第32話

 私達は住職さんの案内で、穴の場所まで向かった。

 リュックサックを背負い、武器も肩から掛けている。

 この先はなにが起こるか分からないので気を引き締めていると、徐々に町の裏山=空洞山の姿が近付いて見えた。


「もしかして住職さん、空洞山の裏側に穴があるんですか?」

「ええ。数日前に突然できた穴で、そこからひゅるひゅると風の音がするんですよ」

「や、山に大きめの穴が開くことはたまにあるよね」


 山は生きている。それは山自体が植物を携え、地面の隆起によってできた大地の結晶だからだ。

 もしかするとこの山自体が神聖なものであり、それゆえに強いエネルギーを持っていてダンジョン化しているのではないだろうか。

 私はそう思ったが、裏付ける証拠として刀=時知丸がカタカタと動いていた。

 全身を刺すような嫌な感覚が強まり、足が竦んで震えそうだ。


「ううっ、ちょっと怖いな」

「すむちゃん大丈夫?」


 私は一度立ち止まると、麗翼ちゃんは振り返って心配してくれた。

 住職さんも探索者にしか分からない特別なエネルギーを感じたと理解してくれたのか、目を見開いて驚いている。


「大丈夫かなお嬢さん?」

「は、はい。でも、段々嫌な感覚が強くなって来てて……」

「うーん? さっきからなにを言っているのか、さっぱり分からないんだが、訊いても良いかね?」

「すむちゃん、私の友達の進夢ちゃんにはこれから起こることや今起こっていることが感覚として伝わるんです。つまり、進夢ちゃんがこれだけ警戒しているのは……」

「この先にある山、空洞山で嫌なこととか面倒なことが起こる証拠だよ」


 私の能力が教えてくれていた。本当に風狸が居るのかもしれない。そう思わせるには充分で、そうでなくとも面倒な予感がプンプンした。

 私は麗翼ちゃんと住職さんの顔を見比べる。

 この先で何が起きているのか。一体何が待ち構えているのか。今から想像するだけで、頭の中が不安という怪物に支配され、呼吸が荒くなるのが自然と分かった。




 荒い斜面を上がっていくこと二十分程。

 私達は住職さんの案内で空洞山にやって来た。

 近くで見れば見るほどその大きさは桁違い。ちょっとしたハイキングには丁度良さそうで、私はしないけれど、観光地としても使えそうだ。

 けれどそのためには安全が確保できないとダメ。何故なら今この山はダンジョンと化している。モンスターの生息域であり、異世界の常識に飲まれた天然の魔境。

 ゴクリと喉を鳴らすと、滲んだ汗が零れだし、私は隣に居る麗翼ちゃんをチラ見する。


「うわぁー!」


 ポカーンと口を開けて呆けていた。

 この山の何所に穴があるのか、一見すると分からないし、穴の一つや二つはあるはず。

 まさか今からこの山を登ることになるのか。そう考えると骨が折れそうだ。

 だけどここまで来た以上は気合を入れて頑張らないとダメだと思い、私は一人「よし!」と鼻息を荒げ気合を入れ直した。


「気合十分だね、すむちゃん」

「う、うん。ダンジョンだからかな? 少しだけ、メンタル面が落ち着いて来たかも……ああ、普段から落ち着きがないだけであって、その、ダンジョンが隙ってわけじゃないら……」

「分かってるよ。それより穴は何処に……」

「こっちですよ」


 住職さんは立ち尽くしていた私達を待ってくれていた。

 如何やら穴の在処はここではなく本当に裏側。

 そっちは崖になっているようで、山には登れないようになっている。

 如何やら山を登る羽目にはならずに済みそうで、それはそれで安堵した。


「良かったね。山登りしなくて済んだよ」

「うん。だけどこの先は崖ってことは……うっ!?」


 私は全身を刺すような嫌な感覚を余計に覚えた。

 痛い。苦しい。肌を突き刺してきて、この先に行くのを躊躇う。

 それほどまでに能力が訴えかけて来ていて、自然と足が止まる。


「麗翼ちゃん、そっちに行くの?」

「うん。住職さんはこっちに云ったから」

「だ、だよね? それじゃあ、行こっか」


 私は気合を再度入れ直した。舐めていたこの山の魔力を。

 私は自分自身の豆腐メンタルが粉々に砕けないように慎重になりながら、住職さんの後を追った。

 急ぎ早になって向かうと、空洞山の反対側には辿り着けた。

 そこは禿山になっていて、緑は上部にしかない。それ以外は剥き出しの崖で、真っ暗な穴がポッカリ開いていた。不気味で怖い。流石に麗翼ちゃんも「うわぁ」と声を漏らす。


「ここがその穴です」

「ここが……ってあれ? 風の音が聞こえないような気も?」

「麗翼ちゃん、よく耳を澄まして。ちゃんと聞こえるよ」


 麗翼ちゃんは首を捻って音が聞こえないでいた。如何やらこの山の魔力に当てられたらしい。慣れていない探索者ならよくあることだ。

 私はそんな麗翼ちゃんの肩をポンポン叩き耳を澄ましてもらう。

 目を閉じて言葉を減らし風の音にだけ意識を研ぎ澄ます。するとひゅるひゅると音がした。なにか異様なまがつを運んでいるようで、私は気味が悪かった。


「うわぁ、本当に聞こえるよ!」

「うん。だけど同時に凄く嫌な感じがするのは気のせいだといいんだけど」


 麗翼ちゃんも住職さんも気が付いていない。

 この場でこの嫌な風と感覚に苛まれているのは私だけのようで、唇を噛んで全身に取ろ肌が立っていた。

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