第36話
私とウルハちゃんはモンスターと対峙していた。
体長はどのくらいだろう。今のところは、頭と大きな尻尾しか見えない。
だけど暗闇の中でも分かるのは、二つの垂れ下がった頬袋。
まるで何かを溜め込んでいるようで、自然と警戒心が強まった。
「ねえアスム。あれってなに?」
「なにって言われても、私は見たことないよ。だけど情報を頼りにするなら……」
ゴクリと喉を鳴らした。全身が硬直し、自然と体が後ずさりを始める。
するとカメラドローンがモンスターの姿を映し撮ろうと前に躍り出る。
レンズがピントを合わせようとクルクルすると、モンスター=風狸は頬袋に風を溜め込み始めた。
ギュィィィィィィィィィィィィィィィン!
耳を劈くような激しい音が響いた。
ドーム状の空間の性だろうか、音がやけに反響していた。
耳元で掃除機のスイッチをオンにしたみたいでうるさく、私もウルハちゃんも指で耳を塞いだ。
「きゅ、急になに!? この音何処から?」
「見てウルハ! あのモンスターが多分風狸だよ。頬袋に風を吸い込んで溜めているんだ!」
「風を溜める? ってことはさっきの攻撃も!」
「うん。吸い込んだ空気を頬袋の中一杯に仕舞って、満タンになったら風の刃に変えて撃ち出す。それが風狸の攻撃手段。そうみて間違いないよ。ってことは、ここが隙になる!」
私は全身を嫌な空気が突き刺していた。気持ちが悪い。だけどおかげでいつ攻撃が来るのかもあらかた検討が付く。
私は鞘から刀を抜くと、そのまま駆け出した。
空気を溜め込み、風の刃を作る前に頬袋を破壊する。
そんな甘いことができるのかは分からないが、私は少しの希望が後で楽になると信じて、果敢に攻めに行った。
刀=時知丸の刀身がカタカタカタカタと激しく軋んでいた。
重たい空気を切り裂くため、刀の刃を突き出して走り込む。
風狸は見えているはずがよっぽど自信があるのか空気を溜め込むのを止めない。
単発の攻撃か、連続の攻撃か、それとも波状攻撃まで使えるのか。どれになるかは分からないが、一太刀だけでも浴びせたかった。
「どれでもいいけど、私は逃げないよ」
ダンジョンの中くらいカッコよく。もちろん無謀なんて言葉はない。
私は毛穴の中を突き刺す絶妙で嫌な空気を感じると、素早く体をのけ反らせる。
それと同時に風狸は溜め込んでいた空気を勢いよく風の刃にして放ったのだ。
キュルルゥキュルルゥキュルルゥキュルルゥ!
放たれた風の刃は見たこともない縦状だった。
地面が抉れて、ギザギザになっている。
細かい岩を巻き上げると、反発する風圧が細かな岩の破片を弾いて、私の服越しにぶつかった。痛い、普通に痛い。もしも直撃を喰らっていたらと思うと、私は心が震えてしまった。
:おいおい今の当たっただろ!
:なんで避けられるんですか!?
:凄すぎて、それ以外ない。むしろそれ以外は言ってはいけない。
:ちょっと当たったけど、大丈夫ですか!
:これがダンジョンかよ……ヤバいな
:今のアスムさんじゃなかったら避けられなかったんじゃね?
etc……
「アスム!」
「大丈夫だよウルハ。これくらい想定の範囲内だから!」
私は踵を返して風狸に切り掛かる。
素早く刀を振り上げると、小さくなった頬袋をぶら下げた風狸を切った。
「そらぁ!」
「ヴーン!」
風狸は突然刀で切られて悲鳴を上げた。
全身に痛みが走ると、風狸はすぐさま逃げようとする。
けれど私は逃げしてあげない。攻撃し終わった後の隙を見逃してあげられるほど、風狸は舐めて掛かったらダメなモンスターだからだ。
「ごめんね。でも私だって痛かったから」
刀を突きつけて風狸を仕留めようと画策する。
だけど風狸は距離を取って逃げ延びようとする。
その背中をひたすら追いかけるが、フワフワとした尾が邪魔をする。
「そらぁそらぁ!」
刀を振り下ろすと、風狸の尾に当たる。
だけど全くダメージがないのか、痛がる素振りすら見せない。
それもそのはず、刀が触れても綿のようなものがくっ付くだけで、切った感覚がまるでなかった。つまりいくら頑張って攻撃をしてもダメージなんて本体には一つも入らない。
かなり弱った。私は唇を噛んでいた。
このままじゃ風狸を倒せずに、せっかく手に入れた隙を活かせない。
また頬袋に空気を溜めて風の刃を放たれるのはごめんだと、とにかく追える限り追ってみた。けれど風狸はそれを分かっているのか、空間の隅を狙って走っていた。
だからだろうか。いくら追いかけても一向に捕まる気がしない。
だけど私は一人じゃない。
私自身の能力が速く走れるわけでも、相手を捕まえる能力でもないのなら、使える手段は限られる。でも私には使える手段が用意されていた。何せここには一人で来たわけじゃないのだから。
「ウルハ! 反対から回って風狸を捕まえて」
「ええっ、わ、私が!?」
「大丈夫、無理はしなくていいから。それに倒す必要も無いんだよ。少しだけ、ほんの少しだけ足止めをして。お願い!」
私は喋りながら攻撃の手を止めなかった。
風狸にとにかく私達の方が強いんだぞと突き付ける。
しっかりとアピールをすると、風狸はモンスターなりの野生の勘を働かせ、委縮して攻撃の手を止めてくれた。それを上手く使えば、無理に倒さなくても済むかもしれない。私はそう考えたのだが、残念ながら期待は無意味だった。
「ヴーンガァ!」
急に風狸は立ち上がった。尻尾を使って体を支えると、前脚をブンブン振り回す。
鋭い爪を引っ提げると、一番近くに居たアスムのことを引き裂こうとする。
すぐ目の前には私の顔があった。今にも顔の半分が皮膚ごと奪われるかと思った。
けれど私は声は出さず、緊張した様子もなく、速やかにバックステップを取ると、半歩程で無事に回避することができた。
「う、嘘でしょ? アスムちゃん、凄すぎるよ……」
:今の避ける?
:ゲームでも無理だろ
:何て言えばいいのか分からん
:とにかく凄い。凄すぎる!
:あれがアスムさん……マジでヤバいな
:ファンになっちゃうかも!
etc……
ウルハちゃんもコメント欄も言葉を失っていた。
ただひたすらに“凄い”としか言いようが無いし、それ以外の褒め言葉は存在しない。
私は嬉しいの反面怖がられているんじゃないか、軽蔑されているんじゃないかの不安がよぎった。仮面の内側では今にも崩壊寸前の豆腐メンタルで、風狸を目の前にして相手取ることに臆してしまいそうだった。
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