第33話
穴の奥からひゅるひゅると異様な風の音が聞こえてくる。
聞きたくない音。私は素直にそう思い、耳を塞ごうとする。
だけど残念なことに耳を塞げなかった。麗翼ちゃんに右腕を握られて動けないからだ。
「すむちゃん、怖いね」
「う、うん」
「変な音するよね。しかもこの感覚、これが刺す感じなのかな?」
「う、うん。多分そうだけど……」
近い、とっても近い! 私はテンパってしまった。
だって隣にいるのはあの大人気配信者、インフルエンサーとして恵まれた能力外の能力を有するあの瀬戸内麗翼ちゃん。
私は心臓がドキンドキン激しく脈を打ち、今にも失神してしまいそうになる。
それくらい緊張が爆発し、豆腐メンタルが友達の前なのに崩壊寸前、既に足は固まって動けなくなっていた。
「どうです、この風の音」
「どうですって言われても、調べてみないと」
「そうですか……あの、私になにかできることはありませんか? よければこの町の町長として、なにかお手伝いをと」
そんなことはしないで欲しい。
私は町長さんが危険極まりないことを考えていたので、素早く注意をした。
「ダメです!」
「えっ!?」
しかし言葉が直接的すぎて最悪のアクションになってしまう。
私は視線を右往左往、緊張で破裂しそうな心臓を胸に抱き答える。
もはや必死すぎて、噛み噛みになっていた。
「あ、あの。ダンジョン探索は危険なので、私達がやるってことです。なので町長さんは少し待っていてください」
「そ、そうですか?」
「はい。あの、一時間経っても戻って来なかったら、立見原の市役所まで連絡をお願いします」
「分かりました。ではお気をつけてくださいね、お嬢さん達」
そう言い残すと、住職さんはお寺へと戻っていく。
こんなところにいても体に悪い。私なりに絶対にもっと言い方があったと、後悔と言う名の波に全身をずぶ濡れにされてしまう中、唇を噛みまくる。
痛い、痛すぎる。でもそれくらいしないと心が到底保たないのだ。
「麗翼ちゃん」
「な、なに?」
「離れては……ううん、なんでもないよ。私達はここに来たんだから、ここに来た目的を果たさないとね」
私はスマホを取り出し素早くダンジョン用の衣装に切り替える。
仮面を付けて顔が見えなくなる。すると心がスッとなって目の前のことがはっきり見えた。
もはやそこに豆腐メンタルの文字はない。
あるのは一人のAランク探索者の姿なのだ。
「麗翼ちゃん、私達にしかできないことをするよ。今日はいつもの配信じゃないから」
「えっ、配信はするよ?」
「ええっ!? うわぁ、あっと」
仮面が落ちてしまった。驚きすぎて落ちてしまった。
一体全体何が起こっているのか。この状況でも配信をする根性。流石は人気配信者だ。
私はそう思い讃えるが、麗翼ちゃんは私の腕を解放すると、にこやかな笑みを浮かべ、ピースサインを作る。
「ど、ど、ど、ど、どういうこと!?」
「大丈夫。許可は取ってあるから! 告知もバッチリ、SNSでやってるよ!」
「ま、ま、ま、待ってよ! 話が早すぎるよ。確かにカメラドローンは持って来てるけど、この状況だよ! ほ、本当にするの?」
いざメンタルを無理矢理奮い立たせたせいか、反動で豆腐メンタルがいつも以上の豆腐メンタルになっていた。
しかしそれも無理はない。いつの間にか許可取りもSNSで告知も済んでいた。
おまけにサムネも作っているようで、待機画面はバッチリ。こんな用意周到なのに、怖がっていて大丈夫なのかと、もう何を悩んだらいいのか分からないでてんやわんやだった。
「それじゃあ早速配信を……」
「ま、待ってよ。私はまだ心の準備ができてないよ!」
私は必死に止めようといた。一体なんで止めようとしているのか分からないけど、とにかくこんな危険なことを配信しても面白くもなんともない。
だけどそんな私に麗翼ちゃんはこう言った。
これは人気配信者の矜持らしい。
「すむちゃん。すむちゃんは確かに探索者としては先輩だよ。でも配信者としては私が先輩。だから一つだけ言わせて。ダンジョン配信や動画は、人の心にダメージを与えるものじゃないんだよ。人にダンジョンの奥深さ、高揚感、喪失感、危険性、それらを教えるのも大事なことなの。特に身近な危険、それが人の本能を駆り立てる。だからね、敢えてやるんだよ。ううん、やらないとダメなの!」
そんなものなのかな? 私にはよく分からない。
だけど麗翼ちゃんの意志は硬いようで、曲げる気はない。
だけど考えてみればこれは大事なことだった。
その世界は異世界と混ざった。だからダンジョンは近くにあって、いついかなる時でも、私達なことを見ているのだから、それを忘れないためにも、必要な配信だと、豆腐メンタルで諦めることにした。
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