第42話

 客間に足を運ぶと、お茶とお茶菓子を用意された。

 湯飲みに口を付け、少しずつ落ち着いて気持ちを整える。


 まだまだ余韻に浸れない。そんな豆腐メンタルは意気消沈してしまった。

 けれど今回の調査の結果を、できる限り報告することにした。

 いつまでも長引かせるのも悪いと思ったのだ。


「け、結論から言います。あの音の正体はただの風、でした」

「か、風ですか?」

「はい。えっと、あの穴の奥はいわゆるドーム形状になった空間が広がっていて、天井の真ん中に穴が開いているんです」

「穴が開いているんですか。それが風の正体?」


 私は麗翼ちゃんが口を出す前に、自分の口から説明しようとした。

 勇気を出して口を開くと、まずは結論から論じていた。

 

 ドーム形状の空間だからこそ出ていた音だ。

 それを如何説明したら納得してもらえるかは分からなかったけれど、ここはド直球に話してしまった。

 すると住職さんは当然の顔をする。表情を訝しめ、眉根を寄せてしまった。信じてもらえてはいないらしい。


「うーん、にわかには信じがたいですね」

「そうですよね。でもこれはあくまでも私の見解で、穴から入って来た下降気流がドーム状の空間に広がって、そこから細い道と大きな穴からひゅるひゅると反響した細い音を出す。それが今回の調査結果です」


 やっぱり信じては貰えていなかった。けれどこれで納得してもらうしかない。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 私達ができるのはあくまでもここまでで、それ以上に具体的な結果を出すには知識も道具も何もかも足りないのだ。


「えっと、でもモンスターは本当にいたよね?」

「えっ、モンスターはいたんですか!?」


 けれど麗翼ちゃんはここで話を切り替えた。

 一人で上手くしゃべれなかったことに責任を感じ、豆腐メンタルごと押し潰される私に救いの手を差し出してくれたのだ。


 そのおかげだろうか。住職さんは麗翼ちゃんの話に耳を傾ける。

 いつでもスマホを取り出せる準備をしながら、笑顔で私達に活躍を語ってみせた。


「はい。私とすむちゃんで倒しましたけど。ねー、すむちゃん!」

「う、うん。風狸自体は本当にいました。でももう倒しちゃったからいませんけど」


 そう答えると住職さんは少し安心してくれた。

 科学的な話しよりもダンジョンらしく不思議なことが起こった方が今の時代ウケは良かった。

 けれど住職さんは少し観点が違う。モンスターと戦った私達のことを讃えてくれる。


「風の正体は分かりました。それにしてもよくぞご無事でしたね。モンスターまでいたのに」

「それがダンジョン探索者ですから大丈夫ですよ。あっ、映像観ますか?」

「映像があるんですか! 是非観させていただきます」


 住職さんは映像を観たがっていた。

 待ってましたとばかりにスマホを取り出し、配信アーカイブを観せた。

 最初の部分はほとんどスキップ。風狸が出て来たところから食い入るように画面に夢中だ。


 カキーンカキーンと私が刀を振り下ろす音がスピーカーから漏れていた。

 その音を耳にするたびに私は唇を噛む。

 映像を観たくないし、あまり思い出したくもなかった。


「これはなかなか……それにしてもこちらのお嬢さんが」

「そうです。すむちゃんはカッコいいんです!」

「ううっ……」


 住職さんの視線が私に向いているのが分かった。

 おまけに麗翼ちゃんがベタ褒めしてくれる。

 その度に心が居たくて仕方がなく、私は褒められるような人間じゃないと分かり切っていた。


「それにしても何故こんな……」

「ですよね。でも私はモンスターと戦いたくてダンジョン探索者になったわけじゃなくて

……あっ、住職さん。少し相談に乗って貰えませんか?」


 住職さんには見えない陰の香りが伝わってしまったらしい。

 私はグッと心臓が圧迫されてしまい、バクバクと鼓動が痛くなる。

 だからだろうか。反論する言葉も弱弱しくなってしまい、唐突に溢れ出た感情が住職さんに質問をしていた。


「ん? 相談ですか。ええ、調査をしてきてくださった手前、それくらいでしたら」

「じゃ、じゃあその……私がモンスターを倒したことって、仏教的には悪いことなんですか? それがずっと不安で、私は命をこの手で預かって、そんな気がして辛くて苦しくて……」


 今までも何度も何度もダンジョンには足を運んできた。

 けれどちゃんとモンスターに殺意を持って殺してしまった経験はそうない。

 だからだろうか。指が震えてしまった。心が痛くて仕方がなかった。


 止めどない感情が溢れてしまう。

 震える指と唇と喉の蠢きが住職さんにこれ以上のことを言わなくても伝わる。

 そのおかげか、住職さんは少し考える。何と答えればいいのか答えに迷っている様子だ。


「うーむ。仏教的に問えば生き物の命を奪うことは殺生と言うことになるね」

「それって、ダメってことですよね」

「確かに生き物の命を奪うことは仏教の戒律の中では最も重い罪に問われ、固く禁じられているのは事実。けれど人間が生きて行くためには、他の生き物のように命を貰うこともまた明白。難しいことではあるけれど、その重さを自覚して生きて行くことこそがこの罪で人間が根本的に考える問題ではありますね」


 つまりは仏教的な側面で見れば、私のやったことは良く無いことらしい。

 もちろんそれは予め理解していた。

 だけど終わってから感じてしまい、アドレナリンの分泌が収まったみたいに意気消沈してしまう。

 こんなお通夜みたいな状況を良くないと感じたのか、麗翼ちゃんはフォローしてくれる。


「む、難しい話だね」

「そうです。とても難しい話なんですよ。なのでお嬢さんが気に病む必要は……」

「でも、ダンジョンに行く限り、これからもモンスターや人と戦わないとダメなこともあるはずです。それでもし、関係の無い、それこそ無益な殺生をしてしまったらと思うと、不安で不安で」


 これからもダンジョンにはきっと赴く。

 その度にこんな気持ちになってたら、心を強くする前に豆腐メンタルが粉々になって再起不能は間違いなしだ。

 そんな目には遭いたくない。だからと言って、モンスターと絶対に戦わないのも、殺意を持たないのも、それこそ人間同士で争うことだってダンジョンの中では考えられる。

 その中で自分を守るためには、友達を守るためにはと、考えれば考えるほど心苦しくなった。


「ではダンジョンに行かないというのは?」

「それは……」


 その選択肢はない。私はまだ何も変れていない。

 私は変りたいから強くなりたいからダンジョンに行くんだ。

 そう自分に嘘ではない真実を突き付けて心臓の鼓動に耳を傾けた。


「うーむ。お嬢さんは誰よりも優しいんですね」

「えっ?」

「優しいからこそ、悩み、悔やみ、自分を責め立ててしまうのです。今の人にとっては珍しいですね」


 それだと私が変わり者、いわゆる変人ってことになる。

 だけどそんなことで怒ったりはしなかった。

 むしろしっくり来てしまい、私は今の人に比べても更に心が弱いのだ。


「そうだよ。すむちゃんは誰よりも優しいんだよ!」

「れ、麗翼ちゃん!?」


 私は麗翼ちゃんに抱きつかれた。温かい。体がポカポカして来るが、なんだか恥ずかしさの方が強くなってしまった。

 けれどその姿を見て確信したのか住職さんは優しく微笑みかけた。


「それでいいんですよ」

「それでいいってどういうことですか?」

「自分に正直に生きるのがお嬢さんには向いているんですよ。これは私の言葉ですが、一言だけ。自分を守るため大切なものを守るために振り下ろした刃には罪などは無いんです。例え殺意を持ってしまっても、それは意思を持つ人間という生き物にとっては必然でしかない。問題はその意思と如何付き合っていくのかです。でも大丈夫、何故ならお嬢さんは優しいんです。そのために必要なわざは既に持っているはずですよ」


 一言にしては長い気がした。けれどそれだけ言いたいことが詰まっているんだ。

 解読しようと頭を使った。けれど言葉がスッと胸の中に流れ込んできて、考えなくてもある程度は理解できた。私のことを説き伏せてくれていた。

 だから私は震える唇を動かして迷いを呟く。足りない物を埋めるためだ。

 

「それでもしも命を奪っても?」

「それは必要だったからです。現に人間とは殺生と言う最大の罪を前にしてもそれを行い生きている。非常にして実に生き物に忠実なんですから」


 人間という生き物のことを可視化していた。

 私は見えない何かに引っ張られて無理にでも理解させられる。

 それは日本人だから分かるのか。それとも私は変だからか。やけにスムーズに伝わる。


「私は強くなれますか?」

「それは自分で決めることですよ。少なくともその優しさは時に仇とはなりますが、大切な繋がりと想いを生んでくれるはずです。大事にしてくださいね。穢れの多いこの世界でも自分を見失わないように」


 なんだか深いことを言われてしまった。

 私は必至に理解しようとしたけれど、難しくて全部は無理だった。


 だけどおかげで心が少し軽くなった気がする。

 私は未だに抱きついてくれるスキンシップ多めな麗翼ちゃんの姿をチラッと見る。


 温かい。ただそう思えた。

 もしかしたらこの感情が私の豆腐メンタルには足りない薬味なのかもしれない。

 まだ何かは分からないけれど、ほんの少しだけ前に進めた気がした私は、住職さんには「はい」と呟いていた。

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