第27話

 私は麗翼ちゃんに頼まれる形に加え、私自身の意思で同行することになった。

 だけどその前に情報を集める必要がある。ダンジョンは未知の領域で、今回みたいにあまりにも胡散臭いと言っては何だが、難しくこじれた話になると念入りな準備も必要で、それが過度であることに間違いはない。


 私と麗翼ちゃんは、早速情報を集めるために動く。

 そのためにはまず、ダンジョン調査課に行くのがベストだ。


「それじゃあどうやって集めよっか?」

「私はダンジョン調査課で直接聞いた方が良いと思うよ?」

「ダンジョン調査課? そう言えば、私はあんまり利用したことないけど、すむちゃんは行ったことあるの?」

「う、うん。魔石を換金しないといけないから」


 この世界が異世界と混ざり合って一つになってから年月が経った。

 当時から問題視されていたのは大きく分けると二つ。

 ダンジョンと異世界人だ。


 ダンジョンはいつ何処にできるか分からない。意思を持った土地だ。

 そこにはたくさんの資源があり、同時に未知が満ち満ちていた。

 けれどモンスターのように危険生物も多く生息していて、並みの人間では死んでしまう。

 そこで対策を打つべく世界中で起きたのが、異世界人との交流だった。


 異世界人は即ち異世界の知識と常識を持っている。

 だから最初は打ち解けられなかったが、ダンジョンをきっかけに互いに生き残るべく協力体制を敷いた。

 その末にできたダンジョン関連の問題を一手に引き受けまとめる機関。それこそがダンジョン調査課であり、国が新たに立ち上げた異戒省の存在理由だった。


「それで来たは良いものの、市役所ってちょっと緊張するよね?」

「う、うん。でも私は人が少ないから好きだよ」

「そうなの?」

「手続きとか、私が代わりにしないといけないから」


 私はほとんど一人暮らし状態だから、手続きは代わりにやっている。

 だからだろうか。市役所にはよく来ていて、ダンジョン調査課にも何度もやって来ていた。

 最初の頃は許可証も取らずにダンジョンに言って、無謀だと怒られた。

 本当に担当の人は良い人で、ちょっとお節介すぎるのがたまに傷だけど、私は嫌いじゃなかった。


「それじゃあ調査課は……相変わらずだね」

「うん。お姉ちゃんに訊いたら、この街のダンジョン探索者はそんなに多く無いんだって。日本でも有数のダンジョン産地なのに」


 だからこそ大変で命の危険が伴っていた。

 この世界の科学者と異世界人が手を取り合って作ったダンジョンに適応できる薬がなければ簡単に命を失っているはずだ。

 確実に薬の成功が約束されてはいないけど、その分の報酬は手には入る。

 今となればいい金策源になっていて、ダンジョンは怖いけど自分もみんなも助けられても居た。誰かが日々脅威と向かい合い、その末に生かし生かされている。そんな気がしてならず、胸が苦しくなる。


「毎回思うけど、ボタンを押さないとダメなんだよね?」

「うん。ダンジョン調査課は、その……暇らしいから」

「そっか。それじゃあ押すね」


 麗翼ちゃんは設置されていた呼び出し用のボタンを押した。

 ピンポーン! と市役所内に響き渡る。

 するとものの数秒。一呼吸も置く時間は無く、誰かがダンジョン調査課の窓口に駆けこんできた。


「はいはいはーい! 今、行きまーす!」


 そういう頃にはもう来ていた。

 目の前には黒髪の女性。だけど普通の人間ではない。

 特徴として頭からは狼の耳を生やし、お尻からは尻尾を出している。

 大きくて迫力のある目をし、犬歯をニヤつかせる女性。

 この人こそ、立見原市のダンジョン調査課で働く公務員の一人、異世界人のヴェルフさんだった。


「あはは、お待たせしました!」

「早すぎますよ、ヴェルフさん」

「う、うん。ヴェルフさんはいつも元気ですよね。カッコいいです」


 ヴェルフさんはカッコ良かった。

 だっていつも元気でにこやか。硬い雰囲気を一人でぶち壊していた。

 その魅力が最大限発揮されているからこそ、私は憧れを抱いてしまう。

 なにせ私には足りていなくて、全然無いものだからだ。


「褒められたものじゃないですよ! 私なんて失敗ばかりで」

「そうなんですか?」

「でも失敗してもくじけない所がヴェルフさんの良いところ、だと思います。あっ、ごめんなさい。なんとなくそんな気がして」


 私は勝手なことを言ってしまった。

 胸が苦しくなって自分で墓穴を掘った気になった。

 けれどヴェルフさんはそんなことを言った私の手を掴んで離さなかった。

 本当に嬉しそうでにやけ顔が止まらなくなる。


「ありがとうありがとう! まさか自分よりも年下の子に褒められるなんて思わなかったよ。それじゃあ今日はどのようなご用件でしょうか?」


 ヴェルフさんは私達に尋ねた。

 あくまでもここはテンプレートだ。

 けれどその節々のイントネーションに独特のヴェルフさん味を感じる。


「あのヴェルフさん、この依頼なんですけど?」

「ああ! それは立見原市役所ダンジョン調査課の依頼! もしかして見てくれたの?」

「はい。実はちょっとお尋ねしたいことがあったんです。なにか知ってるかなと思って」


 私は麗翼ちゃんの横で首を縦にコクコク振った。

 すると大人の女性の筈のヴェルフさんは私達にフランクに話してくれた。

 ここもヴェルフさんの良いところだった。


「あー、これ? うーん、実は分かってなくて」

「分かってないんですか?」

「うん。空洞町はここから電車で乗り継いですぐだけど、風狸が出るっていうのが不思議で」


 確かに風狸とは何か分かっていない。

 肝心のヴェルフさんに訊いても何も出て来ない。

 一体空洞町に何が起きているのか。実際に行ってみないと話しが見えてこない。


「あの、どうしてこんな話がダンジョン調査課に来たんですか?」


 私は勇気を出して尋ねた。

 するとヴェルフさんは思い出す仕草をしてポツポツ呟いた。


「うーんとね、あれは三日くらい前だったかな。空洞町の町長さんから連絡があったんだよ。なんでも裏山に突然大きな穴が開いて、そこから変なひゅるひゅる音が聞こえて来るって話。最初はただの自然現象かもと思ったんだけど、動物の死骸が転がってるらしいからもしかしたらと思ってね。そこで状況証拠だけでも良いからなにかないかと思って、依頼を出してみたんだけど、それっきりさっぱりでね。もう困っちゃうよね」


 ヴェルフさんも手を焼いていた。

 確かにそれだけだと何とも言えない。もしかしたらいたずらの可能性もあるし、なにかの勘違いかもしれない。

 けれど動物の死骸は気になる。もしも危険なモンスターなら早急に手を回さないとヤバいかもしれない。

 胸の心拍数が爆発的に上昇し、豆腐メンタルが震え出す。不安が一気に襲い掛かり、何も悪いことをしてないはずなのに苦しくなった。


「それで誰か依頼をと思ってたんだけど、まさか進夢が受けてくれるんだね。これは心強いよ!」

「ほえっ!?」


 急に私の名前を出されてしまった。

 口の中から心臓が飛び出しそうになり、顔が真っ赤になる。

 呼吸が荒くなるのが自分でも分かるが、麗翼ちゃんは「そうでしょ!」と何故か調子付いていた。私にはできない余裕な素振りだ。


「すむちゃんは凄く強いもんね」

「そんなこと……」


 私は顔を覆ってしまった。

 恥ずかしすぎて赤面を見せたくないのだ。

 だけどヴェルフさんはそんな私の気持ちなんて考えず、ズバリと暴露してしまった。


「なに言っているの? 進夢はAランク探索者だよね? だから心強いよ。早速連絡しておくね」

「ええっ!? そ、そうだったの?」

「ううっ、ヴェルフさんバラさないでよ……」


 何となくそんな予感がしていた。

 市役所の中に入ってから、ずっと体に冷たい空気が触れていた。

 きっと全てはこれだったんだと、終わってから気付かされる。

 犬の様な行動力に好奇心旺盛な姿が、ウェアウルフのヴェルフさんらしくて怒るに怒れない中、私は恥ずかしさのあまり豆腐メンタルが完全崩壊してしまった。

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