私の住む街では

中且中

第1話

 私の住む街では、夏の八月、ひと月かけて塔が建設される。その塔は、八月の初めに建設が開始されて、最終日に行われる花火大会の夜に崩壊する。そのサイクルは毎年繰り返されていて、少なくとも私が物心ついてからは塔が八月に建設されなかったことはないし、八月の終わりに崩壊しなかったことはない。この街に住む祖母に聞いたところによると、彼女がこの地に嫁に来た年の八月にも建設されて、八月の最終日には崩壊していたそうだ。

 塔の建設の歴史がいつ始まったのかは定かではない。私の祖母は彼女が嫁入りした前後、約五十年前ほどからではないかと言うし、私の祖父はこの街の歴史が始まった頃、つまりまだここが小さな農村であった時代から、脈々と建設は行われてきたのだと言う。祖父母はこの意見の相違からときたま口喧嘩をすることがあった。しかし、なかには、花火大会が始まったのと同時に塔は建設されるようになったのだと言う人もいる。これは街の博物館の館長の説だが、これは祖父のみならず祖母の説とも矛盾する。祖母がこの街に嫁に来た年にはまだ花火大会は恒例の行事ではなかったからだ。ともかくいつから塔の建設が毎年の八月になされるようになったかというのは謎に包まれている。塔の建設についての文献は残されておらず、それは文献にしてしまうと塔が翌年から建設されなくなるという言い伝えによるためだったが、このことは塔の歴史をさらに曖昧模糊なものにしていた。

 塔は、既存の建物がパーツごとに分解、複製され、それらが積み木細工のように積み重ねられていくことによって建造される。高さ数百メートルほどの高さに達するまで建設は続き、塔は八月最終日、花火大会の夜に完成し、深夜に崩壊する。崩壊は、おおよそ午後十一時から翌日午前一時までの間に開始され、約三時間かけて進行する。

 塔に対する信仰は、表立っては行われないが、街の住民の意識の根底に厳然と存在し、それは塔の建設について深入りをしないという態度に表れていた。学術的な調査を行うことなどありはしないし、塔の内部に踏み込もうということもない。子供にも塔に登ることのないように言い聞かせていたし、私自身そうだったからわかるのだが、子供たちも塔に対して、不穏で、厳粛で、心を波立たせるような空気感をおぼろげながら感じていたので、大人たちに言われずとも、誰も近づこうとしなかっただろう。住民は老若男女問わず塔への不穏当な、霊妙な感を共通して抱いており、それが塔への隠匿された信仰と不干渉の態度に表出しているのだ。

 今年の八月も塔は建設された。私は高校二年で、高台にある自宅の部屋の窓から、夏休み中毎日、塔が建設される様子を眺めていた。塔の建設が何者によって行われているかは誰も知らない。作業員も重機も何もないが、塔は徐々に積みあがっていく。それは人工物の建造というよりは、巨大な生物の成長を見ているような感覚になる光景で、見ていると畏怖の感すら覚える。既存の建物を分解して塔は建設されるといったが、塔の材料となる建物には必要な条件があるらしく。この条件を満たしているのはいまのところ街の小学校の旧校舎のみであった。これが、塔の材料となりうるのは旧校舎のみなのである、といった話にならないのは、街の主流な学派、のようなものが塔の建設は条件を満たせば他の建物でも起こりうるという説を唱えているからだ。街の有力者である一族が、この説を支持しているというのも大きい。

 私は図書館に行った帰り道に、塔の建設が始まったばかりの旧校舎の様子を見に行ったことがある。旧校舎が、教室や廊下、屋上のタンク、壁面の彫像、窓、庇、柱、昇降口、などといった構成単位ごとに分離していた。構成単位の隙間、例えば隣り合う教室と教室の境界には線が引かれていた。その光景はジグソーパズルを連想させた。線というか、それは微妙なずれ、隙間であった。いったん、旧校舎を構成単位ごとにバラバラにしてから、また慎重に組みなおした、といった感じだ。プラモデルのように組み立てられたかのように見える旧校舎は、見た目こそは以前とあまり変わらないとはいえ、酷く奇妙に見えた。

 一か月の間、ひたすらに上を目指してそれぞれのパーツは増殖していく。細胞が分裂するみたいにパーツは増えていく。教室があるとしたら、その教室は一日から二日かけて二つに増殖し、教室の上に教室が積み重なっていくのだ。増殖の仕方は奇怪であり、教室があるとすると、まずその教室は徹底的に分解されて、ひとつの塊となる。教室は床板、窓、机、黒板、蛍光灯といったパーツ、あるいはより小さな瓦礫にまで分解され、教室を構成していた一切合切が一つの球状の物体をなす。球形は一日から二日かけて成長する。ひとまわりほど大きくなった球体は、やがて二つに分裂する。分裂した球体は、それぞれ再構築されて、教室になる。そして分裂した教室は、再度分裂する。こうして無数の教室が積み重なっていき、塔の一部を構築していく。まさしく細胞の分裂のように各パーツが増えていくのだ。旧校舎の場合は、各教室や、階段、廊下、屋根、彫像、昇降口、トイレ、旧校長室、旧調理室、旧音楽室といった様々なパーツがそれぞれ分裂していき、塔を形成する。各パーツは有機的に結合しており、例えば廊下は教室と結合している。実際に塔の内部に入った人がいないのでわからないが、パーツの連結部分を通っていけば塔の最上部まで登ることができるかもしれない。

 増殖はひと月で終わり、塔は崩壊する。塔が崩壊すると、分解し増殖し、塔の材料となっていた建物は、復元する。崩壊は実際のところ、崩壊というよりも時間の逆再生に近い。塔の建設の工程をタイムラプスにして、それを逆再生した、といったように塔は崩壊する。つまるところ、教室があるとすると、崩壊の際にはそれは分解され、球形になり、もう片方の教室も同様に球形になり、合体して一つの球形になる。この球形は再び教室の姿に戻ることなく、同じプロセスを繰り返した球形の教室と再度合体する。増殖した全てのパーツが、合体していき、最後には増殖の起点となった球形の各パーツが残る。各パーツは再構築されて、教室や屋根や彫像になり、崩壊が終わると、材料となった建物はまったくの元通りになっている。

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