魔術は一日にしてならず(Ⅱ)

人間に対する描写ではないけど、人によってはグロいと感じるかもしれない。

具体的にいうと人形の首とか目玉とかが飛びます。

______


柘榴石と呼ばれる館のすぐ外、庭へと続く道。




石畳で舗装されたそこを、すぐ前を歩く美墨さんを追うように歩きながら__何を口にして良いのかわからない、なんとも気まずい沈黙に、嫌な想像ばかりが先立つためだろうか。鼓動は速く、そして煩かった。




「(しかし、少しカミングアウトのタイミングを考えた方が良かったかもしれない......月野先輩にはカップを、薊先輩には芯が出ている状態のシャーペンを盛大に落とさせてしまった.........なんだか、とても申し訳ない。)」




美墨さんに説明を求められたため、事情を掻い摘んで説明した。それを聞いて美墨さんは何やら考え込んでいたが___数十秒ほど経ってから顔を上げて、私に付いてくるようにと口にしたのだ。




背中ばかりで、美墨さんの表情はまるで見えない。




魔術を使えないわけではない、と説明はしたが、やはり駄目だったのだろうか。


「(これから、どうなるんだろう......クビ、いや悪くて情報漏洩を防ぐために斬首?い、いや流石にそれは.........)」




不意に、美墨さんが立ち止まった。




「(美墨さん?)」




どうしたんだろう、と考えたその瞬間__“なにか”が周囲を渦巻くような感覚に襲われた。




空気そのものが変化したような感覚。ともすれば、瞬間移動とも錯覚するほど変容したそれは、しかし“物質的には”何の変化もないのだろうと直感的に感じ取れた。




包まれる。移動する。不動であり、転じ続ける。


五感そのものが矛盾し、まるで信用が置けなくなる。感覚を搔き回すそれは例えるのならば流体で、身体は変わらず地面に立っている筈であるにもかかわらず、息のできる水中にいるような錯覚に落ちる。




知っている。私は、この“なにか”の感覚を既に知っていた。




「(これは.........今、周りを取り囲んでいるこれは、魔術だ。)」




奇妙な感覚に覆われる中で、私と美墨さんの周囲がクリスタルの表面に似た壁と天井に覆われて___次の瞬間は、全ての感覚が正常に戻った。




五感は正常に作用している。流体の中にいるような感覚も、もう無い。


ただ煌めくクリスタルのような素材の壁と天井が、まるで空間を切り離したが如くそこに在るだけだ。




「.........これは」




「結界を貼りました。」


美墨さんは淡々とした口調で応えた。「貴方の魔力と魔術傾向に関して、詳しい鑑定を行いたいのですが、暴発の恐れもありますので。念には念を入れなくては。」




そう言って、美墨さんはこちらに身体を向ける。


美墨さんの手元には、先程までにはなかった奇妙な人形が握られていた。




その人形には、手足がそれぞれ6本ずつ、色の違う瞳がそれぞれ4つ付いていた。




フリルで縁どられた純白のドレスを着せられた人形は、赤、青、緑、黄色の瞳を携えて、肩、胸、腰の辺りの側面から腕を生やしていた。ストロベリーピンクの毛糸で形作られた人形の髪の毛は、どこか色がまばらで、中には脱色している糸もあった。




奇妙な形だ。じっと見ていると、心の奥底から段々と不安になっていくような、そんな感覚だ。




「えっと......そちらの、人形...?は、一体.........」声を振り絞ってそう尋ねる。




「計測器です。」美墨さんは事も無げに返した。




「(これが.........計測器...???)」




フリーホラゲのヴィランにいそうなそのビジュアルは、美墨さんの言葉を信じるのであれば“計測器”らしい。




困惑を通り越して一瞬ほど動作が固まってしまう。




美墨さんは説明を続けた。




「スイッチを押した状態の時に素手で触れることで、魔力を測定することができます。魔力の貯蔵許容量を『どれだけ人形の目玉と指が取れたか』で、変換の効率を『どれだけ人形の首が勢いよく飛んだか』、そして吸収効率を『人形の着ているドレスがどれほど真っ赤に染まるか』で判定する代物___




そうですね、要するに......『触れた瞬間に人形の目玉と手足の指が取れて、首が盛大にぶっ飛んで、白いドレスが真っ赤になればなるほど強い反応を示している』ということです。」




「こわい!!!!!!」


思わず叫んだ。




なんだその悪趣味な計測器は。作った奴どういう神経してるんだ。




血だとか闇だとかは確かにロマンの一種だが、私が求めているのはそういうことではない。血は吹き出るよりも『血液操作ブラッド・レイク!』とか言いながら刃にする方が好みだし、首は斬れたと見せかけて『残像だ』という方がタイプである。




「......私とて、趣味ではありませんが」どことなく苦々しい顔で美墨さんは続けた。「17世紀にフランスの大魔術師が組んだもので、ここ一帯の従者寮の敷地に存在しているものの中では最も精度が高い、個人の保有魔力に特化した計測器。これが最も確実ですから。」




美墨さんは白い手袋をした両手で人形を抱えて、こちらの方へと差し出す。


触れろ、ということなのだろうと悟って___しかし、触れたくないなと、人間としては至極当然であろう感情を持ち合わせていた。




「......触れない、という選択肢は......」




「............」




「すみません、なんでもないです。」美墨さんの無言の圧力に押し負けて、弱々しくそう口にした。




ええいままよ、とばかりに勢いをつけて人形に触れる。




質感は思ったよりも普通だった。人形の類は幼少期によく買い与えられてきたが、毛糸でできた髪の毛以外は一般的なドールによく見られる材質と構造をしていた。




そして、一瞬の後。


人形の首が勢いよく回転し、風を纏って10mほど後ろに吹っ飛んだ。


勢いよく地面に叩き付けられた人形の首は衝撃で跳ね返り、色とりどりの4つの目玉全てがぽろりとその場から零れ落ちた。純白のドレスは瞬く間にタスカン・レッドに似た濃い赤色に染まり、手と足の指のことごとくが音もたてずに地面へと転がった。


あっという間の出来事だった。材質は普通の人形とそう変わらないな、とそう考えた直後には、もう人形の首は吹っ飛び、目と指は零れ落ちて服は真っ赤になっていた。




「(なんだろう、これ.........)」


怖いのかもしれない。だが情報がオーバーしすぎて、最早怖いという感情が湧いてこない。


___もしや、自分は呆然としているのだろうか?


どちらかというと、あまりに一瞬のことであったために感情が追い付かないのか。




「.........なるほど」美墨さんは、人形の首の方へと視線を移す。




「えっと......その、測定結果は............」


恐る恐る切り出せば、美墨さんは視線をそのままに頷いて、考えるようにしながら口を開いた。




「......魔力の吸収と変換がほぼ同時に、瞬時に行われています。ここまで吸収、及び変換速度が速い術者は前線に立つ戦闘員にもそうは居ない。何より、特筆すべきはその貯蔵許容量.........ランク換算でS級に相当している......時代を数世紀遡っている、としか思えない数値。ここまで素養があって何故魔術の発動が不可能なのか、皆目見当がつきません。」




美墨さんのその説明を聞いて、嬉しいのか虚しいのか、よくわからない心地になる。




「(素質チート級宣言に喜べばいいのか、魔術が発動不可能である原因は不明のままであることを虚しく思えばいいのか、この先ずっと自主的に魔術を展開できない可能性、もしくは貴重な因子を持つ身体的な存在としてホルマリン漬けになる可能性を考慮すればいいのか......最早、どれが正解なのかわからないな......)」




ただ、これでも長年魔術といったものに憧れていたためか、チートへの憧れというのも一定数存在するので___素質が特段高く算出されたことに関しては、素直に嬉しいという気持ちが湧き上がっていた。


湧き上がってはいる筈なのだが___しかし、そこまで楽観的になり切れていないのが、また難儀でもあるのだろうかと自らに問いかけてみる。




「(しかし、この計測方法は......なんというか、もう二度とやりたくない......なんとなく、そう感じる。)」




視線を彷徨わせて、ふと、美墨さんと目が合った。


その表情はなにかに迷っているように見えた。何かを言うべきかどうか迷って、しかし口をつぐむ。それを繰り返しているような仕草だった。




「えっと、美墨さん......どうかしましたか?」


問いを投げかけてみれば、美墨さんは少し驚いたようにして__しかし、どこか決意したように口を開く。




「方法について考えていました。そして.........実際に意識を共有することによって、魔力が引き出される感覚から魔術行使が不可能となっている原因を洗い出すことは可能であるという結論を出したところです。......粗治療っぽくはなってしまいますが、貴方さえよければ____」




美墨さんが言葉を続けようとした、その時だった。




周囲に張り巡らされていた結界、もとい煌めく水晶の壁と天井。コンコン、と、それを叩くような軽快な音が空間中にこだますると同時に、誰かの声が響いてくる。




「あら、楽しそうな相談事......真由子、是非私も混ぜてくださらない?」




艶やかなその女性の声には、確かに聞き覚えがあった。

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