主人公と勘違いしてしまった哀れな道化なんだ

 食事も終え、各自部屋に戻り、俺は風呂に入る前に特に意味も無い筋トレを始める。


 いつからやっているのか、なんでやっているか、もう曖昧になってる。今はただ、日課だからという理由でやっている。もしかしたら、また昔みたいになれるかもしれないと、心のどこかで思ってるのかもしれない。


 過去の栄光を忘れられずに縋りつこうとしている自分が惨めでしかたない。


 主人公からモブへの転落。いや、主人公と勘違いしていただけで、実は初めから俺はモブの一人だったのかもしれない。


「はっ………。」


 もし、これが物語の中だったら、俺は道化の役割なんだろうな。主人公と勘違いしてしまった哀れな男。実にお似合いだ。


 だとしたら、この物語の主人公は誰なんだろうな。


「よし、筋トレ終わり。」


 程よく体を動かし汗を流した後で、風呂に入る。その後寝る前に少し執筆し、一日を終えた。



 ***


「………きて。早………て!」

「ん………!」


 誰かの声が聞こえ、目を覚ます。聞き馴染みのある声だけど、誰だ?家には俺しかいな………。


「はっ!?」


 雫が家にいた事を思い出し、俺は慌てて起き上がり目を開けると、やはり雫が俺の部屋にいた。何で…………夜這いか!?


 俺の警戒心が最大限に上がった時、雫は呆れるようにため息を吐く。


「はぁ、やっと起きた。朝ご飯作ったから早く起きて。」

「はっ?」


 そう言われ俺はスマホに表示される時間を確認する。時間は7時ちょうどだった。


「…………いらないからもう少し寝かせてくれ。」


 まだ時間はある。俺は二度寝をする為に布団の中に入ろうとするが雫に取り上げられる。


「食べなさい?」


 雫は有無を言わせぬような笑顔で俺に詰め寄ってきた。


「あっ、はい。」


 それに俺は大人しく返事するしか出来なかった。



「いいか?今日は作ってもらったから食べるけど明日からいらないからな。俺はぎりぎりまで寝たい派だからな。」


 ある程度支度を済ませ、テーブルに着いた後雫にはっきり言う。俺はいつも7時55分に起きるんだ。


「駄目よ。優には規則正しく過ごしてもらう事にしたから。」

「えぇ………?嫌だよ。親がいない間は俺がこの家の主だぞ。決めるのは俺だ。」

「なら、本当の主に電話して許可をもらうから。」

「………いや、やめてくれ。」

「なら、どうする?」

「わかったわかった。規則正しく朝は早く起きればいいんだろ?」

「よろしい。」


 何だよこいつ。おかんかよ。


「ねみぃ……。」


 そう言いながら朝食を食べ始める。


「そのうち慣れるから。」

「慣れたくねぇー。」

「文句言わないの。」

「あーもうはいはい。」

「はいは一回!」

「はい………。」


 何この地獄。雫ってまじでこんなだっけ?昨日はなんか素っ気なかったのに、なのに今日はめんどくさい親みたいになってる。


「急にどうしたんだよ。昨日とは随分様子が変わったみたいだけど。」

「優には規則正しく生活してもらってあの時の優を取り戻してもらおうと思ったの。」

「…………。」


 あの時というのは間違いなく、俺が主人公だと勘違いしていたあの時の俺だろう。


「仮に………。」

「えっ?」

「仮に俺が前にみたいな何でも出来てみんな引っ張っていくような俺になったところで、お前に何か得があるのか?」


 そこまでして俺を変えようとする意味がわからない。俺と雫は家が隣同士といっても所詮は他人。俺が変わったところでこいつには何の得にもならない。


「…………」


 俺の問いに、雫は言い辛そうにして沈黙している。それを見て俺はため息を吐いた。


「答えられないんだったら俺もお前に応えてやる必要はないな。」


 理由は答えないけどやれと言われてもはいやりますなんて俺はならない。やらせるならちゃんとした理由がないと俺は動くつもりはない。たとえ、俺の為であっても。

 俺は、捻くれてるからな。


「じゃ、ごちそうさま。洗い物は帰った後にするから。先に学校に行ってくる。」


 一緒に登校するのはまずいからな。時間はずらさないと怪しまれる。


「あっ………。」


 何か言いたげな雫を無視し、俺は学校へと向かった。

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