第43話

 私と麗翼ちゃんはダンジョン調査課にやって来た。

 もちろんこの間の空洞町での一件だ。

 如何やって説明しよう。私はモジモジしてしまい、ヴェルフさんが来るまでの間固まってしまった。


「ふぅはぁふぅはぁ……ううっ、緊張するよ」

「緊張しなくてもいいよ、すむちゃん。だって人と話すだけだよ」

「ううっ、麗翼ちゃんみたいに私も慣れたら苦労しないのに……」


 空洞町の一件で成長できた気がした。

 だけどそれは建前でしかなかった。

 ダンジョン調査課に二人で来た私にそんな余裕は未だに無い。

 むしろ上手くしないとと馳せる気持ちが焦りを生んで呼吸を荒くした。


「はぁ、上手く説明できる……」

「はいはいはーい、そんなのしなくていいよ。話は前以って聞かせて貰ったからね!」


 目の前にやって来たヴェルフさんはニコニコ笑顔だった。

 狼の耳と尻尾をピクピクさせていた。

 それだけで感情がはっきりと読み取れて仕方がなく、ここまで悩んできたことが全部バカみたいに吹き飛ばされた。


「元気ですね、ヴェルフさん」

「はい、元気ですよ。元気じゃないとつまらないからね!」

「ほ、本当に元気ですね」


 私はヴェルフさんが眩しすぎて直視できなかった。

 おまけに隣には麗翼ちゃん。本当に目を惹きすぎて私は顔を背けてしまう。


 けれど麗翼ちゃんはそんな私に気が付いたのか、手をソッと出した。

 ギュッと指先を絡めると、そのまま力強く握った。

 本当は解きほぐそうとしてくれているんだけど、私には余計に緊張して仕方ない。


「あっ、いいな麗翼! ねえ進夢手を出して」

「えっ、手ですか? は、はい」

「えいっ!」

「うわぁ、な、あ、なんで手を握るんですか!?」


 今度はヴェルフさんにも手を握られた。

 之じゃあ一人出て遊びもできないし、完全に逃げられなくされてしまった。

 あたふたし始める私だけど、そんな私の気持ちなんて知らずにヴェルフさんは話を始めた。


「えっと、話は大体伝わってるけど、凄い活躍だったみたいだね。まずはこれ」

「なんですか、これ? 小切手……うわぁ、すごっ!」


 ヴェルフさんは一枚の紙切れを提示した。

 如何やら小切手のようで、麗翼ちゃんは金額を見て口元を覆う。

 対して私は毎度のことだが固まってしまった。

 ニコニコ笑顔のヴェルフさん一人を取り残し、私も麗翼ちゃんも黙り込んでしまった。


「っとまあそれはさておき。まさかひゅるひゅる音の正体がモンスターじゃなくて、地形によるものだったなんて。よくある勘違いですね」

「まあそうですね。音の正体が分かって良かったです」


 だけどこれじゃあダンジョン調査課的には美味しくないはずだ。

 ダンジョンの影響を受けてはいるものの、原因に不思議さが感じられなかった。


「おまけに本当に風狸もいたんだよね。映像を観たけど、カッコ良かったよ」

「み、観ちゃったんですか!?」

「うん。ちゃーんと最初から最後まで配信アーカイブを観させてもらったよ」

「はううっ……」


 私は意気消沈してしまった。

 肩がガックシと落ちてしまい、ヴェルフさんのことを直視できない。

 それくらい知り合いにダンジョン配信でハイになっている私を観られて豆腐メンタルが沸騰しそうなほど恥ずかしくなってしまった。


 けれどヴェルフさんはそんなこと一切気にしてないし、配慮もしてくれない。

 すぐさま話を引き戻すと、ダンジョン調査課の業務をボヤいた。


「とは言えダンジョンの影響は受けているので、この先も調査は必要ですからね」

「やっぱりですか。私の能力でも町まで広がっていた影響は薄れたみたいですけど」

「そうだったの!? 今初めて聞いたよ、私」

「ご、ごめんね。言い忘れてた」


 自分のことで手一杯で麗翼ちゃんにも住職さんにも伝えていなかった。

 けれどヴェルフさんは今知ることができて安心したのか、手を握る力が一層強まる。

 ウェアウルフだからかな。少し加減ができていなくて、私は言いだせなかったけれど、普通に手が痛くて仕方がなかった。


「まあいいけどね。ってことは、空洞町はもう大丈夫ってこと?」

「それは如何か分からないけど、きっとダンジョンの影響が薄れたから、モンスターの被害は少ないと思うよ」

「うんうん。おまけに私今回の一件を教えてくれた住職さんは、ダンジョンと活用して町を盛り上げるつもりみたいだから、ますます発展すると思うよ」

「本当ですか! よかったね、すむちゃん」

「う、うん」


 それは嬉しい限りだった。ダンジョンは怖いけれど、それを上手く活用して町おこしができるのなら万々歳だ。

 おまけにそのための調査と対策を私達がやったとなれば尚嬉しさが込み上げる。

 まだまだ油断はできないけれど、私は私と麗翼ちゃんがやったことが無駄じゃないと分かり心の底から安堵する。


「嬉しそうだね、進夢と麗翼」


 ヴェルフさんはジットリとした表情を浮かべていた。

 半月状の目になって、私と麗翼ちゃんのことを嗜める。

 そんな表情に気圧され掛ける私だけど、麗翼ちゃん堂々と自信たっぷりだった。


「もちろんですよ! だって誰かの役に立てたってことですよ。それが変な形で手助けしたんじゃなくて、命を擦り減らしながら得られた結果が、どんな形でも町の人達に伝わったのなら、それってカッコ良くないですか?」

「カッコいいのかは分からないけど、凄いことだよね!」

「取っても凄いことだよ。如何、すむちゃん? 楽しくなった?」

「えっ!?」


 演説のような麗翼ちゃんの感想がスッと胸に飛び込んだ。

 確かにどんな形でも私達は命を擦り減らして風狸と戦った。

 それで町の人達を危険から未然に防げたのは確かで嬉しかったけれど、突然麗翼ちゃんに訊ねられてビックリしてしまい答えられなかった。


「えっと、その……分かんない」

「あれ? そっか、それじゃあ仕方ないよね」

「ご、ごめんね」


 最後はいつもみたいに豆腐メンタルが発動しっぱなしになってしまった。

 せっかく嬉しいことがあって安堵と一緒に心が温かくなったのに、これじゃあ変れてないと一人で落ち込む。


 けれど確かに誰かの役には立てた気がする。

 おまけに自分の中で一つのモヤモヤは晴れた。

 どっちに転んでも自分のためになったと納得し、目の前に置かれていた小切手を掴むと鞄の中に仕舞うのだった。

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