第11話 日本酒作り
野坂岳上空。
大荷物を抱えた弥生はふと停止し、北の地に広がる樹海を眺めた。
そこにはかつて敦賀と呼ばれた街があったが、いまはその面影はない。
「あそこには亜人は住んでいないの?」
「あそこは……かつて死の海となりましたから。いまは大丈夫ですが、恐怖は残っておりまして……。なので知性のない『魔獣』などの住処になっております」
「死の海?」
「ほら、危ないものがあったでしょう?」
「あ~~~~~~……あれかぁ……」
「大戦争の折――――」
「いや、いいや。暗い話はやめよやめよ。……もうどうってことないんでしょ? じゃあもう過去のことだよ。気にしない気にしない」
弥生は無限の時を生きる龍。
その経験量は計り知れないものがある。
しかしその全てを心に留めていては気が狂ってしまう。
なので
言葉や生きるために必要な基礎的な知識はそのまま残るが、興味の向かないことや無理に覚えた学問などは目覚める度に綺麗さっぱり忘れてしまっている。
酒作りや料理の知識が薄いものそのせいである。
食べるのには興味はあるが、作るのにはさして興味がない。
炊事や洗濯、身の回りの世話もすべて
ゲームやアニメ、小説の記憶は残っているのに現金な話だが、しかしそれは龍の生きる術であって、それを補佐するのが精霊の役目であるから彭侯に不満はない。
むしろ必要とされて喜んでいる。
「では米酢作りに入りましょう」
「たららったったったったん、たららったったったったん、たららったったったったったったったったん、たん、たん♪」(3分クッキング)
こういうくだらないことも覚えている。
荷物を整理した彭侯。
お昼は軽く味噌汁ぶっかけご飯を出した。
粗末かと思ったが、弥生はそういう雑メシも大好きなのだ。
とくに仕事をした昼休みなどはジャンクなものを求めてくる。
とても美味しそうに食べてくれた。
夕方までは赤米と大豆の処理で大忙しだった。
大豆は乾燥させて袋に詰め。米も玄米にして袋に詰めた。
明日あたり穀物庫も建てねばならない。
米の一部は精米して蒸した。
そしてさらに一部は
「米酢を作るには、まず米の酒、つまり日本酒を作らなければなりません」
「いよ~~~~っ!!!!」
――――デデンッ!!
太鼓があれば叩いていそうなテンションで大喜びする弥生。
ワインも大好きだが、味噌、醤油ときたら日本酒でしょう。
里芋の醤油煮。茄子の味噌田楽あたりでキュッと一杯。
ああもうたまらない。
「オバさんですかな?」
「バカモン!! 酒の肴に老いも若いもなぁい!! コロッケや揚げ芋で酒が飲めるか!! っぱ男なら黙ってまずは塩辛よ!!」
「……塩辛はまた後日ご用意いたします」
「米麹ってなんだい? 昨日の豆麹に似ているけど?」
白くポワポワしたお米を突っついて質問する弥生。
「はい。ほとんど同じものです。豆に麹菌が付着したのが豆麹。米に付着したのが米麹となります。作り方もほぼ同じです」
「へ~~~~え?」
「日本酒作りはこだわりさえしなければ意外と簡単です。蒸し米と米麹と水。そしてドライイーストがあれば作れます」
「どぅるいい~~すと?」
「どぅるいい~~すととはイースト菌を加熱乾燥させたものですね。そうすることにより発酵力が安定します。イースト菌は空気中に漂っていますので集めて加工しておきました」
皿に入れた茶色いサラサラを見せる彭侯。
「よくわかんないケド……それで日本酒ちゃんができるのね。だったらナルハヤでよろしく!!」
「はい。ではさっそく」
樽に冷ました蒸し米と水を入れる(ヒタヒタ程度)
そこに米麹も投入(米の4割くらい)
さらにドライイースト(少々)
「……『少々』とか『お好みで』とかさ、ムカつかない?」
「まぁ……そうですね」
「その加減がわからんから読んでるっちゅーねん」
「ここで、蓋をしてしばらく待ちます。すると麹菌がアミラーゼ……ごほん、まぁともかくワイン作りにも活躍した酵母菌を生み出してくれて、澱粉の糖化と糖のアルコール化を同時にやってくれます」
早送り光線んにょにょにょ~~~~~。
「それはワインと同じなのね」
「はい。お酒はみんな同じ原理でできています。酵母が糖を食べてアルコールを排出するのでお酒になるのです」
「排出……とか言われるとアレね。ヤナ感じね?」
「失礼しました……分解ですね。それを強制的に進めたものがこちらの『もろみ』でございます」
蓋を開ける。
すると中に、米粒が解けてドロドロになった桃色の液体が溜まっていた。
「うわ、なにこれ!? もうお酒の匂いがするよ??」
「はい。これはもう既にお酒です。いわゆる『どぶろく』です。ちゃんとした酒米で作れば乳白色ですが、これは赤米なので桃色ですね」
「まじかぁ~~」
「飲みますか?」
「たりまえじゃんっ!???」
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