青春ムーブは唐突に

「そういや友梨花って何組なんだ?因みに俺は2組。」


隣を歩く伊吹に、自分と同じクラスの数字を口に出されたときからなんとなく予感していた。




ふと、昨日の放課後に考えたことが脳裏をよぎる。




__『(いや、まだだ。入学式と今日の二日間でまだ姿を見せていない生徒が二人いる。もしかすれば明日あたりにその人たちと仲良くなれるかもしれない)』




「(同じクラスだというのに伊吹を見かけてないということは、伊吹は昨日と一昨日に姿を見せていないことになる。)」




そして私の隣の席は空席。


本来は誰かが座る筈であったが、その誰かが入学式からずっと欠席状態であるために空席となっている場所だ。




「(つまり......理論上、2分の1の確率で彼と隣になる、ということは、私だってそれはわかってた筈なんだ。)




綺波高等学校1年2組。その窓際に並ぶ二つの机。


隣り合った机の横にかけられた互いの荷物を見て、伊吹はおお、とばかりに口を開く。




「隣、お前だったのか。昨日のやり合いといい、俺たち本当に縁があるなぁ。」




「そ、そうだな......」




昨日、誤解が元で襲撃してきた人間と肩を並べて登校どころか隣の席とは、人生とはよくわからない。まさに事実は小説よりも奇なり、である。




比較的早い時間帯ではあるが、辺りを見渡せば教室内にはそこそこの数の生徒が登校してきていた。


入学早々制服を着崩し、ヘアアイロンで綺麗に巻かれた髪を器用にアレンジしている華やかな人。席に座って古典の教科書を眺めている熱心な人。複数人と和やかに談笑している人、スケッチブックに何かを描いている、何やら見た目の治安が悪い人.........




「友梨花ー、俺ちょっと職員室寄るから、ちょい席外すわ。」水色のカバーに包まれたスマホを片手に、伊吹が言う。


「あ、ああ。」


それだけ答えて、私は椅子に座る。




つい24時間前と変わらない筈のその場所は、なんだか全く別の場所にも思えてくる__それだけの密度の出来事が一気に降りかかってきたのだから、当然だろう。




視界に広がる教室の景色は平穏そのもので、しかし一年前の自分であれば絶対に足を踏み入れなかった場所だった。




__誰かにとって当たり前の場所でも、誰かにとっては踏み入るだけで大量の気力を消費する。そんな場所であるかもしれない。




「(おそらく多くの人たちにとって”平穏な日常の象徴”であるこの光景を、こうして普通に見られるようになるまで......私は、長い時間を必要としたのだな。)」




そう認識してみてから少しだけ、この現状を「奇妙だな」などと感じてしまう。




時間をつぶすべく持参した大好きなラノベ『戦乙女は舞う ~神獣の加護を受けた少女はその神の槍を振るい、世界を救う~ 』を取り出すべく、机の横にかけた鞄の中に手を入れようとした、ちょうどその時だった。




「高峰さん......だよね?」


声のした方角__机の横、通路側に立っていたのは、肩よりも少し長い髪をくるくると巻いた華やかオーラを放つ少女__おそらく同級生であろう、陽のオーラを纏った女子生徒だった。




面識があるわけでもない、しかもこんなに輝かしい人との突然の会話イベントに、心拍数が徐々に上がっていくのを自覚する。




「あ、あぁ......はい、高峰...です。」




「ねぇ、高峰さん。」


女子生徒は真剣な表情で、続けた。「さっきの男子とどういう関係?」




「......えっ、と......」




私が聞きたい。


それが最初に抱いた感想だった。




「(というか、これ、あれじゃないか?『なんであんたみたいな女があんなかっこいい人と!?』みたいな、あれではないか?大丈夫だろうか?あとで校舎裏に呼び出されたりしないか?)」




若干の危機感が脳内を巡るのを感じつつ、しかし、どう説明したら良いのかさっぱりわからない。




まさか馬鹿正直に『バイト先で誤解から魔術で襲い掛かられて、どうにか誤解を解いて、その翌日に通学路で会ったのでここまで一緒に来ました』などというわけにもいくまい。


だが、黙りこくっているわけにもいかないだろう__




そう考えて、声を絞り出した。「通学路で......会って、クラスが一緒だから......その、一緒に...来たっていう...」




特別な関係ではないですよ、敵じゃないですよ、無害ですよ。


そんなメッセージを主張するべく、私は言葉を続けた。




「決して親しい間柄ではなく、偶然というか、なんていうか幸運ロールクリティカルっていうか、ついさっき会っただけっていうか......その、」




「ほら、言ったじゃん。」




突然聞こえた声とともに、おそらく女子生徒の後ろにいた、また別の女子生徒がこちらに歩み寄ってくる。「あんた、すーぐ恋愛に結びつけるんだから。.........ごめんね、高峰さん。この恋愛脳が不躾なこと聞いて。」




「あ...ええと、大丈夫、です。」


どことなくクールな雰囲気を持つ彼女に、そう返事をした。




最初に話しかけてきた方の女子生徒__活発で可愛らしい雰囲気を持つ彼女は、どこか縋るような目でこちらを見て、口を開く。


「ねぇ、高峰さん......実は特別な間柄とかだったりは......」




「往生際が悪い。」クールな方の女子生徒は有無を言わさぬ強い口調で言った。「どっちにしろ、賭けはそっちの負けだから。おとなしく私の今日の昼奢りなよね。」




「えー......どうせ高いもの頼むじゃん。知ってるんだからね、私。」




「だって人の金だし」




「本当そういうところ」


活発そうな雰囲気の彼女は最後にこちらを振り返って、両手を合わせてぺこりと頭を下げた。「高峰さんも、なんかごめんね。賭けの材料にしちゃって。」




「あ、ああ.....大丈夫..........だけど......」




女子生徒たち二人が席から遠ざかり、辺りにはようやく、といった感じに落ち着いた雰囲気が戻る。


止まっていた時が動き出すように、恐怖、緊張、そしてそこから解放された安心__兎に角、怒涛の感情が溢れて、なんだか脳の容量を超えてしまいそうな、そんな感覚になる。




「(そうか......学校って、こういうこともあるのか。)」


引き篭もり時代には勿論、無縁であった出来事が、今この教室の中ではいとも容易く起こってしまう。


それを改めて自覚して、成程、ここもある意味、バイト先と同レベルの魔境かもしれない、などと思ってしまう。




目を閉じて、耳を澄ましてみれば教室中からいろんな話題が耳に入ってくる。




_「お前、部活どこ入る?」




_「同じ高校入れた記念に、いつメンでエモな写真撮ってインスタ上げようよ!」




_「聞いたか?入学式からずっと顔見せてない女子が今日は登校してるらしいんだけど、すっげぇ美人らしくてさ。田山の奴、会ってすぐ告ったらしいぜ。」




ざっと聞いた限りでも今まで縁遠いものであった『青春』という名の概念が、どうやら思っていた以上に近くに存在していることがよくわかる。




「(昨日はどっちかというと傍観者サイドだったから、あまり実感は沸かなかったが......)」




新しい教室独特の香りも、換気のために開かれた窓から入ってくる春の風の感触も、クラスメイトの談笑する賑やかな声も___場を構築するもの全てが眩しくて、そして同時に恐ろしい。




「(.........うん。とりあえず、頑張ろう。)」


一歩踏み出すと決めたのだから。変わろうと決めたのだから。




右手の上にそっと左手を重ねて、そして、肌の温度を感じながら、ぎゅっとその手を握りしめた。

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