第18話

 何か近付いて来ている。それだけは確かに伝わる。

 私の能力が冷たい感覚をナイフに見立てて教えてくれた。

 間違いない。これはヤバめのモンスターだと、脳に直感をもたらした。


「ウルハ、気を引き締めて」

「アスム、一体なにが来るの?」

「なにかは分からないけど、とにかく危ないよ」


 私はとにかくウルハに危険を伝える。

 するとコメントにも響いたのか、緊張感が迸る。


「来るっ……」


 全身を冷たい感覚が駆ける。

 本当にすぐ目の前のようで、腰を落としていると、ドスン! ドスン! と響くような音ではなく、スタッ、スタッ、と軽やかで地面に足の裏を付けていない感じがした。


「なにが聞こえる。これが嫌な予感なの?」

「う、うん。嫌な冷たい空気……」


 そのまましばしの間息を殺してジッと待つ。

 力強い眼を抱き待っていると、それは姿を現した。


「ンニャァーゴ!」


 声質に加えて見た目がマッチする。

 私もウルハちゃんもその姿を見て確信する。

 これはヤバい。なにがヤバいって、こんなシンプルな見た目で単純に大きいのだ。弱いわけがない。


「ウルハ、あれってどう見ても猫だよね?」

「うん。だけど猫にしては大きいよね?」

「うん。この間のオニカジリと同じだね」

「ううっ、嫌な記憶が……」


 二人の前に現れたモンスターは巨大な猫だった。

 体は茶色。黒の斑点がまだら模様で入っている。

 スラリと伸びた長い四肢に短めの尻尾。顔は凛々しく、家猫のような感じがしない。明らかに獰猛な肉食猫の顔をしていて、可愛さに隠れて狂気が見える。


「アスム、あの猫ってなに?」

「分からない。でも強そうだよ」

「アスムも知らないの? ねぇ、誰か知ってる人いない?」


 ウルハちゃんはコメントに頼る。

 すると大量のコメントが投下された。

 ウルハちゃんは手にも止まらぬ速さで投げ込まれるコメントを一人で処理する。

 そこで見つけたのはモンスターの名前。ウルハちゃんは見逃すことなく、私に伝えてくれた。


「アスム、あのモンスターの名前が分かったよ。ジャンガーキャットみたい」

「ジャンガーキャット?」


 アスムはこの場所の情報を頭の中で並べる。

 すると一瞬だけど名前と見た目を覚えたモンスターと一致する。


「そ、そうだよ。あれはジャンガーキャット! 確かジャンプ力が凄いって、ダンジョンアーカイブに載ってたはずだよ」


 頭の中に動画が流れる。

 一度だけ、ほんの十五秒程しか観ていない。

 だけどとんでもないジャンプ力だったことを思い知らされる。流石にあんなに飛ばれたら、私の能力でも強化された身体能力でも太刀打ちできないと、心の底から実感した。


「どうしよう。あんなモンスター」

「大丈夫だよ、アスム!」


 悩む私にウルハちゃんは声を掛けてくれた。

 嬉しかった。優しい言葉が私のことを包み込み、冷たくてナイフのような嫌な感覚が、そっと温かいものに置き換わる。


「ジャンプ力が凄いんだよね? それなら私が活躍できるよ」

「そうなの? もしかしてウルハもジャンプする能力?」


 私はウルハちゃんの能力を尋ねる。

 しかし違うようで、「それは見てのお楽しみだよ」とウインクした。


「それじゃあ気を取り直して、とりあえず私は……」

「私は逃げた方がいいと思うよ。無駄な戦闘は避ける。それがダンジョンで生き残る術の一つだから」


 ここまで来てなんだけど、私は戦う気はなかった。

 出鼻を完全に砕かれ、ウルハちゃんは調子を落とす。転びそうになると、ウルハちゃんはこう言った。


「に、逃げるの!」

「私はそれでもいいと思うよ。だってまだ獲物にされてないから、その余地は十分にある」


 あまりにも臆していた。

 臆病にも程があるが、ここでは豆腐メンタルの方が強い。私はそう感じたが、如何にもできないらしい。


「嫌いになっちゃった?」

「ううん。アスムの言うことは一理あるよ。でも、今はそれができそうにないかな」

「だよね。撮れ高欲しいもんね」


 私はチラッとコメントを見た。

 しかし溢れるコメントの波は上下に動きながら慌てふためいていた。



:ヤバいヤバい!

:逃げた方が良くね?

:急げ、全員退避!

:狙ってるって、ヤバいって

:ダンジョン怖っ

:アスムさん流石。ダンジョン探索者として優秀だ!

etc……



 なんで褒められてるのかもなんで怯えてるのかもパッと理解した。

 視線を動かすと、そこには長い爪がある。

 ウルハはその瞬間叫んだ。この危機を一言で説明する。


「私達、もう獲物みたいだよ?」


 目の前の鋭い爪が空を裂く。

 激しい振動と共に、爪が地面を抉った。

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