておかないと。魔石の貯蔵量は?」

「えっとねぇ」


 魔石一つの質量は500gほど。運が悪ければ二つあっても1㎏に届かない。

 その時は魔導書の中に貯めた魔石をすこし渡すことになりそうだけど。


「お、ちょうどぴったし1㎏ある!」

「なら、習得できるはず。どの魔術がいい?」

「んー……紫苑と同じじゃダメ?」

「ダメじゃないけど。別のにしたほうがいいと思う」

「どうして?」

「飲み水にできるかも知れない魔術がある」


 夕璃の魔導書を借りて鋭渦のページ開く。


「名前からして水に関する魔術だから、飲み水には今後困らなくなる、かも」

「いいね! じゃあこれにしよっと」

「待った。まだ早い」

「えー?」

「かもって言っただろ? 水の魔術じゃない可能性もあるし、そうだったとしても飲み水に適さない可能性だってある。だから、よく考えて」

「よーし。うーん。考えた! これにする!」

「……本当に考えた?」

「うん!」


 満面に笑みだった。本当に大丈夫か心配だけど、この魔石でなにをするかの決定権は夕璃にある。ああだこうだ言っても最後に決断するのは夕璃だ。

 あまり出しゃばらずに本人の意思を尊重するべきか。


「この空欄に指を押しつければ習得できるはずだ」

「オッケー! あたし実は憧れてたんだよねー、魔法使い!」

「魔術だけどな」

「似たようなもんだし、一緒一緒。それじゃ行くよ!」


 叩き付けるように指先が空欄に押し当てられ、魔導書が発光する。

 俺が魔術を習得した時と同様に、輝きが指を介して夕璃の全身へと広がった。


「ひゃっ!?」


 魔術に関する情報が電流のような感覚となって流し込まれ、習得は完了した。


「びっくりしたぁ……でも、なんか使い方がわかったかも! 鋭渦!」


 夕璃の手の平が上を向き、浮かぶように現れた水流が渦を巻く。

 それを近くの木に向けて放つと、水流が鋭い螺旋を描いて幹を穿つ。火尖ほどの貫通力はないものの、破壊力は木を一本へし折るほどでこちらに軍配があがる。

 違いは火か水かくらいに思っていたが、差別化はされているようだった。


「わぉ! すっごい! いまのあたしがやったの? やばー!」

「あれが飲めれば助かるんだけど」

「飲めるよ。なぜかはわかんないけど絶対大丈夫!」

「……流し込まれた魔術の知識にそれも含まれてたのか。なるほど」


 習得した夕璃が言うなら間違いないはず。ペットボトルが空いたら補充してもらおう。


「今ならなんでも出来ちゃいそう!」


 これで魔術が使える人間が二人。

 日の傾いた空を見上げて、それからはしゃぐ夕璃に視線を戻す。


「……一ついいか? 夜になる前に欲しいものがあるんだ」

「欲しいものって?」


 それは恐らく今後、必ず必要になってくるもの。


「地下シェルター」

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