第41話

 私と麗翼ちゃんは穴の外に出た。

 ひゅるひゅると言う微かな音と風が、確かに私達の髪を巻き上げる。

 風狸が居なくなっても聞こえるこの音に変な感傷を受けてしまうが、それも一変してしまった。

 眩しい太陽の陽射しが、喰らい気持ちを蹴飛ばして、パッと晴れさせてくれた。


「うわぁ、眩しい!?」

「そうだね。でもとっても心地いい日和だよ!」

「そ、そうかな?」

「そうだよ。だって勝利の日和だよ! こんなに大きくて質の良さそうな魔石も手には入って。これ以上に良いことってないでしょ?」


 風狸を倒したことで手に入った魔石を、麗翼ちゃんが掲げた。

 私が持っていても仕方ないので、麗翼ちゃんに預けたのだ。

 けれどこんなに喜んでもらえるなんて。私は照れて恥ずかしくなる。如何してもこの空気に乗れないでいた。


「それじゃあすむちゃん。住職さんに報告しに行こう」

「そうだね。こんなところにいても仕方ないもんね」


 私と麗翼ちゃんは一緒にお寺に戻ることにした。

 一瞬振り返ってみると、穴の奥が寂しそうに私達を手招きしている。

 凄く怖い印象がある……ように見えた。

 けれど私にも刀=時知丸も一切危険な様相は見えないので、このダンジョンは沈静化したんだと思い安心を得るのだった。


「すむちゃん?」

「あっ、ごめんね。でもこのダンジョンはもう大丈夫だよ」

「そうなの? もしかして能力?」

「うん。まだここはダンジョンの影響を受けているから分かるんだよ。でも大丈夫みたいだから、お寺に行こう」


 私は変に心配を掛けないように珍しく麗翼ちゃんの手を握った。

 早歩きでだけど軽快でお寺へと向かう。


「はわっ!?」」


 麗翼ちゃんの指先が熱くなっていた。

 けれど何で熱いのかは分からない。

 とは言え、訊くのはちょっと恥ずかしいので、私は顔を向けず黙って歩いていた。


 かと言って麗翼ちゃんも黙っていた。

 もしかして本当に何かしちゃったのかな?

 私は豆腐メンタルが粉々になってしまいそうで不安になると、バクバクと奏でる心臓をギュッと抑えてしまった。バカみたいに緊張する私は勝利の余韻に全く浸れないのだった。




 私と麗翼ちゃんは空洞寺に戻って来た。

 ここまで戻ってきた理由は住職さんに今回の事態の終幕を伝えるためだ。

 事の顛末を知る権利は住職さんにはある。

 誰かには知っていてほしいと思い、こうして足を運んだのだ。


「緊張するね」

「そうかな? 私は全然そんな気は無いよ?」


 やっぱり麗翼ちゃんは強い人だ。

 あんなに怖い目に遭ったのに、勝利の余韻で恐怖心すら消し去っている。

 私には当然できない真似だと思い、体は治っても心の治療ケアまで行き届いていないので、なんだか空しい気持ちになった。


「それじゃあ呼んでみるね。住職さーん、今戻りましたー!」


 麗翼ちゃんは堂々としていた。口元に手を当てると、拡声器のように声を広げる。

 乾いた空気のあるお寺の中に、麗翼ちゃんの声が響いた。

 すると廊下の奥の方からか、誰かがやって来る。

 当然顔を出したのは、考えるまでもなく住職さんだった。


「おや、お嬢さん達。ここにいるということは……」

「はい、もう終わりました! 無事に調査は終わりました。映像もバッチリ撮ってあります」


 スマホをポケットから取り出してチラつかせる。

 配信でバッチリと映っているので、これを観れば一発で理解できる。


「それはそれは、ご無事でなによりです」


 住職さんは安堵していた。

 如何やらあれから一時間近く経っていたようで、かなり心配していたらしい。

 

 もしかしたら死んでしまったかもしれない。そうでも思っていたのか、手には数珠が握られている。

 けれど私達の顔を見て安心したのか、不謹慎だと思い袖の中に隠していた。

 悪いと思いつつも私はその瞬間を見逃すことができず、ジッと黙っている。

 すると住職さんは私の顔色が悪いと勘違いしたようで、とても心配してくれた。


「どうしましたかな、お嬢さん?」

「えっ、あっ、はい!」


 私は緊張してしまい、背筋をピンと伸ばした。

 緊張が高まってしまい、心臓の鼓動がバクバクと鳴り出す。

 奏でるの段階は通り越してしまい、急な問い掛けに精神が終わりそうだ。


「なにか悲しいことでもありましたかな?」


 そんなことを言われても困ってしまう。

 豆腐メンタルが崩れてしまいそうで仕方がない。

 ゴクリと喉の奥を流れる唾液が生温かくて引っ掛かる。


「えっと、その……」


 私は黙り込んでしまう。すると隣の麗翼ちゃんは私のことを庇うような目をする。

 けれど住職さん自身も気が付いているのか、私達をお寺の中に上げてくれた。

 最初もてなしてくれた客間へと再び案内してくれる。


「少し客間で話しましょうか。事の顛末も聴かせていただきます故」

「はい。それじゃあ行こう、すむちゃん」

「う、うん」


 私は黙ってしまったことに後悔した。

 それもそのはず私の身を案じてくれたのに、心配してくれたのに、何も言えずに黙り込んでしまった。本当に最悪で最低だ。心苦しくて仕方がない。

 如何してこんな簡単なことを、自分のことなのに何も言いだせないのか。

 勝利の余韻よりも風狸を仕留めたことに罪悪感が拭いきれないのかと、自分の中で自問自答を繰り返した。


「本当は分かっているのにな」


 私はダンジョンで魅せた自分が自分じゃないと思った。

 本当は自分自身なのにそれが何故か納得できない。

 グッと奥歯を噛み殺すと、お寺の廊下を歩き、その足は再び客間へと赴いていた。

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