第26話

 私と麗翼ちゃんは電車に揺られていた。

 今の時代、電車はもの凄く速い。そして安い。ほぼタダみたいな値段で成り立つのも、税金の運用と資金繰りが解消されたからだ。


 それもダンジョンのおかげだけど、代わりに路線図は大分変わってしまった。

 そんな現状、何故私達が揃いも揃って電車に揺られているのか。しかも行き先は山の方。理由はシンプルだった。


「ねぇ、麗翼ちゃん。本当に行くの?」


 私は不安になって尋ねた。

 どうせなら帰りたい。そんな気持ちが馳せる中、麗翼ちゃんは首を縦に振る。しかも笑顔だった。


「うん、もちろん行くよ!」

「だ、だよね……」


 私には諦める以外の選択肢が残されていなかった。

 心臓の鼓動がバクバク音を立て、血液の血中酸素を増やしまくる。

 心が痛い。同時に緊張で胸も痛い。

 ああ、豆腐メンタルが持つのかな。そもそも如何してこうなっちゃったのかな?

 

 私は少し前に意識を飛ばした。

 あれは三日前。屋上での出来事だった。




 屋上はビュービュー風が吹いていた。

 私は背中を壁に付けご飯を黙々食べる。

 隣には麗翼ちゃんが居た。私なんかに気さくに話しかけてくれる。


 これが友達効果? 私はゲームのバフみたいに感じた。

 だけどそれがいつ離れちゃうか分からなかった。

 少しだけ怖くなり、また意味のない架空の心配に豆腐メンタルを揺らす。


「それでね、今度はあの山に行ってみようとと思うんだ。すむちゃんも来てくれる?」

「えっ、な、なにが!?」


 話を全く聴いていなかった。

 いや、そういえば嘘になる。半分は聴いていた。だけど内容はあやふやで、要点を掻い摘む程度だった。


「あれ、すむちゃん聞いてなかったの?」

「う、ううん。ちょっとだけ、何処かに行くんだよね? 多分だけど、ダンジョンでしょ?」


 私はタジタジになりながら答えた。

 すると麗翼ちゃんは親指を立てた。


「正解! でも、ちょっと違うかな」

「ち、違うの?」


 嫌な予感がした。能力も使ってないのにだ。

 私は全身を身震いさせると、麗翼ちゃんの笑みを受け止める心の余裕を取る。


 だけど一体何が違うのかな?

 私のダンジョン知識が全然活かされない。

 頭の中をフル回転させるが、目がグルグル回って仕方がない。


「今回はね、ちょっとした調査も兼ねて行くんだよ!」

「ちょ、調査?」

「うん。ほら、これこれ!」


 麗翼ちゃんはスマホを指で弾きスクロールする。

 するととある検索結果とURLを見つけた。

 怪しいサイトだったりしてと怪しむが、如何にもいかがわしいサイトではなく、真面目なものだった。しかもサイトの運営はまさかの市役所だ。


「ダンジョン調査課の公式サイト?」

「そうだよ! それでね、見て欲しいのはここなんだけど」


 画面をスクロールしながら麗翼ちゃんが見せたい画像をチェックする。

 何やらダンジョン調査課で公開されたものが有るらしい。

 何だが不穏な気配を感じるが、気のせいだと信じたかった。


「すむちゃんにも見てもらいたいんだけど、あっ、これこれ!」


 画面を私の顔に近づける。

 そこには何やら噂話が記事として載っていた。

 如何やらダンジョン調査課からのお願いらしい。


「えーっと、なになに? [空洞町の風狸]?」


 よく分からなかった。

 だけど空洞町くうどうちょうは聞いたことがある。

 この世界が異世界と混ざり合った際に地殻変動でたくさんの街並みが変化した。その名残で新しく街や地名が生まれたが、その一つだ。つまり歴史は浅く、ここ立見原から程近いのも特徴だった。


「ねっ、変わってるでしょ?」

「変わってるって言うよりも、よく分からないよ。風狸なんて、聞いたこともないモンスターだから」


 もちろんダンジョンアーカイブにはたくさんのモンスターの情報が記されている。

 一般に危険を知らせるためにも開示されている。

 けれどもその全てを私は知っているわけではないし、異名的な感じに正しい名前かは分からないのだ。


「私この調査依頼を受けたいと思っているんだけど、すむちゃんはどうする?」

「えっ、麗翼ちゃん行くの!?」


 私は驚いて目を見開いた。

 まさかとは思ったけど、本当に行くとは思わなかったのだ。

 とは言え撮れ高のためとは聞き辛い。もしそうなら私は断固としてお断りで、全力で止めに入る。


「もちろん行くよ!」

「危ないよ。やめた方が良いよ!」


 私はまずは正々堂々と目に入る。

 しかし麗翼ちゃんはそれを一つの意見と踏まえて聞き入れた。しかし首を縦には振らない。

 頑固だとは思ったが、私も麗翼ちゃんの意見を聞く。もしも撮れ高パターンなら軽蔑ものだが、如何にもそうではない。


「すむちゃんならそう言うと思ってたよ。でもごめんね、私は行くよ」

「どうして?」

「人助けがしたいとか、そんな正義感に溢れたことじゃないよ。私、ダンジョン探索者としてまだまだだから、もっと上達したいんだ。この変わっちゃった世界で生きていくためには、少しでも生き延びるための方法が必要になる。そのためには、私ももっとダンジョンに行かないとね」


 麗翼ちゃんはにこやかな笑みを浮かべる。

 私は笑顔を貰って固まってしまった。

 まさかそこまで考えているなんて、普通に想像の外から持ち出されてビックリした。


「あはは、原始的かな?」

「う、ううん。そんなことないよ、そっか……でも、そうだよね」


 私は自分のメンタルを強くするために頑張ってきた。

 だけどなかなか上手くいっていない。それならもっと、やれることをやってみてもいいかもしれない。

 そんな気持ちが沸々と湧き上がり、私は唇を噛んだ。


「でも危険なんだよね。どうしようかな」

「私も行く」

「えっ!?」


 麗翼ちゃんは私の言葉に感化されたのか、不安が蠢き、意志を弱めた。

 しかし私がポツリと呟いてみせると、首を振り回した。

 目を見開き意外そうにする。


「私も行くよ。私も、もっと強くなりたいから」


 私拳をギュッと握った。

 血潮が湧き上がり、指先まで真っ赤に染まる。


「凄い、すむちゃんが頼もしく見え!」

「や、やめてよ。私は自分のため、ただそれだけだよ」


 私は顔を背けた。顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

 だからだろうか。揶揄うような仕草で、麗翼ちゃんは薄ら笑む。


「いいと思うよ、私は」

「ううっ」


 もの凄く恥ずかしい。

 今からでもやめたいのに、もう言ってしまったことに嘘をつけない。

 唇を噛み締め、とんでもなく不安に苛まれる中、豆腐メンタルが震え出し、色んな感情に脅かされるのだった。

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