その少女、帰路につき

夜の大通り。道路脇に立ち並ぶ建物__一軒家、マンション、はてはドラッグストアに至るまで、多種多様なそれらから漏れ出る灯り。それから街灯。


一番多いのは白や橙といった光だが、所々、カラフルな色使いも目に入る。それらの光は夜の闇を掻き消すように、コンクリートで舗装された道路の上で煌々と輝いている。




地平線に微かに太陽の名残である橙色が見えている空は、そのほとんどが夜であった。眩い地上の光のせいだろうか。星座図鑑などで確かにその存在が記されている星々の、その大半はここには無い。




絶え間なく行き交う車両の音は、人間一人の足音など容易に掻き消してしまう。




私は___高峰友梨花は、そんな夜道を一人歩いていた。




初のバイト勤めが終わってから、既に10分が経過していた。


途中まで一緒だった李乃や先輩はもういない。ただ一人、街灯りが照らす中で大通りの歩道を進み続ける。周囲を行き交う大学生らしき男女の二人組に、おそらく仕事帰りであろう、スーツを着たサラリーマン。三軒ほど隣に住んでいる佐藤さん夫婦は二人とも、何やら食材の詰め込まれたエコバッグを抱えていた。




街の喧噪も、雑音に紛れた誰かの会話も、そしてこの空気感も。全てが”当たり前だったもの”だ。


「(......こうしていると、さっきまでの体験が嘘か幻のようだ。)」




ふと、動かしていた足を止める__自宅に着くまではあと5分もかからない位置だった。




「(.........バイト。)」


ふと、思い返す。錦条院という家に仕える従者が生活するという専用寮、『柘榴石』と呼ばれるらしい女子寮でメイドとして働くことになったこと。”魔法”を目の当たりにしたこと。面接会場で触れた水晶玉のこと。それから............




___『友梨花さん、ちょっといいかしら。』




「(......新しい方の、お母さん。)」


このバイトを紹介した張本人である、新しい母親のことを思い返す。




魔法が当たり前のように存在する、一種の異世界。それが私のバイト先だ。だが、ここ現代社会日本における世間一般の”魔法”に対する意識はそんなものではない筈だった。




自分がそうであったらいいなと考えながら、心のどこかで「そんなものは存在しない」と否定する。否定しながらも夢を見ている。


魔法とは、神秘とは、ファンタジーとは。そういった代物であった筈だ。


自らの夢想を詰め込んだ自作の小説を、しかし、ふとした瞬間に現実に帰ってしまって虚構のように思ってしまう。それを誤魔化すために、ひとまず目を閉じる。そんな日常を繰り返して、また翌朝になったら目を覚ます。.........確かにそういった存在であった筈なのに。




「(ひとまず、バイトをどうするべきか)」


考えながら、再び足を動かし始める。「(......辞めた方がいい、とは思う。魔法といったものを私が使えない現状では、一か月に一度ほどの頻度で襲撃されるというあの職場で命がある保証はない。だが_____)」




鞄の奥から、メッセージアプリの軽やかな通知音が確かに聞こえた。


李乃だろうか。それとも、他の誰かだろうか。鞄の奥底に放り込んだスマートフォンのその画面を、今確認しようという気にはならなかった。




「(___それさえ解決できれば、できれば続けてみたい......そう思っているのもまた事実だ。)」




喧噪に塗れた大通りの雑踏は、まるで一個人の存在全てを飲み込んでしまうように、圧倒的な存在感を持ってただそこに在り続けていた。


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