第39話
私は刀=時知丸を握り締め、再び風狸の前に躍り出た。
もう躊躇ってなんかいられない。
ここまでされたからには、私も本気で相手をするだけだ。
そうでもしないとどっちかが死ぬんだと強く心に言い聞かせる。
私は視線を強く持った。狙うは一撃必殺。
この刀なら時知丸なら葬り去る時はたったの一撃。
それが分かっているからか、命の重みがグッと圧し掛かる。
けれどこうして意識を集中している間にも、風狸は空気を溜め込んでいた。
チャンスは風の刃を放った後だ。
いつでも全速力で疾走できる用意をすると、足手纏いになりたくないのか、ウルハちゃんは膝を使って立ち上がった。
「アスム、倒せるの?」
「倒せるのじゃなくて、倒すんだよ。ここまで来たからには引き下がれないから」
私は淡々と呟いた。
するとウルハちゃんはレイピアを構える。
何をしようというのか、翼を畳んで臨戦態勢を取る。
「なにやってるの、ウルハ?」
「私が隙を作るから、その間にアスムが行って」
「はっ?」
何を言ってるのか。私は顔が引き攣った。
そんな一番危険な役回りをさせるなんて、友達として止めるべきだ。
迷いが躊躇に変わりそうになる中、ウルハちゃんは私にこう言った。
「友達を信じているからこそ、私に任せてほしいんだよ」
「……そうなの?」
私には分からないものだった。そんなこと言われたことがないからだ。
心臓がバクバクした。仮面を付けて顔が見えないはずなのに、頬が赤くなるのが分かる。
これが熱。熱くて熱くてたまらない。
「熱いね」
「そうだね。それじゃあ私に任せてくれるかな?」
「もちろんだよ。それじゃあみんな、応援してね。今からスプラッターになるから、注意喚起しておくよ」
私は刀を構え、風狸の動きを見極める。
動き出す瞬間を狙って飛び出す算段だ。
それに合わせてウルハちゃんは画面の前の視聴者に笑顔で宣言する。
その表情はにこやかそのもので、ここまでの恐怖が消えていた。
ゴクリと息を飲む視聴者に、人差し指を天に掲げて宣言する。
「みんな、これでラストだよ。私達の雄姿、応援しててね!」
その宣言の通り、視聴者達はコメントを一斉に投げた。
滝のように流れると、見えなくなってしまう。
電波が弱いのか、ネット環境の貧弱さがものを言うのか、パンクして耐えられなくなる。
:頑張れ!
:応援してるぜ!
:熱くなってキタァァァァァァァァァァァァァァァ!
:これがダンジョン配信
:命の重さを感じるな
:マジかよ、熱い。とにかく熱い。勝ってくれ!(100,00円)
etc……
コメントが分散して届いた。多分百から二百は一斉に流れた。
それら全てを目で追うことは叶わず、同時に風狸は空気を溜め込み終えてしまった。
勝負は一瞬で決まる。そう確信が走った。
「来るよ」
「分かってるよ。一撃だけ。一撃だけは、私が返す!」
緊張の糸がピンと張られた。
重たい空気に飲まれそうになる中、風狸は頬袋に溜め込んだ大量の空気を、一撃に乗せて風の刃として放った。
ギュィィィィィィィィィィィィィィィン!
風の刃が襲い掛かった。空気が震え、髪の毛を一部吹き飛ばす。
そよぐ風なんかじゃない。これは突風、まともに喰らえば=死が待っている。
「くっ!」
全身をナイフのような冷たい感覚が伝わった。
毛穴が全部開く感覚がする。
死にたくないの意識とウルハちゃんを信じる意識が混ざり合うと、その場から素早く躱して、地面を蹴り上げて風狸を仕留めに行く。
そこに声は要らなかった。
視線を傾ける余地は無かった。
だって、ウルハちゃんが風の刃を切り裂き、隙を生むためのレイピアが投げられていたからだ。
「レイピア……役目を果たしてくれたんだ」
私は更に地面を強く蹴った。
風狸の右脇が甘い。一瞬で判断すると、最短距離で飛び込む。
すると背後から力一杯のウルハちゃんの声が響いた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! アスムぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
想いを刀に乗せる。風狸の懐に飛び込み、右脇の甘いガードを見極める。
深々と突き刺さったレイピアが風狸の体をのけ反らせる。
声は無い。マイクに音が入らない。私は刀を振り上げると、絶叫を上げる風狸に振り下ろした。
「
時知丸が風狸のことをバッサリ切ってしまった。
だけど切り裂いたのは体だけじゃない。
「これでお終い、だよ」
私は決めポーズ代わりに刀を鞘に納めた。
カチャン! と金属の刃が震え、良い音を奏でる。
もう警戒するものは何も無いのだと知らしめ、刀の震えは止まっていた。
それからゴトン! と風狸は倒れた。
うつ伏せのまま動かなくなってしまう。
如何やら完全にこと切れたらしい。
静かに静寂が包み込んだ。あっさりとした幕引きだった。
けれどそれを噛み締めるには、ハイになった私にはまだ伝わらない。
だからだろうか。意識を取り戻すまでの十五秒間、私の意識は時の狭間を揺蕩っていた。
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