第37話

 まさかただ躱しただけなのにこんなに褒められるなんて思わなかった。

 私は恥ずかしさも相まってか、不安も助長されて体が硬くなる。

 おまけに仮面の内側でポツリと覇気のない言葉まで呟いてしまった。


「なんでこんなことになるの……」


 一方で風狸は躱されたことに怒っていた。

 頬袋に空気を溜め込み、またしても風の刃を放とうとする。

 私は射程距離に入っているせいか、素早くその場を動いた。

 距離を取り飛び込むように受け身を取ると、私の立っていたところを風の刃で弾け飛んだ。


「あ、危なかった」


 真後ろを風の刃が通り過ぎる。

 細かい岩の破片も巻き上がるが、それすら届かない位置に飛んでよかった。

 私は心の中でホッと胸を撫で下ろすと、駆け寄って来るウルハちゃんの姿を見かけた。


「大丈夫、アスム!」

「ウルハ……うん。だけどこれで逃げられなくなったよ。風狸はもう、私達のことを自分の縄張りに入って来た獲物と認識してるからね」

「それじゃあ倒さないといけないの?」

「本当は無駄な殺生は避けたかったんだけどね。ここまで来たら、やらないと私達がやられちゃうからね」


 私は刀=時知丸の柄をしっかり握って構えて見せた。

 その姿に感化されたのか、ウルハちゃんもレイピアを鞘から抜く。

 完全に臨戦態勢に入ると、風狸はのっそり動いて尻尾で体を支えた。

 萎んだ頬袋に空気を溜め込み、風の刃を放とうとする。

 

「ウルハ気を付けて。さっきのがまた来るよ!」

「大丈夫だよアスム。私は喰らわないから!」


 ウルハちゃんは能力を使った。

 背中から翼が生えると、パタパタとはためかせて空を駆る。

 ドーム状の空間で麗しく飛び上がったウルハちゃんの姿に私もカメラドローンも風狸でさえ注目してしまう。ただでさえ目立つウルハちゃんの姿がより映えるのだ。


「やっぱりウルハには翼が似合うな」


 私は一瞬だけ意識を狩り取られるが、すぐに目の前の風狸に集中する。

 幸い風狸はまだ空気を溜め込んでいる。それなら攻撃を誘導するのも悪く無い。

 私は地面を蹴り上げると、小さな岩を細かく散らした。

 風狸目掛けて駆け出すと、刀を振り上げ叩き切ろうとする。


「よそ見している暇ないよ! そらぁ」


 風狸の頬袋を傷付けようとする。すると嫌がる素振りを見せる風狸は頬袋を空気で一杯にしたまま踵を返して逃げようとする。

 けれど刀の刃が体に叩き込まれた。バッサリ切られると、風狸は身を捩りながら発狂する。


「ウワーーーーーーーーーーーーーーーン!」


 とんでもない爆音だった。私はつい耳を塞ごうとする。

 けれどこの隙を逃すのはもっとダメだと思い、奥歯を噛みながら刀を振り下ろす。

 グサリグサリ! と突き刺さり、スパッスパッ! と軽快に刃の痕を残す。

 風狸はダメージを受け丸い目で私のことを睨みつけるが、一切委縮はしなかった。

 刀を嫌って前脚の爪で弾こうとすると、私はバックステップで素早く下がった。


「おっとっと! あぶないよ、そらぁ!」


 風狸の前脚の爪を弾き、そのままのけ反らせた。

 お腹の部分が丸裸にされると、乗じて空から奇襲が掛かる。

 風狸よりも風を震わせ、自慢の翼で麗しく舞い降りる。鋭い銀色のレイピアが翼を象ったウルハちゃんに力を与えた。


「交代だよウルハ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……せやっ!」


 レイピアの切っ先が風狸の胸、心臓の部分に命中した。

 深々と突き刺さると、風狸は口から泡を吐き悶絶する。

 ウルハちゃんをレイピアごと引き剥がそうとするが、ウルハちゃんも唇を噛んで抵抗。せっかく私が作ったチャンスを絶対に逃すまいと信念を露わにしていた。


「せっかくアスムが作ってくれた隙を、私が逃しちゃダメだよね!」

「そんなこと気にしなくていいから。とにかくウルハ、一旦離れて!」


 私は心配になってしまった。ウルハちゃんは風狸にしがみついたまま離れない。

 おまけにレイピアも深く刺さっているように見えて、実際はかなり浅い。

 少しでも体勢を変えてしまうと、そのまま吹き飛ばされてしまう。

 それだけじゃない。前脚の爪がいつでもウルハちゃんの柔肌に触れて引き裂いてしまいそうで、私は気が気じゃいられないのだ。


「ウルハ、ダンジョン探索で無理は禁物だよ。風狸から一旦距離を……」

「心配してくれてありがとう。でもね、アスム。ちょっと問題があって……」

「問題?」

「うん。レイピアがなかなか抜けなくて……くっ、いくら引っ張っても取れない!」


 まさかとは思った。しかしウルハちゃんは真剣にレイピアを引き抜こうとしている。

 本当に風狸から抜けないらしい。もしかすると骨に当たっているのかも。

 私は急いでレイピアを引き抜く隙を作ろうと、風狸の体勢を崩そうとする。

 だけどウルハちゃんがしがみついているせいで、風狸になかなか攻撃できなかった。


「くっ、攻撃ができない……」

「ご、ごめんねアスム。ここは私が……あー、もう。邪魔!」


 ウルハちゃんは翼を巧みに使って風狸の顔を叩いた。

 ペチンペチンと一発一発が重たくヒットする。

 風狸は気に食わないのかムッとした表情になり、牙を剥き出しにするも、ウルハちゃんは容赦なく翼でペチンペチンと叩いて威圧すると、ようやく反動でレイピアが抜けた。


「うわぁ!」

「ウルハ! よっと」


 ウルハちゃんが吹き飛ばされた。

 私は素早く刀を逆手に持ち替えると、ウルハちゃんをお姫様抱っこで抱える。

 完全にナイスキャッチ。傍から見ればとっても王子様なことをしていた。

 だけど私はそんなこと一切気にせず、抱えられたウルハちゃんだけ顔を赤くしている。


「ありがとうアスム。でも見て、ちゃんと抜けたよ」

「うん、レイピアは回収できたね。でもマズい状況になったよ」

「えっ? うわぁ、すっごく怒ってる」


 私とウルハちゃんは風狸をチラ見した。

 レイピアは無事に採り返したが、風狸は相当怒っている。

 フカフカの尻尾を立て、牙を剥き出しにし、完全に獣のソレになり果てた風狸に自然と委縮してしまい、全身を鋭い殺気に貫かれて私の豆腐メンタルが粉々になる音が聞こえた。

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