学び舎に潜みし裏協定
昼休み。学校におけるそれはすなわち、昼食を摂る時間のことを指す。
机と机をくっつけて、教室で食べる者。隣の教室へと移動する者。校舎の敷地内、その屋外のベンチなどで食べる者__実に、様々な者がいた。
換気のために開かれた窓から入ってくる、そよ風と談笑。
穏やかな昼のひと時、肌を撫でる陽光の感覚は、脱引きこもりを掲げて一年経った今でも少しだけ慣れなくて、どこか擽ったい感覚に襲われる。
賑やかで暖かな午前12時15分。私は自分の席に座って、机の上に置いたお弁当の蓋を開ける。
楕円の形をした木製のお弁当箱、その中には理恵さんが作ってくれた献立が__豚肉の生姜焼き、炊き込みご飯、プチトマト、卵焼き、ほうれん草の和え物、レタス、ポテトサラダといった品々が詰め込まれていた。
食欲を誘うその匂い、バランスの良い色彩を伴った配置は、なるほど、改めて考えると、理恵さんの前職が子供のお世話だったというのも納得だった。
「......はぁ」
「そんだけ美味そうな弁当の前で、そんな溜息つくようなもんかねぇ」
隣の席で、どうやらコンビニで購入したらしいカレーパンの封を開きながら伊吹が言った。
「いや......理恵さ、違、おかあさんの作った弁当に不満があるわけでは全く以って無くて......その、自分の至らなさというか、成長していない感じに溜息が出てしまったというか。」
そう返して、箸袋から可愛らしい桜のアクセントがついた木箸を取り出して、手に取った。
思い起こされるのは、他でもない。先程の体育館でのやり取りだ。
「(衝動的に、あの美少女から逃げてしまったわけだが......今思い返すと、だいぶ失礼だった気がする。というか一応同じクラスなのに、名前すら知らないしな......うむ。)」
そんなことを考えながら、理恵さんの作ってくれたお弁当を一口ずつ、口に運んで咀嚼する。
良い塩梅に調えられた調味料の配分。口に広がる旨味。
__美味しい。どこか暖かさを帯びたその感想が、じんわりと胸に広がっていく。
「そういや友梨花」
半分ほどになったカレーパンを片手に、伊吹が尋ねる。「保安隊員じゃねぇのにこの学校選んだのは、やっぱ賞金稼ぎの斡旋狙いか?」
「(......はえ??)」
周囲に会話の内容が悟られないように潜められた伊吹の言葉、その内容の、あまりの予測の出来なさに喉を詰まらせかける。
よく噛みしめて食べていたおかげで、幸いにも大事に至ることなく卵焼きを咀嚼することができた。だがしかし、またもや見慣れない業界用語的な何かが飛び込んできた。
「(賞金稼ぎの......斡旋狙い.........って、なんだ......?なんだ、そのRPGやナーロッパのギルドやクエストを連想させるワードは......)」
「友梨花?」ずっと黙っている私に疑問を持ったのだろう、伊吹が聞いた。
「あ......えっと、」
おかずを食べる手を止めて、ふと、自分の手元を見つめた。「実は......そういった世界に足を踏み入れるようになったのも、そういった存在に気付いたのもつい最近で......というか、この学校がそれ系に関わっているのも、わりと初めて知ったというか。」
一息にそれを言い切ってから、そっと視線を伊吹の方へと向ける。
割り箸でカップサラダを摘まみながら、伊吹は少しだけ面食らった顔を__目を少しだけ見開いて、その表情はどこか驚きを纏っているような、そんな様子を見せていた。
「.........そうか。」
だが、意外にもあっさりと受け入れた。
そして、次の瞬間には顔に浮かんでいた疑問の表情をすっかり消していた。
伊吹は持っていた割り箸を机に置いて、紺色のブレザーの胸ポケットから、なにやらシンプルなメモ帳のようなものを取り出した。
「......伊吹?どうしたんだ?」
「軽~い授業みたいなもんだ。どんな事情であれ、『こっち側』に足を踏み入れた以上は知っておいた方がいいからな。」
そう言って、伊吹はブレザーの内側、ブラウスの胸ポケットの中に仕込んでいたらしいボールペンを手早く手に取る。そうして切り離したメモ帳の1ページ目に、ボールペンを持った右手でさらさらと文字を綴っていく。
『まず前提として、現代において魔術世界は「世界魔術総括連盟」、通称「魔術連盟」が仕切っている』
真っ白なメモ用紙に最初に書かれたのは、その一文だった。
「(わざわざ“現代において”と明記するあたり、近代以前はまた違った組織が存在していたのだろうか。それとも他にそういった組織はいくつかあって、魔術連盟とやらもいつかは覇権を奪われる可能性がある、といった示唆だろうか...?)」
メモに書かれた一文をじっと見て、ふむ、と考え込む。
というか伊吹、字が綺麗だな__少し場違いなようなそんな感想を抱いている間にも、伊吹は次のメモ用紙にまた、その続きの文字を書き連ねていく。
『魔術連盟はいくつかの小組織を抱えているが、そのうちの1つが「魔導保安隊」と呼ばれるものだ。要するに、魔術の世界における警察みたいな感じ。で、魔導保安隊には将来有望な学生から構成される「魔導保安学生部隊」っていうのが存在する。俺もその一人。』
「...ここまでは大丈夫か?」伊吹が尋ねる。
「う、うむ......なんとか。」
要するに、魔術の世界における自衛隊もしくは警察的存在には学生だけで構成された部隊があって、伊吹もその一人__ということだろうと思う。
『保安隊に所属している学生は、当然だが任務で学校を休むこともあるし、遠征で一時的に他校へ編入することもある。そういった事情は中々表に出しずらい。』
伊吹はまた新しいメモ用紙を切り離して、続きを書いていった。
『だからこの国には、魔術に由来のない一般的な教育機関の中には数か所だけ「魔導保安隊と連携して、保安隊所属の学生を積極的に受け入れ、勉学に関するケアも行う」場所が存在する。』
『特にこの学校は魔術師専門のネットワークを介して、魔術を使った短期バイト、所謂「賞金稼ぎ」の斡旋もしてくれるから、家計に苦しむ魔術師がわりと在籍している。ネットワークの登録は事務局に行ったら簡単にできるから、興味があったら行ってみたらいいと思うぜ。』
「(.........ふむ。)」
並べられたメモ用紙、綴られた文字列を眺めて、考え込む。
要約すると、伊吹のような保安隊所属の学生に関するサポートが充実しており、ついでに保安隊に所属していない魔術師の学生にも、魔術を使った短期アルバイトを斡旋してくれる__といったことだろうか。
「(なるほど、それで伊吹はこの学校に入ったのか。)」
そう考えて、成程、彼がここにいることに対して、やっと腑に落ちた。
「ま、とりあえずはこんなとこだな。」
ボールペンを置いて、伊吹が笑う。「昼は長いようで短いし、とりあえず昼飯食おうぜ。なんかわかんねぇことあったら、俺でもいいしバイト先の先輩とかでもいいし...とにかく、聞きゃあ答えてくれるだろ。」
「.........わ、わかった。」
返事をして、とりあえずは伊吹の言葉通り、お弁当を食べることを再開する。
卵焼き、炊き込みご飯、ほうれん草の和え物___それらを咀嚼しながらも、しかし思考は先程出された情報で埋め尽くされていた。
世界魔術総括連盟。魔導保安隊。学生部隊。魔術師専用ネットワーク。提携............
「(しかし、普通の学校だと認識していたこの学校に、そんな裏協定が存在していたとは......)」
もしかしたら今視界に映るクラスメートの中にも、魔術師はいるのかもしれない。そんな考えをふと浮かべながら、ほうれん草の和え物を呑み込んだ。
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