とある日のHR

綺之浜市立綺波高等学校、1年2組、教室。


日を経るごとに気温は上昇し、窓の外、桜は徐々に若葉一色となっていく。




月曜日、六限全ての授業を終え、残すところは先生の話を聞くことのみ__終礼の最中、ああ、元引きこもりの自分でもこんなに継続して通学できたのだと、感慨を覚えて__隣に座っている伊吹をちらりと見てから、あの日のことを__早川さんと戦うことになった、あの事件のことを思い出す。




___あの日から既に一週間ほどの時間が経過していた。




「(バイトが無い日の事情聴取、それからLineでの伊吹からの報告......事件そのものは収まったらしいが、しかし、早川さんはまだ.........)」




教室の中央、目を向けた先には空席。




“療養のため休学”__それだけ伝えられた同級生たちは、あまりに突然のそれに驚きを隠せていないようだったが、しかし一週間もすれば徐々に慣れてきたのだろうか。時折、何故あんな美人がと嘆く男子生徒の声こそ聞こえるものの、一時期のような混乱はもうそこには無い。




「(......なにかが、在るような気がする。裏で操っている何かが。確証は............全く、無いんだが......)」




どことなくすっきりしない、妙に注意を引く何かがあるような__そんな予感に苛まれて、どうもこの事件のことになると上手く頭が回らない。




「それで、今後の予定ですが.........」


担任の先生の声に、ハッとする。......今は伝達事項を聞く時間だ。集中しなければ。




教師__茉鱈先生はプリントを片手に言葉を続けた。「五月の上旬に身体測定及び各種健康診断、それから体力テストがあります。詳細はまた後日お伝えしますが、そういった予定があるということを各々心に留めておいておくように。」




………体力テスト。其れ即ち地獄。


鬱屈とした気分になったのは私だけではないようで、周囲を観察してみればクラスの半数近くがそういった__体力テストが嫌だと、地獄であるといった__そんな反応を零す。




「うわ~、もうそんな時期~?」


「シャトルランだけ休みた~い......」


「だる......」




「(わかる.........特にシャトルラン。すごくわかる.........)」


心の中で彼女たちに頷きを返しつつ、そっと両手を握った。




「休みたいという気持ちはわかりますけどね。そしたら後日再検査になりますよ。」笑顔でなんとも残酷なことを言い放つ教師。




……この教師には人の心がわからない。




そんな悪態を胸中に留めつつ、しかし週に三日ほどあの広大な『柘榴石』の館を掃除しているだけあって、体力はそこそこついてきているのではないかと、そんな期待を抱いて__しかし、すぐに首を振った。


あれは__特にシャトルランは、たった数日分のバイトだけで元引き篭もりがどうにかできるような、そんな甘いものでは断じて無い。




ちらりと隣の席の方、伊吹の様子を見やる。




群青の髪を持つその男__真酔伊吹は、特段何の反応も示していないようだった。


頬杖をつき、あくまで伝達事項の一つとして記録する__喜びも落胆も見せないその仕草に、なるほど、どうやら『シャトルラン』及び体力測定は伊吹にとっては悪夢でも何でもないのだろうと考える。




「(まあ、でも......伊吹にとって体力テストが問題にならないのは、そりゃあそうだろう。“魔導保安隊”としての伊吹の戦闘を目の当たりにしたのは2回ほどだが......なんというか、伊吹の戦い方は、身体の使い方がわかってる感じの......なんというか、熟練した感じの戦い方だ。魔術的補助はあるかもしれんが、しかし並みの運動神経ではできないことだと......そう感じる。)」




いっそ、体力測定にも魔術が使えたりはしないだろうか。......そんなことを考えた頃合いだった。




「先生、質問いいですか。」




紫陽花の如き薄紫のショートヘア、雪の日の曇り空を映したが如くの灰色の瞳。


両耳には幾何学模様じみたデザインの金色、銀色のピアス。ビビッドカラーのネイル__いずれも、近隣の高校と比較して校則の緩いうちでは決して違反ではないものの、しかしあまりの大胆不敵さ、言葉を選ばずに述べれば治安の悪さは皆の目を惹く。




特徴的なその女子生徒は、女性にしては低く格好いいその声を躊躇いなく発する。




「常世泉(とこよみ)冬音(ふゆね)さん」


茉鱈先生が女子生徒__おそらく常世泉冬音というであろう彼女に視線を移して言った。「構いません。五月の予定についてですか?」




「はい。」


常世泉冬音さんは、眼前の遥か先にいる先生を見据えて___そして。




「体力テストにローラーシューズを持ち込んでいいですか?」




「(.........?????)」


聞こえた言葉に耳を疑った。




単語の一つ一つは理解できる。理解できるがしかし、組み合わせの前例が無かったからだろうか。文単位となると、途端に意味がわからなくなってくる。




「逆に何故いいと思ったんですか?」.........茉鱈先生の言葉はもっともだと思う。




「ちょ、ちょっと冬音......?」


控えめに、しかし十二分の戸惑いが伺える男子生徒の声。




言い方からして、トンデモ発言をかました彼女__常世泉冬音さんと仲の良い人物の発現だろうかと、ふと興味を覚えて、声のした方を注視して____視認したその風貌には覚えがあった。




「(彼は.........)」




薄紫の髪に、白雪を思わせる真っ白で綺麗な瞳。


一見して簡素な宝石箱の奥底に隠されたフォスフォフィライトの如き、内に秘めたる魔性。優しげな雰囲気を携えた、童話の王子様のような彼。




__『絵を綺麗って言ってくれてありがとう。まだラフだから、少しだけ恥ずかしいけど......でも、俺もこの風景が綺麗だなって思いながら描いたから、それが伝わって嬉しいよ。』




「(......美術の時間に消しゴムを拾ってもらった、あの絵の上手い人.........!)」




そういえば、どことなく薄紫の髪、紫陽花を思わせるその綺麗な色合いが、常世泉冬音さんに似ていると、そんなことを考えて__




「何、兄さん」


続けて放たれた冬音さんの一言に驚いて、しかし不思議と合点がいった。




「(兄妹......同じ学年であることを考えると、双子か......?そっくり、というわけではないが、なんとなくの雰囲気は似ている、というか......“常世泉”という名前。確か.........)」




「何......って、うーん......」兄さんと呼ばれた彼は言葉を探るように、端正な顔に憂いと焦りを浮かべつつ続ける。「冬音。冬音のそういう常識に囚われない発想は素晴らしいと思う。だけど体力測定って、そういうのじゃないっていうか......素の数値を測定したい時に、ローラーシューズはちょっと......」




「.........ホッパー」


「駄目だよ」




「.........ダンベル」


「駄目」




「じゃあスケートボード」




「うん、全部駄目だからね。許可されたもの以外は原則持ち込み禁止。.........すみません、先生。進行を遅らせてしまって。」




最初こそ控えめな注意だった彼は、しかし妹君__もとい冬音さんが発言していくごとに、徐々に毅然とした口調になっていく。




「...................むぅ。」対して冬音さんはどこか不貞腐れた様子だった。




「......まあ、当日に持ち込まなかっただけ良しとしましょう。」やや苦しげに、しかし微笑みは決して崩さずに茉鱈先生は返す。「次に、自治体からの注意喚起ですが______」




「(なんというか......個性的な兄妹だな。)」




耳だけは茉鱈先生の話を聞きながら、しかしどうしてもそのインパクトが故に、思考の大半は先程のやり取り__もとい、常世泉兄妹のことで占められていた。




常世泉神社。


あの事件が起きた日曜日の朝。ショッピングモールに向かう途中に見かけたフリーマーケット。




__『飛び入り歓迎、売るも買うも己の自由!......できれば私のブースで何か買っていってほしいかな?常世泉(とこよみ)神社マーケット企画、ただいま開催中だよーっ!』




「(常世泉、常世泉.........中々に珍しい苗字だと思うが、あの兄妹は常世泉神社の関係者.........だろうか。)」




幻想的な雰囲気を持つ兄と、どこか治安の悪そうな雰囲気を纏うクール系の妹。


変わった組み合わせもあるものだと、そんなことを考えて__暖かな春の陽気の中で、そっと瞼を閉じてみる。




絶対いつかmixiv小説の題材か何かにしようと、そんな小さな決意を抱きながら。

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中二病がバイト面接に受かってメイドになったら、そこは魔法の世界でした。 @HarusameRunaPalPal

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