第30話

 私と麗翼ちゃんは坂道を登った。

 とにかくこの上にある空洞寺を目指して歩いてみた。

 かなり急勾配で長い坂だ。

 だけど私と麗翼ちゃんは弱音一つ吐いたりしない。だってダンジョンなんかよりも全然楽で、すぐ目の前の自転車すら追い越してしまった。


「ねぇねぇすむちゃん!」

「な、なに?」

「この坂、かなり急だね」

「そ、そうだね。でも平気だよ?」

「凄い! もしかして体力自慢?」

「そんなわけじゃないけど、ちょっとだけ鍛えてるから、かな?」

「へぇー。そんな仏には見えないけど……ん?」


 坂の上で麗翼ちゃんは立ち止まる。

 急に話を区切ったから何かと思ったが、寺の方から聞こえてくる。


 何を言っているんだろう?

 私も耳を澄まして聞いてみる。

 すると野太い声で、何かを必死に唱えていた。


「摩訶般若波羅蜜多心経……」


 あれ? これってもしかして。

 私は麗翼ちゃんの顔を窺う。

 すると麗翼ちゃんも気になったのか、私に尋ねてきた。


「すむちゃん、今のは?」

「多分お経だよ。般若心経。ポピュラーなお経だね」


 これが聞こえたということは、間違いなく寺がある。

 しかもこの近くのようで、早速坂を駆け上がる。

 すると瓦屋根の建物が見えた。木組の大きな建物で、高台には鐘撞堂も見える。

 間違いない。お寺だ。ここが目的の空洞寺だ。


「麗翼ちゃん、ここみたいだよ」

「本当だね。それじゃあ早速……」

「ああ、待ってよ! 勝手に入ったらダメだよ!」

「でもそれしかないでしょ? それに私、前以て連絡は入れてあるから大丈夫だよ!」


 さ、流石は麗翼ちゃん。準備万端で隙がない。

 早速寺の中に入ると、お経を頼りに本堂へと向かう。

 直接建物の中を潜るのは忍びない。

 そこで縁側から回り込み、完全に不審者スタイルで接近する。


「確かこっちから……」

「れ、麗翼ちゃん。お経が終わるのを待った方がいいよ!」


 絶対に私の意見は正しい。それが常識の範疇だと勝手な決めつけを敢行。

 しかし麗翼ちゃんもそれ自体は理解を示していた。

 でもダメ。今回は麗翼ちゃんが二手先を考えていた。


「それもそうだけど、お経が終わるのがいつかは分からないでしょ?」

「でも、一言言ってあるなら時間がくれば……」

「それが、はい」


 麗翼ちゃんはポケットを探した。

 スマホを取り出してホーム画面を見せる。

 何かと思ったが、麗翼ちゃんの口からはとんでもない言葉が飛び出した。


「さっき井戸端会議に突撃したから、予定の時間過ぎちゃった。つまり遅刻だよ、急ごう!」

「ええっ!?」


 あんなに余裕を持って行動してたはずなのに。

 麗翼ちゃんの人目を惹きつけるパワーを前に、私達は完全に振り回されてしまい、自分すらそれをコントロールできないでいた。


 圧倒的だ。もはやなりふり構えられない。

 私はパニクリメンタルで目を回すと、竹刀袋を落としてしまい、近くの石にぶつけた。コーン! と鈍い音がお経を邪魔立てする。


「ん?」


 本堂の中から声がした。扉も薄っすらと換気目的のためか開いていた。

 住職さんと思しき男性が木魚を叩く手を止めて、グルリと私達を見つめる。

 完全に視界に捉えられ、目が合ってしまう。

 頭の中が瞬時フリーズすると、パクパク金魚になる私のことを庇い、麗翼ちゃんはにこやかな笑みを浮かべる。


「そこにいるのは誰かな?」


 住職さんは立ち上がると私達の方にやって来る。

 こっちに来られる前に答えないと終わる。

 私は脳がバグってしまい、目線が右往左往した。


「あっ、えっと、その……」


 私は早速テンパる。

 あたふたしてしまい、モジモジと指と膝を互いにごっつんこさせる。

 顔が真っ赤になる。豆腐メンタルが沸騰して湯豆腐になる。


 その状況をチラ見した麗翼ちゃん。

 私の背中をポンと軽く摩るように撫でると、私に勇気を送った。

 丁度気道のところだったからか、呼吸が上手くできるようになり、私は頑張って住職さんに伝えた。


「わ、私達は探索者です! 立見原のダンジョン調査課から調査依頼を受けてきました!」

「来ました!」


 麗翼ちゃんはピースサインを送った。

 あまりにも信用がない。住職さんは立ち止まる。

 私は怖くなった。何を言われるか分からない。

 こんな子供なんかに任せられないと気圧されるかも。そんな不安が立ち所に湧いて来るが、住職さんは寛大だった。むしろ喜んでくれた。


「本当ですかな! まさかこんな可愛いお嬢さん達に来てもらえるなんて、ささっ。上がってください」


 住職さんに気軽に招かれてしまった。

 私は困ってしまうが、隣で麗翼ちゃんが「はい!」といい返事を上げる。


 私は如何しようと悩む。

 しかし麗翼ちゃんに手を差し出された。

 掴まないわけにはいかない。私は麗翼ちゃんに引っ張られ、古い日本建築にありがちな高い段差を超えて、お寺の中に足を付けた。

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