第31話

 私と麗翼ちゃんは空洞町の住職さんに話を伺うことになった。

 住職さんに通され、早速客間に足を運ぶ。

 丁寧にお茶とお茶菓子を出されてしまい、なんだか申し訳なくなってしまった。

 私は唇を噛んで黙っていると、住職さんは早速口を開いた。


「いや、遠くからわざわざお越しくださってありがとうございます。先日連絡をしてくださったのは……」

「はい、私です!」


 麗翼ちゃんは瞬間手を挙げた。

 あまりに早い挙手に目を奪われてしまったが、住職さんは気にせずに話し出す。


「元気がいいお嬢さんだ。それでは今回の調査なんですが」

「それなんですけど、風狸と聞いていて」

「それはよく分かっていないのですがね、如何にもここ最近町の様子が不穏と言いますか」

「不穏?」


 それを聞いて私の脳裏に直感が走った。

 鋭い剣戟となって脳の奥を震わせるには十分だった。

 竹刀袋に入れられている刀=時知丸がガタガタと激しく揺れ始めた。

 嫌な予感が駆け抜けてしまい、私は強く息を飲んだ。


「実際になにが起きているわけではないのですがね、ひゅるひゅると風の抜ける音がして」

「それって何処から聞こえるんですか?」

「この町のシンボルでもある空洞山。その麓、崖沿いに突然できた穴の中からなんです」

「穴?」


 それなら風が抜ける音がひゅるひゅると聞こえて不思議じゃない。

 普通なら何でもないことだと高を括って調べもしない。

 けれど私はそうはしたくなかった。いや、本当はそうしたいんだけど、何処か胸を突き動かす放っては置けない感覚に左腕を握っていた。


「どうしたのすむちゃん?」

「先程から様子がおかしいのですが、こちらのお嬢さんは体調不良なのですか?」


 普通に心配されてしまった。

 このまま黙っているのは良くない。これ以上何も口を出さないと、ただの置物になってしまい、余計に心配を加速させるだけだった。

 だからこそ、私は勇気を出して口を開く。

 なにか言って私の意見を聞いて貰うのだ。


「あ、あの! その……えっと、あっ、ひゅるひゅると言う音は、本当に風が抜ける音なんですよね?」


 私は気になっていたことを尋ねた。

 答え次第では事態は大きく変化する。

 しかしながら、その重要性に誰一人として気が付いていないらしい。

 私は自分が間違っているのかと思ってしまい、不安のあまり豆腐メンタルがプルンプルンとなり始めた。


「確かに私の耳が聞いたのは、風の音だったと思いますけど?」

「本当ですか?」

「なにが言いたいの、すむちゃん?」


 住職さんも麗翼ちゃんも何を言っているのかとばかりに私を見ている。

 けれど一応大事なことだと察してくれたのか、私の質問には答えてくれた。

 けれどあまりに曖昧で、私は麗翼ちゃんに逆に訊かれてしまう。


「えっと、その、風の音が本当にモンスターによるものか気になっちゃって」

「「モンスター?」」

「は、はい。ひゅるひゅるの音がただの風の音ならなにも心配は要らないから。でも、もしもモンスター、それこそ風狸の仕業だったらって考えたら、つい事実確認がしたくなっちゃって。ごめんなさい」


 この町自体が異世界の影響、つまりはダンジョン化の浸食が広がっているのは刀=時知丸が教えてくれた。

 けれどひゅるひゅると聞こえる風の元凶が地形によるものなのか、ダンジョンに出現したモンスターによるものなのかは分からない。

 ただ曖昧に風狸という言葉がダンジョン調査課の中で独り歩きしている可能性もなくは無いのだ。その事実確認のために尋ねたのだが、私の言葉で引っかかりに勘付いたらしい。


「そんなことないよ、すむちゃん。今覚えばそうだよ!」

「うーん。確かにあれは風の音だったとは思ったのですが、モンスターだと仮定すると一大事になる。実際に確認して見なければ分からないということですか」

「あれみたいだね。シュレディンガー!」

「の猫?」


 確かにちょっと似ているかもしれない。

 風の元凶。それが分からなければ、結果がどんな方向に転ぶのか。

 私は唇が震えてしまったのを隠そうと強く噛むと、傷ができて血が滲んだ。

 痛い、普通に痛くて、表情が渋くなると、麗翼ちゃんも住職さんも心配した。


「とにかくその穴を調査してみるのが一番だと思うよ?」

「そうだね。住職さん、その穴の場所に案内して貰えますか?」

「それが一番のようだね。よいしょっと」


 住職さんと麗翼ちゃんは私の言葉にハッとなってしまった。

 もしかしたら良くないことをしちゃったかも。

 心が不安で一杯だ。私なんかが、人の行動理由に介入してしまった。

 それを考えるだけで頭が痛くなって壊れそうになる。


「あー……あああああああああああああああ!」

「ど、どうしたのすむちゃん!?」

「どうしたんだねお嬢ちゃん。なにかあったのかい?」

「な、なんでもないです、けど……ううっ」


 私はドクンドクンと心臓の鼓動に悩まされた。

 顔が沸騰しそうなほど熱くて熱くて仕方ない。

 しかし私は隣でカタカタと鳴り響く刀=時知丸と、私が普段から身に着けている魔石の欠片。その共鳴現象で呼び起される嫌な予感に、際限なく不安が溢れるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る