柘榴色の少女の名は

___翌朝の教室。




やや雲の多い空、開かれた窓から漂う春の陽気。朝礼が始まる前のそこは談笑する者、コンビニあたりで購入したであろうパンを食べている者、読書をしている者、スマホを弄っている者__クラスメートらの行動は様々だった。




賑やかな教室は爽やかかつ甘酸っぱい、そんな青春を予感させる空気のようなものを漂わせている__そう感じるのは、きっと気のせいではないだろう。




「うぅぅぅ.............」




そんな中で机に突っ伏して、唸っている女子生徒が一人。




隣の席の男子生徒、もとい真酔伊吹はそんな私の様子を覗き込んで、尋ねる。




「はよー、友梨花。......調子悪そうだけど、なんかあったのか?」




「伊吹.........」


呟くように返してから、私がこうなった原因でもある昨日の放課後、魔術理論の教科書を参考に魔法の発動を試みた一件について、ふと思い返す。




結論から言ってしまうと、昨日中に魔術を発動することはできなかった。




魔術理論の教科書に載っていた、様々な発動練習法__キャンドルに灯した火、庭の土、ベランダの風、コップに淹れた水といった四大元素を利用する方法や、呼吸法と瞑想、それから暗示を組み合わせた方法、果ては魔術具で強制的に魔術を発動させるといった方法に至るまで___実に、様々なやり方を試した。




「(元素系統は全滅、呼吸と瞑想も、何か掴めたような気はしたが魔術発動はできず、理恵さんから借りた“魔力を強制的に引き出して魔法陣に通し、イメージを空中に映し出す練習用魔道具”は魔力に反応して装置が光るところまではいったのだが、どれだけ頑張ってもイメージを空中に映し出すことはできなかった......ふむ。予想以上に手強いぞ、魔術.......)」




夜遅くまで魔術理論の教科書、その基礎のページに戻って理論の整理をしていたせいだろう。眼は疲れ、肩は硬く、全身のだるさが抜けない。


寝不足、というやつだ。




机の纏う木の香りを吸い込みつつ、しかしゆっくりと半身を起こす。




「......なんか、あれだな。モロ疲れてますって顔してんな。」


ふむ、と私の顔を眺めて伊吹が言った。




「まあ......色々と、上手くいかなくてな。」




「上手くいかなくて、ねぇ......」伊吹が呟く。「言いたくないなら無理には聞かんが、一人じゃあ荷が重いようなことは誰かに相談するのも手だぜ?」




「(相談.........)」


なるほど、と考える。




いくら創作世界の魔術原理を履修していようと、現実世界の実戦魔術において私は素人もいいところだ。誰か、他の魔術師に__例えば李乃、美墨さん、バイト先の先輩方、それから目の前の魔導保安隊員・伊吹__そういった人物に教えを乞うた方がはるかに効率は良いだろう。




「(相談してみるのは、アリだな。今この場では人が多くて切り出しづらいが、人が少なくなったタイミングを見計らって伊吹に相談してみてもいいだろう。それに今日はバイトがある日。バイト先でも何かアドバイスを貰えるかもしれない......)」




そこまで考えて、少しだけ気分が落ち着いた。胸がすっと軽くなる__しかし同時に、“弱みを明かさなくてはいけない”という論拠不明の恐怖心が、少しずつ心を蝕んでいく。




「......ありがとう、伊吹。.........そうしてみようと思う。」




そう返してから、少し目を閉じた__少しの時間、仮眠を取りたくなったのだ。




視覚を閉じたことで聴覚が研ぎ澄まされ、教室の騒めきはより鮮明に、自然と耳に入ってきた。例えば、担任の教師がかっこいいという話。例えば、カフェでバイトを始めた話。例えば、部活の先輩に一目惚れをしたという話.........




「__やっぱり、珍しいのかな?」


ふと、聞き覚えのある声が__具体的にいうと昨日、体育館で聞いたあの声__柘榴色をした超絶美少女の声だった。




「(......誰かと話しているのか?)」




ゆっくりと瞼を開いて、声のした方角を注視する。




一際目を惹く容姿をした彼女は、すぐに見つかった。規定の制服をかっちりと着こなし、横髪を藍色のリボンで編み込んだ朗らかな笑顔のその美少女は、彼女の席の周辺で何人かの女子生徒たちと談笑しているようだった。




「うん、珍しいよ。水筒にアイスティー入れてくる人なんて。」




「やっぱりそうなのかな......?先輩にね、『先輩は水筒にいれる紅茶はどれにする派ですか?』って聞いたら、不思議な顔されちゃったから......」


そう語る超絶美少女の手には、たしかに綺麗な紅色の水筒が握られている。




「いや、天然かよ。ウケる~。」




「でもでも、早川さんなら全然違和感ないよね。お弁当とかもフレンチのフルコースやイタリアンが入ってそうなイメージあるし。」




「え!?ちょ、ちょっと、それってどういうイメージ......?」




「わかる~。ほら、のどかちゃんって完璧美少女、いや美少女の域超えて芸術だよね。マジモナリザって感じ~」




「うーわ、こいつ絶対モナリザのことよくわかってないまま言ってるわ。」




「あ、バレた?」




華やかな笑い声がその場に響く。




まさに陽の気を持つ女子高生の会話、といった雰囲気に若干気圧されながらも、なるほど、あの超絶美少女のフルネームは「早川のどか」と言うらしいと把握する。




一見して何の変哲もない朝の教室の一幕。だが、あの美少女には___早川のどかには、昨日体育館で感じたような、どこか歯車が嚙み合ってないような、得体の知れない違和感といったようなものが微かに漂っているような__そんな感覚がまた、ずきり、と頭を揺さぶった。




「(なんなんだろうな.........これは。)」




血管の鼓動が煩くなっていく頭を抱えながら、痛みを忘れるように再び目を閉じた。

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