第17話

 ウルハちゃんはスライムを倒した。

 手に入れた小さな魔石を握り締め、私のところに走って来る。


「見て見てアスム。私、スライム倒したよ!」

「うん。良かったね、ウルハ」


 にこにこ笑顔でウルハは手に入れた魔石をカメラドローンに近付ける。

 ピントが顔に合わないように手だけを映すと、コメントがたくさん返ってきた。



:綺麗な魔石

:ちっちゃくて可愛い

:魔石って宝石みたい

:おめでとうございます!(500円)

:青くて素敵

:アクセにしたら似合いそう

:ウルハさん強すぎでしょ!(1,000円)

etc……



 私ならあり得ないような投げ銭まで貰っていた。率直に羨ましいと感じる。

 だけどウルハちゃんの人徳があってこそだ。

 流石はウルハちゃん。私は褒めちぎりたいけど、拍手を送りすぎると気持ち悪いと思ったから、自重してモジモジしてしまった。

 素直に喜べない豆腐メンタルすぎて、震えが止まらなくなる。


「ふぅ。それじゃあ次……ってどうしたの!」


 ウルハちゃんは気を取り直して次に行こうとする。

 しかし私が震えていることに気が付きパッと状況を整理する。

 だけどよく見えてこない。首を捻りに捻ると、ポンポン肩を叩いた。


「大丈夫。アスムの出番はこれからだから!」

「で、出番?」


 何か勘違いされてしまってらしい。

 私は別に戦わずに済むならそれでいい。

 豆腐メンタルなボロボロハートは突然のことに剥がれ落ちそうだった。


「そうだよ。この草原エリアのダンジョン、私も少ーしだけ調べたけどね、たまに厄介なモンスターが出るらしいの。それが出たら、一緒にやろ!」


 そんな話は聞いてない。いや、聞いてないとか知らないとかは嘘だ。

 私と少しだけ調べてみた。

 そしたらこのダンジョンのことが出てきた。


 なんでも昔、ここ草原に遠足に来ていた保育園児がモンスターに殺されてしまったらしい。それ以来、こんなに綺麗な場所なのに私達みたいなダンジョン探索者しか来なくなった。

 その元凶となっているモンスターは今でも生きている。と言う話は有名で、突然恐ろしくなり漏らしそうになる。


「だからそれが出てきたら一緒にやろ! ねっ」

「う、うん……」


 正直出遭いたくなんて気は更々無い。

 むしろ出遭わなければ好都合。

 それくらいの豆腐メンタル精神な私とは対照的で、あわよくば撮れ高が欲しいウルハちゃんとは相容れなさそうに感じてしまう。

 だけどこれはウルハちゃんなりの優しさだと、私は何となくで察した。ここまできたら、やるしか選択肢もない。


「それじゃあ早速探しに行こう!」


 ウルハちゃんはドンドン奥へと向かった。

 私もカメラドローンの画角にギリギリ映るように端を歩きつつ、ウルハちゃんの隣に立つ。


「そうだウルハ」

「なに?」

「さっきのレイピア捌き凄かったね。もしかして習ってたの?」


 私は気になることがあった。

 それはウルハちゃんの卓越したレイピア捌きだ。

 的確に貫くだけじゃない。ウルハちゃんの使うレイピアは見たところしなやかさよりも突破力を優先している。あんな素早く反応できるのは、何かやっていたか能力くらいだと思った。


「ううん。習ったことはないよ」

「そ、そうなの!」

「うん。でもね、ダンジョンに来たらできるようになったんだよ。不思議だよね」


 ウルハちゃんは分かっていなかった。

 もちろん私も分かっていない。

 だけどお母さんやお姉ちゃんが言うには、それにはある種の意味があるらしい。


「それがウルハの潜在意識の中にあったものかもね」

「潜在意識?」


 ウルハちゃんが早速引っかかった。

 私もツッコまれるとちょっと困る。

 だって私には返す手札が何もない。強いて言えば一つだけだった。


「ダンジョンはそう言う場所だから。あっ、私も詳しいことは知らないよ!」

「そうなの?」

「う、うん。ごめんなさい」


 私は小声で謝った。

 そのおかげで頼りない姿をカメラドローンで撮られない。マイクも拾っておらず安心したが、急に嫌な予感がした。

 全身を駆けた冷たい感覚が、私に警戒させる。


「待って、ウルハ!」

「な、なに、どうしたの?」


 私は立ち止まった。自然と刀に手を置く。

 何かあったのかとウルハもコメントもひりつく。



:なんだなんだ!

:何かいるんですか?

:そう言えば前にもこんな展開あったような

:アスムさん、何かいるんですか!

:何もいないけどな

:もしかしてスキル? それとも経験? どっちしてもヤバい?

etc……



 たくさんのコメントが流れた。

 だけど私は見てもいられない。

 全身を冷たいナイフが突きつけられているような嫌な感覚に襲われて、それどころの騒ぎじゃない。


「どうしたの、アスム?」

「ウルハ、警戒して。この先、何かいる」


 私の言葉に動揺が走る。

 激震する強烈な稲妻が脳天直下で降り注ぐと、ウルハも正面を向いた。

 この先に何かいる。そしてそれはゆっくりと気怠気にこちらへと近づいて来ていた。

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