第40話

 こうして無事に風狸は倒せた。

 果たして無事と言ってもいいのかは定かじゃない。

 だけど倒せたのは事実で、それだけを切り取ってみれば、確かに無事だったかも。


 けれど私もウルハちゃんも疲れてしまった。

 体はボロボロ心はヘトヘト。

 とにかく気が引き締まり、擦り減る戦いだった。


「なんとか勝てたね」

「うーん。疲れちゃったね」

「そうだね。でもそれだけ強かったってことだよ」


 私とウルハちゃんは配信をしていることすら忘れていた。

 ボーッと頭の中が空っぽになる。

 それもそのはず、ここまでが白熱してしまった。それもそのはず、お互いに命を賭けていたからだ。


 結果的には私とウルハちゃんが勝てた。

 だけど画面の内側に隠した本性は違う。

 ただ勝ったわけじゃない。豆腐メンタルが命を奪う重さを重く重く受け止めていた。


 本当なら潰れてしまう感情の方が強い。

 だけどダンジョンにいるせいか、そんな感傷は何処にもない。

 むしろ心がスッとした。おかしなことだと自分を罵りたい。


 私は奥歯を噛み締める。

 刀=時知丸の柄を軽く触り、終わったことを挫けちゃダメだと思った。

 私がここにいるのは、メンタルを強くするため。

 それに敵対していたのは風狸だ。

 私は悪いのかもしれないけど、それが生きるということで、ダンジョン探索者の宿命だった。


「だけど、こうもモンスターを狩り続けてると、私の心が持たないよ」


 私の豆腐メンタルは消耗していた。

 豆腐の四角い角がボロボロと砕け散る。

 あー、苦しい。痛い痛いと心が叫ぶが、ふとウルハちゃんの声がしないことに気が付いた。

 否、私が難聴になっていて気が付かなかったのだ。


「アスム、ねぇねぇアスムってば!」


 その瞬間ウルハちゃんの腕が首に回った。

 そのまま柔らかいものが背中に触れる。

 私はビックリして目を見開くと、飛び上がりそうになってしまう。


「ひやっ!?」


 変な声が出てしまった。

 仮面をつけて良かったと胸を撫で下ろす。


「どうしたの、変な声出しちゃって?」

「ご、ごめんね。えっと、なに?」


 私は完全に分かっていなかった。

 だけど冷静を装うように表情だけはキリッとさせる。


 するとウルハちゃんは私が冷静ではないことを察してくれた。

 だからだろうか。まずは耳打ちをして宥めてくれる。


「大丈夫だよ。アスムはやることをやったんだから」

「やること? はっ!」


 私は我に返ってしまった。

 その瞬間、べっとりと手に残るのは風狸を倒した感触。

 刀を握り締めていた完全に手を離すと、足下に転がる魔石を拾い上げた。


「これは……」

「それだよ、それ! みんな、アスムが倒してくれたよ。凄いよね、カッコいいよね!」

「う、ウルハ!?」


 魔石を取り上げると、カメラドローンの前に魔石を掲げる。

 そのまま大量のコメントが随時流れ出すと、私は褒めちぎられて胸が痛くなる。褒められ過ぎて苦しいのだ。



:すげぇ!

:マジでヤベェ!

:本気で勝ちましたね

:最高! 流石はアスムさんとウルハさんだ!(1,500円)

:カッコよすぎだろ。マジかよ

:なんか震えてるけど、とにかくおめでとうございます!(250円)

etc……



 みんなのコメントで目が回りそうになる。

 私は慌てふためいてしまうが、それを見越したウルハちゃんは私の手を取ってくれた。


「大丈夫、アスム? 元気ないの?」

「う、うん。ちょっとね。でもまずはやることがあるから」


 私はやらないといけないことを見つけた。

 カメラドローンがそれを教えてくれる。

 今の私達はダンジョン配信者。

 ダンジョンが怖いことをそして未知で満ちていることを伝える役割があるが、それより大事なのはエンディングだ。


「みんな、今回は上手くいったけど、むやみやたらとモンスターを虐めるのはダメだよ。人間もそうだけど、モンスターだって生き物だからね」


 私は真面目な締めを行なった。

 すると非難轟々かと思ったが、みんな無言で聞いてくれた。


 隣で佇むウルハも喉の奥を抉れる。

 命の擦り潰し合いだ。それが腕を伝い、否応なく精神に突き付ける真実だ。


「ごめんね。でもダンジョンはそういうところだから。それじゃあまたね」

「あっ、またねー! 今度はダンジョン以外でやるよ!」


 私に合わせ、フォローする形でウルハちゃんが入った。手を振ってカメラドローンの前でにこやかな笑みを浮かべる。

 ピントが一瞬で吸われてしまった。

 そのおかげで私はカメラドローンの前から素直に消える。


「ふぅ、なんとかなったよ」


 マイクをオフにすると、私は周りを見回す。

 静かになった空間。そこに取り残される二人。

 二人ぼっちのここは何処か冷たくて、なんだか居心地が不思議になる。


「ふぅ、終わったね。すむちゃん」

「うん。終わったね」


 私と麗翼ちゃんはしんみりとした。

 触れてはいけない空気が流れるが、それを切り払うように麗翼ちゃんは口を開く。


「あの、すむちゃん!」

「うん。分かってるよ、分かってるけど……ねっ」

「すむちゃん、分かんないよ。私はすむちゃんじゃないもん」


 麗翼ちゃんはすぐに諦めた。

 そんなの当たり前だ。誰も人の心を測ることはできない。

 だからこそ意思があって、言葉がある。

 だから私は本心を一旦、一旦だけ隠すことにして、麗翼ちゃんに伝える。


「それじゃあここを出ようか。ここに私達の居場所はないから、ねっ?」


 私はそう答えると先に後にしようとする。

 そのしんみりとした背中を麗翼ちゃんは見つめる。


 どう映っているのかな。どんな気分なのかな。

 誰も教えてくれず自問自答になる中、豆腐メンタルはダンジョンにいるせいで壊れるくらい分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る