第1話 手作りワイン

「えぇ~~~~~~~~……」


 衝撃的な報告。

 穴籠あなごもりに入る前、たしかに人類はかなりギスギスしていた。

 1000年後、もしかしたらそういうこともあるかな? と、覚悟をして眠ったが、まさか本当にそうなってしまっていたとは……。


「外をご覧になりますか?」

「あ、ああ……そうだな、見てみるか」


 ショックに軽い目眩を覚えつつ、弥生はまた精神を集中させる。

 すると洞窟の壁がごごごごごご……と動き始め、やがて通路らしき穴が開いた。

 奥からは風が入り込んで、どうやら外界に繋がったらしい。

 弥生は土の龍。

 土属性の物質はすべて彼女の従僕であり、望むままに変化する。

 長い階段を抜けて外に出ると、眼下に一面の緑が広がった。


「……樹海……か……」


 すっかり記憶と様変わりしてしまった景色に、落胆と寂しさを感じる。

 千年前、この野坂岳からは小さいながらも文明的な街が見えた。

 鉄道が走り、車も行き交い、船が滑っていた。

 しかし今は……見渡すかぎり、ただただ森と海があるばかり。

 かつて住人として溶け込んでいた街はもうどこにもなかった。


「はぁ~~~~……」


 弥生は大きなため息をついた。

 龍族は定期的に穴籠あなごもりと言われる休眠に入る。

 100年活動して、1000年休むのだ。

 だから目覚めるたびに世界が変わっているなんてことも慣れているつもりだったが、今回は少しショックだった。


「ネットとか……ゲームとか……アニメとか……もうないの?」


 半泣き顔で尋ねる。


「もちろん、ございません」

「コーラとかポテチとかキノコの里……」

「もちろん、ございません」

「カップラーメン、コンビニ弁当、冷凍グラタン……」

「あるわけがございません」


 冷徹な返答。

 弥生は座り込み、力なくうなだれた。


「お召し物が汚れますよ?」

「……べつにいいじゃん、誰に見せるわけでもないんだし。……それよりも今の世界ってどんな連中が覇権持ってるの?」


 覇権、といえばいつの時代も龍族のもの。

 五龍――――黒龍、青龍、白龍、赤龍、そして黄龍やよいの五体。

 それらはそれぞれの自然を司り秩序を保つ。神と同格の存在。

 しかし決して表に出ることはなく、その存在を知るのはほんの一握りの知生物のみ。

 人間たちもほとんどが自分たちこそ地球の覇者だと信じていた。

 弥生が聞いているのはそういう勘違いをしている存在のことだ。


「ある程度ヒエラルキーは存在していますが、圧倒的覇者となる種族はまだ出てきていませんね。種族間の争いが永いこと続いています。ですが、それらをまとめる存在として機械族がいます。彼らは覇権というよりは管理者といった存在で――――」


 ぐ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~……。

 盛大に腹が鳴った。


「……はしたないですよ?」

「うるせえ。休眠明けなんだ。そりゃ腹も減ってるわよ」

「このあたりで食事処といえば……そうですね、いくつか村はありますが……行かれますか?」

「……そこに酒はあるの?」

「わかりません。ですがお酒ならば私がご用意できますが?」

「そうか……そうだったわね。ならいまはそれで我慢する。目覚めていきなり新しい文明に触れるのは……毎回しんどい……」

「わかりました。では下界に下りましょう」





「この辺りでいいの?」

「はい有難うございます弥生様」


 野坂岳の頂上付近からふもとへとひとっ飛び。

 彭侯ほうこうを抱えた弥生は鬱蒼うっそうと茂った森の中に降り立った。

 背中から生やした龍翼を体内にしまい、首を鳴らす。


「うぅ~~~~ん。こうやって自前の羽根で飛ぶのも久しぶりね。前の時代じゃ人間の目がうっとおしくて、なかなか自由に振る舞えなかったからねぇ」


 そんな人間がいなくなったいまでも龍の姿はなるべく見せないほうがいい。

 威圧を与えるということは、それだけ自由が制限されるということだから。


「そろそろお目覚めになると思い、この辺りで葡萄ぶどうを育てていたのです」

「ほう? まるまると太った良い葡萄ね。気が利くじゃないの」


 なだらかな斜面。木々に守られるように囲われているのは、豊かな葡萄畑。

 はち切れんばかりに丸く育った紫と黄緑の実が、芳醇な香りを辺り一面に漂わせていた。


 弥生は土を操ると、大きな石から長椅子とテーブルを削り出した。

 そこに彭侯がクッションとなる芝生を植え付けた。

 森の精霊である彭侯は植物を自在に操ることができる。

 フカフカになったソファーに寝転んで仰向けになる弥生。


「はい、道具も作ってあげたよ。使うでしょう?」

「有難うございます」


 土から鉄分を取り出し、ナイフとハンマー、ノコギリを作ってやった。

 彭侯は植物ツタを操ってそれらを使い、木を加工して、たると棒状のきねを作った。

 樽の中に葡萄を入れグチャグチャに潰す。

 そして手をかざし、瞑想を始めた。


葡萄酒ワイン作りは単純です。入れ物に砕いた葡萄を入れて放置する。それだけで完成します。ポイントは甘みの強い豊かな実を育てることですが」

「森の精霊のあんたには朝飯前の芸当だよね」

「はい。あとはその糖分を、皮に最初から付着している酵母菌がアルコールに変えてくれます。……本来なら発酵に二、三週間はかかるのですが……」

「それもあんたの能力を使えば一瞬で終わる」

「はい。酵母は真菌類しんきんるい。それも私の管轄ですから。強制的に働かせます」

「鬼だねぇ~~♡」

「弥生様の糧になれるのですから彼らも本望でしょう」


 んにょにょにょにょ~~~~~(彭侯が能力を発動している音)


 樽の中にプツプツと泡が浮いてきた。

 葡萄ジュースが発酵し、ワインになった合図である。

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