翌日、通学路にて
空は殆ど白い雲で覆われていた。
気温も風も心地よい春の朝。学校へと続く住宅街、比較的小さめの家が立ち並ぶ、アスファルトで舗装されたその歩道を進む。程よく辺りを照らす朝の陽光。青々と茂る街路樹の葉はそよ風に揺らされ、車道を一台、また一台と車が通る。
そんな中、かっちりとブレザーを着こなし、右目を自作の黒い眼帯で多い、銀の髪を靡かせたこの私・高峰友梨花は__少し、いや、猛烈に悩んでいた。
春の暖かな陽気に似つかわしくないことは百も承知。しかし、それも致し方あるまい。なにせ昨日はとんでもない一日だったのだから。
頬を撫でる心地よい風に思わず目を閉じながら、少しだけ昨夜の記憶を思い起こす。
__『...え?だけど.........友梨花さんには魔力が沢山あるでしょう?』
それは、私の新しい母親である理恵さんの言葉。
「(あるのか???魔力が???......私に?)」
魔力。すなわち、魔法を発現させる力。すなわち、つい先日まで想像上の世界にしか無いと思っていた力。
あのあと詳しい話を理恵さんから聞いた。
理恵さん曰く、一年前にはじめて会った頃から私の魔力量には気付いていたらしい。
初めての顔合わせのとき。高峰の家は一般家庭だと聞いていた理恵さんは、私の魔力量を一目見て、『一般家庭という話は何かの間違いだ』とすら感じたという。
高峰家そのものは魔術に縁遠い家系でも、その親戚筋に霊家の類が存在する筈だと__そう感じるほど、凄まじい魔力量だったらしい。
だが、理恵さんがそれとなく再婚相手......つまり私の父に聞いても、実家伝手に親戚筋を調べてもらってもそういった証拠は見つからず、半月ほど経ってから、私こと高峰友梨花はいわゆる『突然変異型魔術師』という分類に入る存在らしいことに納得したという。
突然変異型魔術師___要するに、身内に魔術師が存在しない一般人が突然高い魔力を保有して出生する現象らしく、理恵さん曰くかなり珍しい現象であるらしいのだ。
「(近い血縁に魔術師はいないのに、高い魔力.........理恵さんは、『よく今まで無意識に暴走を起こさなかった』とも言われたが......ふむ。つまり私は高い魔力のみならず、先天的な制御能力まで持っていたということか。薄々感じていたが、実は天才なのではなかろうか。)」
私は感じていた。根底に眠る中二趣味的魂イグジスタンスソウルが疼いていくのを感じていた。
「(趣味語録風にいうならば『選ばれし乙女』、いや『選定の少女』......もしくは『預言の子』とか.....いやいや、それはさすがに盛り過ぎではあるまいか......?いや、しかし......)」
足を動かしながら、しかし感覚はすっかり思考に没頭していたそんな折。
後ろから、誰かに優しく肩を叩かれる。
「......ん?」
その感触に、妄想へとフェードアウトしていきつつあった意識はふと現実に戻された。
「よっ。昨日ぶりだな、メイドさん?」
「どわっ!?」
声のした方向へと視線を向けてみれば、そこに居たのは端正な顔立ちに、真夏の海を想わせる綺麗な群青の髪をした少年。
私と同じ学校の指定制服に身を包んだ男子高校生。春の陽気に完全に溶け込んだかのようなその青年は、しかしその、どこか静寂を纏った佇まいには見覚えがある。
そして、なにより声。あの声は昨日今日で忘れられるものではない。
__『吸血鬼。...てめぇの企みもその少女の乗っ取りも、ここで終わりだ!!!!』
__『そりゃそうだ。さっきまでのあれは仕事モード。オンとオフを切り替えるのは仕事人の基本だろ?』
”今の彼”は、爽やかな雰囲気は青春もののラノベに登場しそうなルックス、少しこちらを揶揄うような声色も相まって、まるで少年漫画に出てくる友人格__それも、主人公が寡黙クール属性である類の作品に出てきそうな好青年である。
”最初に会ったときの昨日の彼”のような、死神を連想させる淡々とした”存在感が無い故の恐怖”はそこにはない__というか、常時そんなもんを纏ってる高校生は普通に怖いと思う。
ラノベ等で学校では浮いている設定はわりと見かけるが、しかし個人的には王道の『普通だと思われているけど実は超人』設定、もしくは振り切って『世界に選ばれ、皆が特別視する英雄』設定が好みだと感じる。
……などと現実逃避を一通りしても、目の前にこの人がいる現実は変わらない。
意を決して口を開く。
「............ええと.....あなたは、昨日、私の独り言が原因の誤解で襲撃しにきた『魔導保安隊』とかいうお方......?」
「おー。そいつそいつ。俺、俺。」
なんとも気さくな返事である。
「(う.........昨日初めて会った筈なのに、予想以上に距離の詰め方が”強い”.........李乃や三坂先輩といい、これが陽キャという存在か......)」
”澄んだ空の色と同じ水色”の瞳を細めて笑うその顔は、まるで親しい友人相手に向けるものだ。
おそらくこの人は、誰かを自らの心の内側に入れるのが早いのだろう。他人__特に異性と接する機会に乏しく、反射的に警戒してしまう私とは全くもって大違いである。
「(.....ん?澄んだ空と同じ水色?)」
どうにもおかしい。昨日会ったときは、記憶が正しければ、金色の瞳を持っていた筈だ。
昨日、初めてこの人と会ったときのことを思い返す。
”___真夏の海を思わせる綺麗な群青の髪は、飛び降りた衝撃で生じた風に揺られていた。
こちらを見据える金の瞳。その感情は読み取れない。黒いシャツに赤いネクタイ、モノトーンのパーカーといった異様な組み合わせは、しかし淡々とした処刑人といった風貌の圧倒的雰囲気の前には些細なことのように思われた。”
「(いやでも、彼は”魔術師”なんだ......もしかしたら瞳の色くらい変わるのかもしれない。)」
「......ええと、そちらはもしかして.........眼の色が変わるタイプの魔術師か?」勇気を出して、試しにそう問うてみる。
「(なんだか、変な聞き方になってしまったが.......正直言ってこれ以外の聞き方が思いつかない。)」
「あー。あれな、カラコン。」男子高校生はあっさりと答えた。
「カラコン...」
「ああ。あのカラコン、魔道具の一種なんだよな。つけるだけで視力も人外レベルに向上するし、ある程度の解析能力もついてくるし、追尾性能もお墨付き。」
彼は人差し指を自分の眼の縁にくっつけて、指し示して、にっと笑う。「素の方の眼はこっちな。綺麗な空色の方。」
「(それを自分で言うのか。......いや綺麗だが。確かに綺麗だが。)」
というかこの青年、自然な流れで私の隣を歩いている。
不審に思う隙すらなく、気がついたら隣を歩いている。圧倒的な陽のオーラを感じる。別に特に”陽キャ”に対する敵愾心は無いが、それでも、とても真似はできないなと感じてしまう。
「(というか今更だが、同じ高校の制服を着ているということは......当たり前だが私とこの人は同じ『綺之浜市立綺波高等学校』に通う高校生だということになるんだよな...)」
「えと......あなたも、同じ学校に?」
なんとなく、沈黙を避けたくて、そんなわかりきったことを口に出した。
「おう。綺之浜市立綺波高等学校の一年、真酔伊吹。真に酔うとかいてマヨイ、伊吹は伊吹童子とかのイブキな。あんたが言ったように魔導保安隊の学生部隊もやらせてもらってる。」
「なるほど、真酔さん......」
「伊吹でいーぜ?行き違いとはいえ互いの技をぶつけ合った仲だ。ま、仲良くやろうぜ。」そう言って彼はまた悪戯っぽく笑った。
「(技をぶつけ合った仲というより、”一方的にぶつけられた仲”な気もするが。)」
言葉に出せる勇気はまだない中で、心の中で少しだけそんな訂正を入れておく。
伊吹は肩にかけていた学校指定の鞄を、軽く掛けなおしてから口を開く。「そんで、そっちは?」
「......綺之浜市立綺波高等学校一年、高峰友梨花だ。高い峰とかいて高峰、友に梨に花でゆりか、とよむ。」
「お、同級生。幸先いいねぇ。」そう言って伊吹はにっと笑った。
それにしても昨日、誤解とはいえ襲撃してきた人物と、こうして同じ制服を着て並んで登校するとは__改めて、妙な気分である。
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