第19話

 ジャンガーキャットの鋭い爪が空を裂き、地面を抉った。

 高見原草原の柔らかい翠の草を刈り取るが、私とウルハちゃんは無事だった。


「危なかったね」

「うんうん。ジャンガーキャット、動きが速いよ」


 私とウルハちゃんは間一髪のところでちゃんと躱した。

 あまりにも一瞬の出来事すぎて、カメラのフレームが追いつかない。

 死んだと思われたのも突然、姿を現した私とウルハちゃんの姿にコメント欄は安堵する。

 ダンジョン配信に限っては特別例外な、スプラッターなシーンをできれば映したくない。


「ンニャゴ?」


 ジャンガーキャットは何も掴めなかったことに動揺していた。

 手のひらを見てみるが獲物が捕まっていない。

 よっぽど自信があったのか、ジャンガーキャットは怒り狂う。


「ンニャーゴ!」


 けたたましい鳴き声が耳を劈く。

 だけど耳を塞げ余裕なんてない。

 こうなったら戦うしかなくなったと、私も刀を握る。

 いつでも抜刀できるように準備すると、キラリと光った刃に反応し、ジャンガーキャットは睨み付ける。


「来るよウルハ!」

「分かってるよ、アスム」


 私はウルハちゃんと目線を合わせた。

 互いにジャンガーキャットの動きを見計らいながら、行動を取る準備をした。

 しかしあまりにもジャンガーキャットの動きが速くて驚いた。


「ンニャ!」


 ジャンガーキャットは鼠を潰すみたいに前脚を思いっきり叩き付けた。

 草原の草が簡単に潰された。

 ペチャンコになって変な形で折れるも、私とウルハちゃんはしっかり躱した。


「予期している攻撃なら、反撃の一手にしかならないよ!」


 私は能力で攻撃を予期していた。

 前足に引っ掻かれると、冷たい感覚が頬を突き刺していた。

 だからそれを利用することにした。


 前脚を上手く避けると、ダンジョンによって強化された身体能力を最大限活かす。

 軽くジャンプすると、ジャンガーキャットの毛と骨を足場にして前傾姿勢で駆け上がる。

 体が軽い。楽しい。普段の豆腐メンタルではありえないようなことが、仮面を被っているおかげもあり自信に繋がり動けていた。


「あれがダンジョンのアスム……カッコいい。行けー! 行けー! A・S・U・M・U! イェーイ!」


 ウルハちゃんの応援が私の耳に届いた。

 これならますます頑張れる。

 私は自分を鼓舞すると、刀を鞘から抜いた。

 前脚を駆け上がり、刃が確かに触れる。


「そりゃあ!」


 私は刀を抜いた。

 愛刀=時知丸ときしらまるはジャンガーキャットを切り裂く。

 前脚の付け根を切られ、あまりの痛みに悲鳴を上げた。


「ウンニャァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 ジャンガーキャットはうずくまる。

 睨み付けた目をアスムに向けた。

 今にも噛み付いて噛み殺そうとしていた。マズい怒らせちゃったかも。そう思って仕方ない。


「ンニャゴ!」

「だから私には当たらないよ。ごめんね」


 私はスッと後ろに飛んだ。

 もちろん攻撃が確実に来ると分かるわけじゃない。

 全身を突き刺すような冷たい感覚が、私の豆腐メンタルを刺激するのだ。

 いますぐここから逃げろ。いい、つべこべ言わずに今すぐ逃げろ。そんな訴えに応え、私は避けていた。


「そりゃ!」


 私は避けるだけに止まらない。

 体が軽く心も温かい。

 おかげで豆腐メンタルが沸騰して、心地が良くなっていた。いわゆるあれかも。トリップかもしれないが、それでも冷静に私は仮面の内側で警戒していた。


 刀の切っ先が触れた。

 ジャンガーキャットの前脚を更に傷付ける。

 その残虐な姿に、きっとコメント欄もウルハちゃんでさえ軽蔑している。

 それでも戦わないと、必死にならないとこっちが殺される。私はダンジョンの苦渋を舐めながら、必死の抵抗を見せたが、その様子を見ていたウルハちゃんはギュッと拳を握る。


「アスムだけに任せてちゃダメだよ。私も、私だって前に出ないとねっ!」


 その頃、私はジャンガーキャットの反撃を受け止めていた。

 そのせいで体が無防備になる。

 空いたもう一つの前脚が鋭い爪を展開し、私のことを切り裂こうとした。


 ヤバい。やられる。

 私は仮面の内側で恐怖心に支配されそうになった。

 しかしナイフで貫かれる冷たい感覚から急に温かくて頼りになる感覚が吹き掛けた。


 私は何だと思った。

 ふと首だけを向けると、そこにはレイピアを叩き込むウルハちゃんの姿があった。


「せーのっ!」


 ウルハちゃんはレイピアを突き立てた。

 間一髪のところで私を切り裂こうとする前脚を貫いた。

 痛みで動きが鈍る。その隙を逃さず、私とウルハちゃんはまたしても距離を取った。


「ありがとうウルハ」

「ううん。アスムだけに任せてられないもん」

「そんなことない、よ?」


 私は必死に訴えた。

 だけど戸惑ってしまい、せっかく湯豆腐になっていたメンタルが冷蔵庫の中に逆戻りしそうになる。

 

 しかしウルハちゃんは笑みを浮かべていた。

 そしてレイピアを掲げると、こう叫んだ。


「ここからは私も能力を使うよ!」

「能力?」

「うん。だから、覚悟しててよね」


 私に言ってるんじゃない。ジャンガーキャットに言っていた。

 頼りになる。私はウルハちゃんと一緒で良かったと胸を撫でることにした。

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