第35話
穴の奥まで私達は無事に辿り着いた。
そこは開けた空間が広がっていて、形は円形。天井部には穴が開いていて、太陽の光が射し込む。
そのおかげか、ドーム状の空間、真ん中を中心に光が広がる。直射日光がポカポカとしていて温かい。
「なんだか雰囲気があるね!」
「うん。ちょっとジメッともしているけど、私は嫌いじゃないかな」
私が陰キャ豆腐メンタルだからだろうか。この空気が嫌いじゃなかった。
むしろ天井にポッカリ空いた穴から射し込む陽射しが、私のことを拒絶しないか不安で一杯になる。
けれどそんな思いで固まっている私を差し置いて、ウルハちゃんは両腕を伸ばしてカメラドローンと一緒に陽射しのライトアップの下に入った。
「うーん、気持ちいい!」
「良かったね、ウルハ」
「うん。それにしても……」
ウルハは周囲を一瞥した。
私はウルハの視線を追って、ここまで通って来た穴を見つめる。もちろん言いたいことは分かったが、私は少し違うアプローチで見てしまう。
そこまで広がっていない穴で、ダンジョン化している山にできた洞窟と呼ぶには、随分とシンプルな構造。罠の一つもなく、まるでただの空洞でしかなかった。
はっきり言って、私は拍子抜けしてしまった。胸を撫で下ろし、安全であったことに安堵する。
「アスム、この穴なにも無いね」
「うん。だけど私はそれで良かったと思うよ」
「えっ、どうして?」
:えっ、撮れ高
:戦闘の一つもなし?
:アスムさんの考えが分からないです(*´・ω・)?
:安全第一ってことですか?
:ひゅるひゅる音の原因は?
:教えてください、アスムさん!
etc……
「どうしてって言われても……そうだね」
私は仮面越しに周りを見回す。
刀=時知丸に反応が無い。おまけに魔石を使ったアクセサリーも微動だにしていない。
これはダンジョンの反応の起伏が弱い。つまり安全性がある程度高いことを意味していた。
「モンスターと接敵しなかったのもそうだけど、なにも無いのが一番だと思うからかな?」
「それはそうだけど、それだとつまらないよ。それにひゅるひゅる音の原因も分からないでしょ?」
確かにウルハちゃんの言う通りだった。
けれどその謎にはすぐに答えが出せる。
私は今一度ウルハちゃんと一緒に立つこの場所を見回した。
「ウルハ、この空間でおかしなところはない?」
「おかしなところ? うーん、そんなの無いけど、みんなは分かる?」
ウルハちゃんは答えを求め、視聴者も巻き込んで悩み考えた。
登録者は百万人を優に超えるウルハちゃんのチャンネル。たくさんのコメントが滝のように流れていた。
しかし残念なことにダンジョン有識者は居ない模様。だから地形から推理し、この空間自体がヒントだと教えて貰っていた。
:例えばドーム形状だからとか?
「ドーム形状?」
「いい考えだよね。多分だけど、私もその線だと思うんだ。もちろん根拠があるかは分からないけど」
「ドーム形状だとなにかあるの?」
「えっと、あの穴から射し込むのが日光だけじゃないってことだよ。例えば……来たっ!」
私の前髪を風が撫でた。すると同時に強い風が天井の穴から入り込んでくる。
とても強い風だった。風の入口が一つしかないからか、そのせいもあって全身を風が打ち付けた。
ウルハちゃんの髪がたなびいた。吹き抜ける度に岩肌を風が擦る。
その音はひゅるひゅると軋むように聞こえてしまい、如何やらこれがひゅるひゅる音の原因らしい。
「今の風凄かったね!?」
「うん。だけどこれで謎が解けたよね。正体はあの穴から抜き抜ける風の音。それがこの空間の岩肌を優しく撫でて擦れた時の音が、あの狭い空洞から外の穴を伝って響く。仕組みを暴いたら簡単だけど、分からないって怖いよね?」
「そうだよ、私ビックリしちゃった。だけど、アスムと一緒に謎が解けて嬉しかったよ」
「ええっ!?」
私は動揺してしまった。うっかり仮面を落としそうになる。
全身がたじろぎ硬直するが、ウルハちゃんは私だけに笑みを浮かべてくれた。
その表情はカメラドローンには映らない。
「アスムと一緒なら、怖いものもないみたい。だね」
「あっ、えっと……私はそんなに凄くないよ。だけどそう言って貰えて、嬉しいかな?」
素直に喜んで良いのか分からなかった。
むしろ喜びたい本音があるのに、喜ぼうとするたびに胸がざわついて仕方ない。
豆腐メンタルの悪い面が前面に押し出されてしまう中、私は全身を貫く様な嫌な感覚を感じ取った。
「ううっ!?」
「どうしたの、アスム!」
ウルハちゃんは驚いた様子で私のことを見つめる。
挙動不審な態度が目立ってしまったのか、心配の色がかなり強い。
指をモジモジ動かしており、そんなウルハちゃんに不安を煽るようなことを私は空気を合わせることも読むこともせずに口走ってしまった。
それだけ私の豆腐メンタルは意識に駆られて余裕が無かった。
「い、今嫌な風が背中を……ウルハ、急いで帰ろう!」
「な、なんで!? 原因は分かったけど、まだ隅々まで探索は終わってないよ?」
「いいから早く! そうしないと……来ちゃうよ!」
私は叫んだ。とにかく急いでここから離れたかった。
視聴者もウルハちゃんの意見すら置き去りにだ。
そうしないと手遅れになるかもしれない。全身を貫く様な鋭い風の息吹を感じた。
しかし誘導するのが遅かった。私は目を見開くと、ウルハちゃんを押し倒す。
「伏せて!」
「うわぁ!」
あまりにも突然で大胆な行動。もしかしたら嫌われたかもしれない。
私はウルハちゃんを押し倒してしまい申し訳ない思いで一杯だった。
しかしそれも許してほしい。何故なら背中を劈いたのが、とてつもない風圧の刃だったからだ。
「だ、大丈夫ウルハちゃん!」
「……」
「ウルハちゃん?」
視線をウルハちゃんの顔に向けると、何故か顔が赤らんでいた。
おまけに無言で完全に固まっていた。
怒られる。私は怖くて怖くて仕方がない。だけど豆腐メンタルが持たなくなる前に、私は背後からの敵意を目の当たりにせざるを得なくなった。
「はっ!? う、ウルハちゃん。すぐに立って」
「……えっ、ど、どういうこと?」
「いいから早く。モンスターが、風狸が来るから」
私はウルハちゃんを押し倒していたが素早く動けるように配慮した。
するとウルハちゃんの視線の先、カメラドローンもピントを合わせる。
暗闇の中、陽の光を嫌うように姿を現し、この場所に無断で足を踏み入れた私達を睨みつけるモンスターの姿。
この場所の先住者であり、丈夫な四肢とふわりとした綿を束ねたような尾を揺蕩わせる狸が、得物を捉える眼力で先制攻撃を仕掛け脅しているのだった。
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