エンジョイ・イン・ザ・ショッピングモール(後)
_In 文房具屋
シンプルなデザインではあるが、可愛らしい色合いのシャープペンシル。
四葉のクローバーのイラストが添えられた定規、動物のイラストが描かれたファイル。ファンシーな色合いの修正テープ。それから付箋___
文房具専門ブースの一角、おそらく女子学生向けであろうコーナーの前で、李乃と並んでそれらを見て__なんとも新鮮な気持ちになった。
「(ゴテゴテし過ぎず、だが可愛らしい色合いをしている......なんというか、今まであまり縁が無かったタイプの文房具だな。)」
「ねぇねぇ、友梨花!」
シャーペンの置かれた棚を指差して李乃が言う。「このシャーペン、色違いで買わない?」
「色違い.........」
そう呟いてから覗き込んでみれば、確かにそのシャーペンの色は7つから選べるようだった。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫__虹と同じ色だ。
「(李乃は緑色が好きだと言っていたし、緑は選ばない方がいいだろう。その他に私が好きな色......黒がないのは残念だが、そうだな。一つ選ぶならば.........)」
数秒ほど考え込んでから、右から三番目の色を指差した。「じゃあ、私は青にしよう、と思う......」
「それじゃ、私は緑!」
元気そうに言う李乃の様子に、成程、自分の選択は間違っていなかったと、そう胸を撫でおろす。
李乃は緑のシャーペンを手に取って、眺めて__それから柔らかく笑う。「これで学校の勉強も、もっと頑張れる気がするよ~」
「学校の勉強......」
思わず呟いてから、そういえば李乃の学校について詳しく聞いたことはなかったなと、そう思い返す。「前々から聞きたいと思っていたんだが、李乃が通っているという『霊道牡丹高等学院』とは、一体どういうところなんだ......?」
問いかければ、李乃はきょとんとした顔で振り返った。
「あれ?知らない?」
「う......」
「あ、ごめんごめん!責めてるわけじゃなくて!」
李乃は慌てた顔を浮かべて、言葉を続ける。
「霊道牡丹高等学院は、魔術を学べる私立校でね。魔術の体系とか、ルーツとか、実戦経験とかそういうのがいっぱい学べるっていう特色?があるんだ~。でもその分、国語とか算数とか社会とか理科とか、そういうのは、一応授業はあるんだけど少なくて、自主勉強しないといけないんだよね......私、勉強そんなに得意じゃないから、そこが辛くって......」
「なるほど......」
つまり、魔術の類に重点を置いていてディープな魔術教養を得られるが、その反面として基礎教養科目は自習の必要がある学校__ということだろう。
「(そういえば、李乃はバイトの初日に会ったとき......何やら、数学の教科書を眺めていたな。)」
あれはもしかして、自主勉強の一環だったのだろうか。
「でもね、辛いことだけじゃなくて楽しいこともいっぱいあるよ!定期的に霊山とかに合宿行けたり、他校とトーナメント式の魔術戦やったり......あ、今年の11月、一年生はお伊勢様に行くんだよ!それから、それから......」
声を潜めて、しかしなんとも楽しそうに語る李乃を見て、なんとなく、学校は李乃にとって楽しい場所なのだろうと、そしてそれが眩しいと__そんなことを考えた。
_In 雑貨屋
手芸店がインスピレーションの宝庫であれば、雑貨屋もまた然り。
チェーン、クロイツ、紋章の刻まれた謎の鍵。
表面上は金製に見える金属製のそれらは確かな重厚感を携えて、タリスマンや騎士の剣のキーホルダーに至るまで、自分の深いところにある何かに悉く刺さるような__燃えるような、胸が高鳴るような__そんな感情に包まれる。
「(特に、剣がいい。円卓の騎士とかが持ってそうな、あの重厚な剣......華美すぎず、しかし心をくすぐるあの装飾。刃の部分の紋章もまた良いものだ。この大きさなら鞄とかにも問題なく付けられる......いっそ、買ってしまうか......?)」
剣のキーホルダーを手に取って、それからふと李乃を目線で探す。
__李乃は、どこに行ったのだろう。確か気になるものがあったからと言って、向かって左側の棚の方に歩いて行ったような____
心当たりの方角を注視してみれば、李乃はすぐに見つかった。
翡翠色の瞳、その視線の先にあるのは___陶器だった。
カップ。平皿。お椀。
あるものには北欧風の民族感漂う模様が、またあるものにはシロクマやペンギンといった動物の可愛らしいイラストが。また、あるものには純和風の桜やら紅葉やら、そういったモチーフが施されている。
今立っているコーナーからは詳細は見えないものの、しかし確かな暖かみがある陶芸品だと__そういった風に感じることができる作品群だ。
「(李乃は、ああいった陶器が好きなのだろうか......)」
李乃は相当なおばあちゃんっ子のようだし、お婆さんの影響で陶器が好きだったり、陶器に詳しかったとしても不思議ではない。
「(......どうなんだろうか。)」
聞いてみたいが、しかしわざわざ尋ねる勇気というものは生憎持ち合わせていない。
ただ、あそこまで熱心に眺めているということはおそらく好きなのだろうと__そう予想だけをして、再び目の前の棚へと__魂を揺さぶるアイテムが陳列されているコーナーへと向き直った。
剣のキーホルダーを買うのは確実として.........謎の鍵とクロイツであれば、どちらを購入するべきだろうか。そんなことを考えながら___
_In 脱出ゲーム店
淡い花の刺繍が施された重厚なソファ。
アンティークチックな長机に、部屋を取り囲む、いかにも年季の入った風味の本棚。そしてその中に収められた立派な装丁の本__洒落たアルファベットのフォントで綴られたそれらは静寂かつ陰鬱めいたものでありながら、確かな存在感で以ってここに在った。
薄暗い室内を照らすのは、四隅に備え付けられた橙色に灯るランプ。
さながら由緒正しい洋館の一室、といった風情。外の光を遮るような構造、そしてその光彩度合いの乏しさといった要素を除けば、成程、バイト先__もとい、柘榴石にも似通っているやもしれない。
__今話題の、ショッピングモール内にできた体験型脱出ゲーム。
李乃曰く舞台のセッティング、その世界観の完成度の高さが話題になっているらしいが、こうして実際に体験してみるとその評価にも納得だった。
「(肌を撫でるこの、やや肌寒い空気は......そういった温度調整だろうか。いかにも本特有、といった感じのこの匂いも、なにより呑み込まれそうな世界観も......うん、すごく良い。)」
こういった雰囲気は好きだ。だって、鼓動が高鳴る___
「う~ん、鍵、見つからないよ~......」書斎の机の引き出しを探りながら、李乃が言う。「友梨花、そっちはどう?」
「こっちも駄目だ。紙切れに示してあったのは、この部屋で間違いなさそうなんだが......」
形式としては実に単純明快で、ヒントを見つけた先にキーアイテム、もしくはまたヒント......そういった過程を繰り返して、最終的には脱出アイテムをゲットできる__そういったものだった。
途中までは、要所要所で苦戦はしたものの__しかし、順調に進んでいた。
しかし終盤、そしておそらくは最後の脱出キーであろう代物は、20分以上かけてもまるで見つからない。書斎の引き出し、ベッドの下、バスルームの床、本棚の狭間、考え得る限りの定石を探ってみても、鍵どころか手がかりの一つも見つからないのだ。
「ヒントに書いてある『叡智を書き記した至宝の集いし西の部屋』って、この書斎のことで合ってるよね...?コンパスだって確かめたし......」
「『意図的な空洞、大切な思い出、美しき変化、遠慮の中に鍵はある』という記載......ここがわからないんだよな。どうも抽象的というか......謎解きなんだから仕方ないような気もするが......」
今まで得た情報を頭の中に羅列して、整理して考えてを繰り返す。
「(ん......?)」
ふと、アルファベットで題された本の中に一つだけ、日本語で書かれたそれが置いてあるのが目に留まる。
全体的にラテン語チックで、題がよくわからない本の数々の中で__その区画だけは、日本語、英語、フランス語らしきもの、といったような__比較的オーソドックスな言語で描かれているらしい本が並んでいる。
日本語タイトルは『花言葉図鑑』。英語タイトルは『The language of flowers』
どちらも同じ意味だ。
「(これらの本には一冊に一つずつ、何やら付箋が貼ってあるような......)」
日本語で書かれたそれを手に取って、付箋のページを開く。ページを一枚、二枚めくって__付箋のページに記載されてあったその文字列を見て、まるで点と点が線で繋がったような__謎に合点がいって、すっきりしたような、そんな心地よさが駆け巡る。
『紅葉の花言葉:大切な思い出・美しい変化・遠慮』____
「(.........なるほど)」本を開いたまま、部屋全体を見渡した。「(この部屋で紅葉を象ったものといえば____あった。)」
本棚と本棚の狭間、その壁にかけられた紅葉の絵画。
水彩絵の具で描かれたであろう繊細なタッチの見事なその絵は、おそらくは雰囲気づくりのための小道具だろうと思っていたが__しかし推理が事実であれば、思ったよりも重要度が高かったのだろう。
そっと近づいて、額縁のあたりを注視してみれば__よく見ないとわからないような、壁の雰囲気に実によくマッチした、保護色とも言うべき色合いの、ボタンらしきものがそこにはある。
「(おそらくは、このボタンを押すのだろうか。)」
李乃にも声をかけた方がいいだろう。そう思って口を開いた。「李乃、見つけた!紅葉の水彩画だ!額縁の右端あたりに隠しボタンがある!」
「え、本当!?」
背後の物音が止む__おそらく、李乃が書斎机辺りを探っていた、その手を止めたのだろう。
ほどなくして、李乃はこちらへと駆け寄ってきて__私の視線の先、額縁の右端あたりを注視して、目を真ん丸に輝かせた。「わっ、本当だ~!色が似てるから遠くからじゃ全然わからなかった......友梨花すっご~い!」
「す、すごいというか、ヒントがあったからというか......というか、まだ鍵があるとは決まってはなくて......」
「でもでも、ボタンがあるってことは絶対なにかあるよ!」満面の笑みで李乃は続ける。「とりあえず、押してみない?」
「あ、ああ。それもそうだな。」頷いて、ボタンの場所に人差し指を当てる。
ひんやりとした、金属製のそれを__ボタンを、押してみる。
その瞬間__おそらくは、隠し引き出しというものだろう。ただの壁だと思っていた場所__ちょうど、絵画の右隣あたりのそこから、引き出しのような空洞が飛び出してきて__空洞、その木箱の中を覗けば、そこには。
__そこには古びた金属製の鍵が確かに在った。
「「あった.........!」」
私と李乃の声が重なる。
身体中を、おそらくは達成感と呼ぶのであろう快感が駆け巡る。
鍵を見つけられたことが純粋に嬉しくて、そんな自分が誇らしくて__感情が、高鳴っているのがわかる。
「やったぁ!鍵だよ、友梨花!見つけられたんだよ、私たち!」
「ああ......!なんというか、すっごく嬉しいな......!」
お互いの顔を見合わせて、そんなことを言い合った。
_In 手打ちうどん専門店
全体的に木製のものが多い、落ち着いた内装。
ショッピングモール、そのレストラン街の一角にある手打ちうどんの専門店、窓際の席。
空調が程よく効いた室内は、賑わいと美味しそうな香りとが漂っており、すぐ横、窓の方を見れば眼下には街を行き交う人々の賑わい、それから澄んだ空と暖かな陽光__
唯一気になる点としては、そんな爽やかな天気にはおよそ似つかわしくないような薄暗い雲がひとかけらほど浮いているということのみだが__いやしかし、それは些細なことだろう。
「お待たせいたしました。『おろし醤油のぶっかけうどん』と『スパイス抜群カレーうどん』、以上でお間違えないでしょうか。」
盆を持った給仕の男性が、注文した品を机の上に並べてから問いかける。
__椀から漂う出汁とスパイス、その匂いはなんとも、人の食欲を掻き立てる。
「あ、はい!大丈夫ですっ!」おろし醤油のぶっかけうどんの方を自分の方へと引き寄せながら、李乃は元気よく返した。
私も、自分が頼んだ方のメニューを__『スパイス抜群カレーうどん』を、自分の手元に引き寄せる。
中央に人参、じゃがいも、玉ねぎ、牛肉が寄せられた、スパイスの芳香漂う茶色のスープ......
「(......美味しそうだな。)」
カレーうどんを前に、自分の口角が上がっていくのがわかる。
「友梨花って、もしかしてカレー好き?」
「好き......というか.........」
李乃の質問に、合致する言葉を探しつつ答える。「色合いが落ち着く......というか。匂いもそうだけど、こういう濃さの茶色の料理は、好き......だと思う。」
若干、自分でも何を言っているのかわからなくなりながら__それだけ伝えて、なんとなく、そっと李乃の様子を伺った。
李乃は、特になんでもなさそうに、いつも通りの笑顔でなるほど、とばかりに頷いた。
「確かにハンバーグとか、唐揚げとか焼き鳥とか生姜焼きとか......茶色の料理って、どれもすっごく美味しいもんね。その気持ち、わかるかも~......」
箸を手に取ってうどんを一口食べてみれば、程よく弾力があり、そして柔らかい。
コシがある、と形容すればいいのだろうか。成程、専門店なだけあって美味しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます