第12話 あの日の安酒場

「……なんだかプクプクしてる……」


 小樽の中のどぶろくは、ガスを含んで小さな泡が浮かんでいた。

 柄杓ですくって飲んでみると、


「甘んまぁ~~~~~~~~~~~~~~い……そしてまろやかぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん……」


 お米の甘みとほどよい酸味、シュワッと心地よい刺激が喉を楽しませてくれた。


「酵母に分解された糖はアルコールの他に二酸化炭素にも変化してますから炭酸効果があるのです」

「だったよね~~~~。そういえば戦後よく飲んでたわ~~~~これ。あ~~~~~~~~思い出す……あの頃のホルモン焼き屋……大阪のくたびれたおじさんたちぃ……」


 古き良き時代を思い出して涙する弥生。


「あとはこれを、目の細かい布やコーヒーフィルター的な物でろ過すると、清酒の完成です」


 彭侯ほうこうは懐から紙を取り出すと、器用に折りたたんで大きめの袋型にしていく。それを別の小樽にかぶせてどぶろくを注ぎ込んだ。


「ああああ……もうちょっと飲みたかったなぁ~~~~」

「また後で作っておきますから、いまはご辛抱を」

「……でも、どぶろくってさ、いつの間にか見かけなくなってたよね? なんでだろう? こんなに美味しいのに……」

「それは酒税法が関係してますね。酒税法とは明治政府が1899年、酒にかける税を財源にすべく自家醸造を全面的に禁止――――ハッ!?」


 じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。

 弥生の冷たい目が彭侯に突き刺さる。


「え~~~~~~……と、つまり……昔の政治家が『酒から税金取るから。お前ら許可なしに酒作るの禁止な』と国民に通達したのです。これにより民は自由にお酒を作れなくなり、しだいに自家醸造の代表とも言える『どぶろく』はその存在を薄くしていったのです」


「……いつの世も政治家ってのは国民の幸せを奪うものなのよね。……なんか腹立ってきたわ……ちょっと行ってシバいてこようかしら」

「1100年以上も前の話ですよ。もうこの世界ではそんな法律はございません、ご安心を。それに『どぶろく』は消えたわけではありません『にごり酒』と名前を変えてちゃんと出回っておりました」


「ああ~~~~……そういえばお祭りのときとかに飲んでたかも……あれってどぶろくだったの?」

「軽くしている時点で清酒の仲間でしたが実際にはどぶろくでした。しかし自家醸造という貧乏臭いイメージが邪魔をしたか、一般には透明でクセのない清酒が人気になりましたね」


「なんでぇ~~~~? とっても美味しいのに」

「晩年は見直されていましたよ? 女性にも飲みやすいまろやかな口当たりだと」

「でしょう? だよねぇ?? ぜったいそうだも~~ん。あれ? でも私が飲んでいた時代って、すでに酒税法ってあったんじゃない?」

「二次大戦後でしたよね? ならおそらく密造酒ですよ。あの頃は政府の目を盗んでよく出回っていました。どぶろくなど上等な部類でしたよ? 中には軍用燃料アルコールを水で薄めた『バクダン』なんて闇酒も出回って――――」


「あ~~~~あれね、目が潰れるってやつね。あれは美味しくなかったなぁ……手っ取り早く酔うには良かったけど」

「……飲んだんですか?」

「ノリでね。大丈夫、私、龍だから。毒効かないから」

「………………はい……ではこれで清酒の完成です」


 し終わったどぶろく。

 樽の中には、透明だが、ほのかにピンク色をした液体がたまっていた。


「バクダンじゃん!?」

「いいえ、これは赤米の色です。せっかくですから精米歩合を抑えて赤米の風味を残したのですよ。なのでこれは日本酒の中でも『古代酒』になりますね」

「精米歩合?」

「日本酒は米の削り具合によって名称が変わります。米、米麹、水だけで作った純米酒だと純米→特別純米→純米吟醸→純米大吟醸といった感じで――――ぐふっ!?」


 弥生のチョップが頭にめり込んだ。


「細かい。つまりはお酒でしょ!? それだけわかればいいから!! とにかくちょっと飲ませなさいよ!!」


 すくって飲む。

 ちょっとどころかコップで一杯。


「うめぇなぁ~~~~~~~~~~!! これはこれで雑味が消えてスッキリしてらぁ~~~~!! 独特の酸味がいいねぇ~~~~~~~~~~!! こいつぁアレかな? チーカマかな??」


「おっさんじゃないですか」

「誰がやねん!?」


「……ともかくこれに火入れをし、品質を安定させて本当の完成となるのですが、今回の目的は米酢作りですので、このまま次の工程に入ります」

「は、は、半分は置いておいて!!」

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