魔術は一日にしてならず

今回、この小説の魔術の仕組みに関する記述が出てきます。


「難しくて何言ってるかわかんねぇよ!」と思ったら、友梨花さんの心の声(「()」の中身)を見てください。それで大体のことはわかります。

_______


高峰家の二階、六畳分のスペース。すなわち、私・高峰友梨花の自室。


遮光カーテンは開かれて、窓からは淡く暖かい陽光が手元を照らす。椅子に腰掛けて、勉強机の上にノートを広げる。




ドット入り罫線の引かれたノート、その左上には『魔術学校中等部【改訂版】魔術理論(Magic theory)』と表紙に書かれた厚さ5cmほどの本が一冊。




昨晩、理恵さんから借りた教科書だ。




理恵さんが魔術関係の学校に通っていた頃に使用していたというそれは、随分とくたびれていた。


コーヒーを零したような跡、ページを開くときについたであろう折り目、無数の皺、ごわごわとした感触の表面___なるほど、学生時代の理恵さんが相当に努力したことが伺える。




__理恵さんの見立てでは、私は魔術を“使える側”の人間らしい。




専門的な教育を受けていないから発動方法がわからないだけで、ちゃんと学べば身につくだろうと__そもそも、あのバイトに受かっている時点で素地は十分にあると理恵さんは言っていた。




「(だからこそ、こうして魔術の教科書と向き合っているわけだが......いざ開くとなると、少しばかり緊張するな。)」




ずっと、魔術という存在に焦がれていた。ロマンを感じていたし、夢を見ていた。


冷静なようで、しかしその実は耐え難い高揚感に包まれる__つまり一言で表すと、おそらく私は内心めちゃくちゃ浮かれているのだろう。


「(____よし。)」




深呼吸をひとつして、それから教科書のページをめくる。




………




壁に掛けられた時計、その秒針を刻む音が室内に響く。


日は黄昏色に傾き、鴉の鳴く声がどこからか聞こえてくる。




照明の灯された自室の中、私は先程まで開いていた魔術理論の教科書を閉じて、ふぅ、と息をついた。




「(読み始めてから、だいぶ時間が経ってしまったな。)」




章ごとに要点や重要語句などを書き連ねていたノートは、既に全体の半数以上ものページが埋まっていた。長時間シャープペンシルを握り続けていた右手は少しばかり疲れていて、では少し休憩しようと右腕を机の上に乗せてみる。




先程まで無我夢中でまとめていたノート、開かれたそれをふと、眺めてみた。


__我ながら、短時間でよくこんなに書いたものだ。




教科書に書かれていた内容を要約するとこうだ。






_____


・この世界には「霊界」と「物質界」、異なる二つの世界が存在している。




・「霊界」とはすなわち知的生命体の精神世界によって定義された超自然的存在らの世界で、神や悪魔、天使、鬼、天国、地獄、極楽、冥界......そういったものがこれに該当する。


 魔術とは霊界の技術であり、魔力は基本的に霊界から流れてくる代物である。




・「物質界」とは、私たち人間が住む現実世界のこと。物理法則で説明できる現象によって形作られている。




・紀元前ほどの大昔においては「霊界」と「物質界」は同一であったが、時代を経るにつれて二つの世界間の距離は離れつつある。




・魔力が霊界から流れるものである以上、二つの世界の距離と魔術師の扱う魔法の威力や精度は反比例する。




・現代では非合法勢力が「霊界と物質界を再び繋げる」ことを目的として動いているため、大気中の魔力が微増の傾向にある。しかし神代・中世等の時代には及ばない。




・人間という生物は基本的に体内に魔力を保有しない。


 よって人が魔術を使う際には【魔力の吸収】・【魔力の変換】・【魔力の貯蔵】といったプロセスを踏む必要がある。


 魔術師の魔力量は【魔力吸収効率】【変換効率】【貯蔵許容量】といった要素から決定される。




・魔力発動のできない者は「吸収不能」「変換不能」「貯蔵庫喪失」のいずれかに分類される。


_____






「(人は魔力を持たない故に、魔術師は大気中の魔力を利用する。大気中の魔力は霊界という名の“もう1つの世界”から流れてくる故に、2つの世界の距離が離れていると魔術の威力や精度が落ちる.........ふむ。理にかなっている。)」




教科書にはこの他に、文化圏別の魔術の傾向や代表的な魔法、更には魔術を発動させる具体的な方法まで記載されていた。




面接のときに触れた、あの水晶玉。触れたところを媒介に身体と水晶玉が繋がるような、あの感覚__すなわち、魔力を発動するという感覚を、魔術師の家系に生まれた子供は幼少期からなんども体験して身に着けていくものらしい。




「(他の魔術師が幼少期から慣らしていくという『魔術を使う感覚』......高校生になった私が身に着けられるものなのだろうか、と少し不安にもなったが.........教科書にも、成人してから魔術を身に着けた人物の実例が掲載されていた。ならば、私にもできる可能性は高いだろう。)」




明日はあのバイトがある日だ。それまでには、せめて魔術を発現できるくらいにはなってみせる___呼吸を整えてから、再びノートに向き合った。


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