第29話

「よっと」

「やっと着いたね」


 長かった。ここまで長い電車旅だった。

 だけど私達はようやく辿り着けた。

 やって来たのは山奥の小さな集落。

 そこは村と呼ぶには発展している町で、名前を空洞町。近くにはダンジョンの影響でできたとされる神秘の山、空洞山があり、その麓に位置する静かな場所だった。


「うーん、ここが空洞町。静かだね!」

「う、うん。魔力も満ちてる」


 竹刀袋の中に入れた刀が揺れた。

 魔力の流れを検知したようで、駅でこの揺れ方、相当濃い。


 これならモンスターが居てもおかしくない。

 私はそう感じて、服の袖を摘んだ。

 震える足、竦みそうになってしまうが、麗翼ちゃんはそんなこと気にしない。


 駅のホームをすぐさま離れようとする。

 まずは情報収集だ。

 ダンジョン調査課に知らせたとされる町長の下に話を伺いに向かう。


「それじゃあ行こっ、すむちゃん!」

「う、うん。麗翼ちゃん」


 私は先に行ってしまう麗翼ちゃんを追いかける。

 テクテクと少し小走りになると、全身を針のような感覚が襲った。

 嫌な感覚だ。まだ能力を使っていないはずなのに伝わるこの感覚に、強力なモンスターの予感をさせた。




 私と麗翼ちゃんは町の方に足を運んだ。

 そこは長閑な町並みが広がっていて、町の人達の行き交いが見られた。

 立見原も商店街の方に行けば人の談笑があるけれど、ここではその繋がりが強い。

 都会よりも田舎の方が、その土地の人の繋がりは強いのだ。


「良いところだね」

「うん」


 私は麗翼ちゃんに相槌を打つ。

 確かにこの町は良いところだと思う。

 けれど私の刀=時知丸が揺れ続けているのが無性に気になって、常に神経を擦り減らしてしまった。


 もしかするとこの町全体がダンジョンに侵食されつつあるのかもしれない。

 私は嫌な予感がプンプンした。

 だけどそんなことはないはず。私は自分の気のせいだと、不安が見せる幻影に豆腐メンタルを支配されないようにした。


 だからだろうか。私は麗翼ちゃんの側による。

 すると変に気を遣わせたのかな、麗翼ちゃんは「どうしたの?」と尋ねた。

 私はなんと言ったらいいか分からなくなり、顔を赤らめてしまった。


「麗翼ちゃん、この町ダンジョンに近いのかも」

「ダンジョンに近いって?」

「えっと、その……空気とかかな?」


 いざ説明してと言われたら難しかった。

 私は辿々しくなってしまい、口がパクパクしてしまう。

 しかし麗翼ちゃんに頑張って伝えようとすると、薄い笑みを浮かべられてしまって恥ずかしい。


「凄いね、そんなものまで分かるんだ!」

「わ、私は、その……人の目とか、よく見るから」


 本当は怖いから見ているんだ。

 他人が何を考えているのか。それさえ予測できれば、前以った準備ができる。

 その余裕が欲しいから目を配り、私が傷つきたくないから、思考を巡らせる。

 だけどそんなことをしても、何の意味もない。

 だって、他人のことを解ろうとすることはできても、分かることは何もないのだから。


「そっか。それじゃあまずはなにをする?」

「えっと、情報収集」

「ってことは、町長さんにお話しを聞かないとね!」


 麗翼ちゃんは親指を立てた。

 私はそれじゃあ行こう! ってことだと思ったが、町長さんは何処にいるのだろう。

 この小さな町だ。きっと公民館……とは限らない。

 私はあたふたしてしまうが、そんな中麗翼ちゃんは井戸端会議中の主婦層に直撃した。


「あの、すみません!」

「麗、麗翼ちゃん!?」


 私はドン引きした。まさかの行動力。流石は麗翼ちゃんだ。

 私は遠目から見ただけで豆腐メンタルが撃沈。一歩も動けなかった。

 そんな中、真っ向から直撃。正面衝突で、話を伺いに行く姿に度肝を抜かされる。


「凄いな、麗翼ちゃん。どんな話してるのかな?」


 失礼承知で聞き耳を立てる。

 すると何気ない会話を繰り広げていた。


「あれ? 見ない子だね。学生さん?」

「はい。立見原の生徒です!」

「立見原? わざわざそんな遠いところからね」

「この町、なにもないよ?」

「そんなことないですよ。空気も良いし、景色もいい。おまけにダンジョンもあるんですよ!」

「「「ダンジョン?」」」


 凄い会話を繰り広げていた。

 完全に独壇場を形成し始めていて、もはや入る隙間もない。

 私は不安に駆られ、ドギマギしてしまう。

 しかし聞き耳を立て続けていると、ようやく話が動く。


「そう言えば住職がそんなこと言ってたわね」

「住職さん?」

「この町のお寺、空洞寺の住職さん。この町の町長もやってるのよ」

「へぇー。そうなんですか?」

「そうなのよ。それで不思議なことを言ってて、気味が悪いのよね」


 流石は主婦層。この町の情報源をキャッチしている。

 私なら絶対引き出せないのだが、麗翼ちゃんの手腕炸裂で、見事に情報を集める。

 私が麗翼ちゃんにこの場を任せることにしてホッとすると、急に竹刀袋が揺れた。


 カタカタカタカタ!


「ま、また?」


 本当に嫌な予感がした。もしかしたら勘付かれたのかもしれない。そんな気が立って仕方なく、私は身震いをする。

 すると麗翼ちゃんが走って戻ってくる。手応えがある顔だ。


「分かったよすむちゃん」

「そうなの、麗翼ちゃん?」


 にこやかな表情を浮かべ、「任せて!」と言いたそうだ。

 胸の前に手をやると、麗翼ちゃんは堂々と答える。


「うん。この町の住職さん。その人がなにか知ってるみたい」

「そうなの?」

「そうなの! でな、お寺はあの坂の上だって!」

「あの坂……ううっ、骨が折れそうだね」


 目の前には急勾配の坂がある。

 その上にお寺があるのは何となく想像の範囲内。

 だけどこれは骨が折れそうだと、私は気合を込めて小さく拳を作るのだった。

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