エンジョイ・イン・ザ・ショッピングモール
ショッピングモール。
都心に位置する大型のそれは、レストラン、ブティック、映画館、憩いのスペース__様々な空間を内包しているらしい。日曜日ということもあり雑踏に囲まれたそこは、元引きこもりには縁遠く、早くも場違いな、そんな気がして__鼓動が煩く、そして速くなる。
天気も良く、過ごしやすい気温だ。耳に入ってくる子供の声、男女の話し声、笑い声___。
最寄りの駅から歩いて5~10分ほど。ショッピングモール出口付近の憩いのスペース、そのベンチに腰掛けて、スマホを片手に李乃の到着を待っている。
「(約束の時間まで、あと10分程か......うむ。薄々気づいていたが、どうやら早く来すぎたようだ。)」
スマホの画面に表示された、mixivの小説画面。
今朝更新された、お気に入り作者のそれをスクロールし、文字を追う。ページを進めるべく親指を動かそうとした__その時だった。
「友梨花~っ!おまたせ~!!」
喧噪の中でもひときわ響く、元気で可愛らしい声___李乃の声だ。
スマホを弄っていた手を止めて、顔を上げる。声のした方を注視すれば、李乃は簡単に見つかった。
「(............わ、)」
李乃の姿を認めてから、そして、少しばかり固まった。
肩を出したデザインの朱色のニット。やや余裕のある大きさのそれは、洒落た金属製のリングを胸元に携えている。腰からちらりと覗く薄手の黒いシャツ、そして黒の短パンが見せる太腿も、なるほど李乃の健康的な肉付きの身体によく似合っていた。
服によって魅せられた身体のラインも、しかし決して下品ではなかった。
厚手のブーツに短めのソックス。ファッションスタイルは紛れもない陽の気を纏っていて、脈動、情熱、そして可愛らしさがやはり含まれている。
おそらくヘアアイロンで巻かれたであろう蜜柑色の髪に、目尻に赤のシャドウを纏う翡翠の瞳。
やや強気な化粧も、成程、今日の李乃のファッションとよくマッチしている___。
「(え、どうしよう。急に不安になってきた。私、この李乃の隣を歩くのか?えげつないほどバチバチにキメた今日の李乃の隣を?元引きこもりが???)」
堂々巡りする思考に押しつぶされそうになる私に、しかし李乃はおかまいなしに駆け寄ってくる。
「ごっめん、待たせちゃった?」
「いや......大丈夫だ。全く待ってない。今だって、約束した時間までまだあるし......」
スマホを鞄にしまいつつ言葉を返す__待ったには待ったが、李乃は悪くない。私が早く来すぎただけなのだから。
「あ!っていうか、その帽子......」
李乃は目を大きく見開いて、そして笑顔を見せた。「なんか探偵が被ってそうなイメージの帽子!本当にあったんだ......すっっっごく可愛い~っ!!!」
「あ、ありがとう.........?」
__可愛いのは、李乃では?
心の中だけでそんなことを呟きながら、腰掛けていたベンチから立ち上がる。
「行こ行こ~っ!最初にどこ見る?服?雑貨?文房具?」
「わっ......え、えーと」満面の笑みで隣に立つ李乃の、その勢いにおされつつ、口を開いた。「服.........だろうか。」
「服!ここの建物ね、おすすめのブランドいっぱい入ってるの!友梨花に似合いそうなものも沢山あるんだ~!」
_In ブティック
__蜜柑色のワンピース。
同じ色の髪色と相まってよく似合っている。はつらつとした李乃の雰囲気とフレッシュな色合いがマッチしていて、小道具であるサングラスもその魅力を引き出している。
__Tシャツにデニムのスタイル。
かっこいい系統のコーデもよく似合う。特に念入りにセットしたであろう橙の巻き髪、目元のメイクと抜群に相性が良い。
__上品なブラウスに翡翠色のスカート。
先程までとがらりとテイストを変えたそれも、李乃によく似合っている。ベージュとカーキのリボンバレッタは李乃の華やかな顔立ちを彩り、花園に佇むお嬢様、といった雰囲気を醸し出す。
「うーん...どれも可愛いし買っちゃいたいけど予算オーバーしちゃうよ~......」
手に持ったハンガー、そこに下げられた数多の服を見比べて、李乃が口を開く。「ねぇ、友梨花はどれがいいと思う?」
「え!?......ええ、ええと」
急に話を振られて思考も鼓動も大変なことになりつつも、しかしちゃんと言葉を返すべく考え始めた。
好みだけでいえば、ブラウスとスカートのコーデが一番良いと思った。
「(しかし......私の趣味というか好みだけで言ってしまってもいいのだろうか。李乃の好みを完全に把握してるわけではないし、何かすごく的外れなことを言ってしまわないか......)」
数秒ほど考え込んで__思考は絶えず加速して__それから、恐る恐る口に出す。「個人的に好きだなって思ったのは、最後に着てたやつ......李乃の目の色と同じスカートが、可愛いなと......思った。」
「あ、わかる!私も自分の目の色好きだから、緑色のアイテムめちゃ好きなんだよね~!.........よし!」
こちらを振り返って李乃は笑う。「じゃあこれ、買ってくる!」
「あ、ああ」
自分が選んだ方で本当にいいのだろうか、とそんなことを考えつつ、李乃の後ろ姿を眺める。
李乃の会計はすぐに終わった。紙袋を携えてこちらに駆け寄ってきた李乃は私の方をじっと見て___ふと、尋ねる。
「友梨花は、何か気になる服とかない?」
「き、気になる服.........」
そっと、視線をマネキンの方へ__白と黒を基調とした華やかで上品なワンピース、モルフォ蝶のモチーフをアクセントに、シンプルではあるが目を惹くそのコーデの一式へと向ける。「あるにはあるんだが......しかし、その......」
単純に試着をする度胸もなく、試着なしに買う勇気もないのだ。
私の視線で察したのだろう。李乃は例のマネキンを見てから、何やら目を輝かせた。
「あ~!あの服かぁ!たしかにすっごく可愛いし、それに友梨花にすっごく似合いそう!」
「に、似合う......だろうか?」
「うん!絶対似合うよ!」曇りなき眼で李乃は言う。「着てるとこ見てみたいな。ね、友梨花。試着してこない?」
………純粋無垢度100%の瞳。
「......わ、わかった。ちょっと試着してこようと思う。」気がつけばそう返していた。
_In 手芸店前
上質なリボンにレース素材。様々な厚さの布地にビーズを始めとした小道具。
棚に陳列された品々に、自身の目が輝いているのがわかる。
「(湧いてくる......新しい眼帯のデザインの、そのインスピレーションが湧いてくる......!)」
例えば海賊風、例えば本格的に薔薇の飾りをくっつけたデザイン、例えば、レジンを固めて作った、ファンタジーの世界をイメージした円盤状の飾りを携えたもの___
「友梨花、手芸店気になる?」
「ひゃおゎっ」
李乃の声で突如として現実へと引き戻され、自分でもよくわからない変な声が口から零れた。「あ、いや、その、少し見てただけで、別に大丈夫というか......」
友達と遊んでいる最中に余所見をしてしまうとは、なんたる失態。
「(というか、この流れは......もしかして手芸店に入ってくれる流れだろうか。李乃は優しいし......いや、でも私は楽しめても、李乃はどうなんだ?ブティックとか雑貨とか、そういうのを見ている方が李乃にとっては楽しいのでは......)」
思考がぐるぐると渦巻く中で、しかし李乃は予想に反してその瞳を輝かせた。
「いいよね、ここのお店!綺麗な布とか、可愛い布とか、刺繍糸とかが揃っててね、よくおばあちゃんと買いにいくの!......わ、見て!あの布!桜の花びらと満月がモチーフなんだ......うん、すっごく綺麗!その隣の布も可愛いし......!」
__どう考えても、私以上にテンションが上がっている。
発言から考えるに、李乃は布の色彩やらデザインやらに拘りがあるのだろうか。全身から嬉しいオーラを醸し出す李乃の姿に、少しだけ安堵して__それから、少し尋ねてみる。
「李乃も、裁縫とかするのか?」
「うん!おばあちゃん仕込みなんだけど、着物とか浴衣とか袴とか......あと鞄とか、髪飾りとか作るんだ~!」
私より遥かにレベルが高いんだが。
_In アイスクリーム屋の前
「それでね、この先に可愛い文房具が揃っているお店が......」
道を先導する李乃が、そう言ったあたりだった。
ふと李乃の足、それから視線が止まる__何だろう、と李乃の視線の先の方を注視してみれば、成程、心当たりはすぐに見つかった。
アイスやジェラートを販売しているブース。
「(李乃は、アイスを食べたい.........のだろうか。)」
しかし、数秒ほど遅れて__李乃は何でもなかったかのように、また歩き始めた。以前よりやや足早に、ブースから目を逸らすように、誤魔化すような足取りで___
「り、李乃?」
口に出せば、李乃はきょとんとした顔で振り返った。
「い、いいのか......?その、先程見ていたアイスクリーム屋さん.....アイス、た、食べたかったのでは...?」
「え、えーっと......それはね、そうなんだけど。」
李乃にしては珍しく、口ごもる。「その......バイト初日のときに思ったんだけど、もしかして甘いもの苦手なのかなって、それで、アイスは止めておいた方がいいかなぁって思って......」
「(あ......)」
そうだった。バイト初日、善意で出されたマカロンから逃げてしまったあの時。
李乃も、あの場に居たんだった。
「確かに甘いものは得意ではないが、李乃が我慢する必要はないと思うし、それに私はそんなにお腹空いてないから、別に李乃だけでも............」
「うーん......」
どこか釈然としないような、やや悲しそうな顔を浮かべて李乃が言う。「でも、いくら美味しいものでも、せっかく友梨花と遊びに来てるんだから友梨花と食べたいかなぁって思うかな......」
__罪悪感が凄い。
こんなに健気な子に悲しそうな顔をさせてしまった罪悪感が凄い。
何か、打開策はないだろうか。そう思って辺りを見渡して__ふと、とある看板に目が留まる。
「り、李乃」言葉を紡ぐべく、口を開く。「その、確かにアイスは少し不得手だが......あそこの和カフェなら、私でも平気な糖度の品が......うん、多分、メニューが変更されていなければ、あった筈だ。具体的にいうと三食団子セットとか、本格抹茶ムースとか、宇治抹茶とかなら平気だ。それに、その店はアイスもやっている筈だ......」
一息で言い切ってから、そっと李乃の様子を伺う。「ど、どうだろうか......?」
李乃は、驚いたように固まって__だが、すぐに笑顔を見せた。
「うん!行きたい!......やったぁ!友梨花と和カフェ!」
その様子を見て、そっと胸をなでおろして、それから和カフェの方角へと歩を進めた。
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