第2話
八月の最終日の朝、つまり我が街の第四十七回目の花火大会が開催される日の朝、ふと私は塔に登ろうと思い立った。毎日のように部屋から見えていた塔が、明日には跡形もなく崩壊してしまっていて、もう二度と見えることがないのだということを、自覚したときに、私はなんとなく塔に登ってみようと思ったのだった。不思議なことに私はその時、今まで塔に感じていた忌避感を少しも感じなかった。
どうせ登るならば、塔の上から花火を見てやろうと、私は思った。数百メートルはあるといわれる塔の上から見る花火は、きっと地上に咲いた巨大な花々のように見えるのだろう。朝食を食べ終えてすぐ、必要であろう準備にとりかかり、午前の九時頃には制服に着替え、学校に行ってくると言って家を出た。私の通う高校と、塔のある小学校は隣接していて、なんなら中学校も隣接していた。どれも歴史は古いが、街の大地主が教育のためにとほとんど
街路を歩き、塔に近づくにつれ、私は、朝から麻痺していた忌避の感が再び強まっていくのを感じた。照り付ける夏の日差しと、アスファルトが放つ熱気。蒸されているのかと思うほどに、湿度と熱を含んだ大気は、粘ついていて肌にまとわりついてくる。汗は蒸発せずに肌に付着したままで、汗を吸ったワイシャツが気持ち悪い。顎を伝った汗のしずくがアスファルトの上に落ちて、あっという間に吸い込まれて消えた。塔は、太陽に届くのではないかと思うほどに高くそびえている。
街のいたるところからでも、見上げると塔は見えた。角を曲がり、学校へ続く坂道に出ると、塔の根元までがはっきりと見えた。だが、その頂点は天を仰がないと見えない。必要になるであろう諸々のものは背負ったバックパックに入っている。負担にならないように重すぎず、最低限必要なものだけを詰め込んだ。歩くたびに振動を背中に感じる。坂道を下りながら、考える。塔の内部はどうなっているのだろう。塔に登ったという人物がいるという話は聞いたことがなかったし、当然内部の様子も聞いたことがない。しかし、それは、もしかしたら、塔の内部を見たという人間は確かにいるのだけれど、そのことを誰にも話していないということなのかもしれない。それならば塔に登ったという人間が、街に何十人何百人といてもおかしくはない。過去の人間を含めれば、膨大な数がいるかもしれない。なにせ塔は起源は定かではないが毎年建設されていて、そのたびに塔に登ろうと考える私のような人間が出たとしても不思議でもなんともないからだ。私が知らないだけで多くの人が塔に登ったことがあるのかもしれない。なんらかの理由により、塔に登ったことを語らないだけで、私以外の全ての人間が塔に登ったことがある可能性すらあるのだ。だが、だとしてなぜ塔への侵入の経験を他人に共有しないのだろうか。塔の内部がそれほどまでに恐ろしかったのか、皆から非難されるのを恐れたのか、塔に対する漠然とした忌避感と同じように、経験を語ることを忌避してしまうのか。それはわからないけれど、登ってみれば全ての解が見つかるだろうと私は思った。
旧校舎の周囲は
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