第15話
麗翼ちゃんの突然の掛け声で始まった。
とってもハイテンションで、配信を始める前から調子を作る。
だけどもちろん麗翼ちゃんの言うことに間違いはない。
ダンジョンではこの格好では居られない。
何故ならダンジョンは危険だからだ。
そのため、ダンジョン調査課で薬を服用したら、必ずイメージを固めてアバターを作る必要がある。この時、無意識の中でアバターが決められ、ダンジョンに入ると自動的に体がアバターと入れ替わるのだ。
そのおかげでダンジョンで怪我をしても外に出ればある程度は完治する。
けど、許容範囲を超えてしまうと、怪我では済まない事態に陥るのだ。もちろんアバターを作れない人は、もっと悲惨な目に遭う。
それこそがダンジョンであり、生き残る術の結晶体、通称ダンジョンアバター。
まさしく、SFファンタジーの集結で、私も当然持っているから変身する。
あの時の怪しい格好だ。
「はい、完成! どうかな?」
「どうって……麗翼ちゃんでしょ?」
そこに現れたのは姿形がほとんど変わらない麗翼ちゃんの姿。
だけど前回と比べて髪の色や目の色に若干の違いがある。
かなり動きやすい格好で、襟と袖口と靴には真っ白な羽が付いていた。おまけに髪と目の色は澄み切った青で、クールな印象が少しだけ歪に感じる。
だけど、私は麗翼ちゃんに似合っていると率直に感じた。
「どうかな? 私の格好、変じゃないよね?」
「うん。とっても可愛いよ」
「えへへ、ありがとう。イメージは動きやすさの中にアイドルっぽいデザインも混ぜたって感じなんだけど、白と青が基調になってて素敵……って、褒められて調子に乗っちゃった」
麗翼ちゃんは本気で恥ずかしがる。
それに対して私は卑屈だ。
顔は仮面で隠し、服装も動きやすさ重視。
コートを前で留め、パンツはブーツの中に収まっている。本当に遊び心も何もなくて、麗翼ちゃんの隣に立つのが怖い。
「すむちゃんも可愛い……って言うか、カッコいい?」
「あ、ありがとう、ございます」
「そんな敬語いいよ。髪の色も赤で目の色も赤なんて、まるでヒーローものの主人公だよね」
「うっ!」
とっても痛い所を突かれた。
これはあくまでも私のイメージ。
こうなりたいって言う気持ちが強く出たものだけど、それを言われるの恥ずかしくて仕方ない。モジモジしてしまう私だったが、こんなことをしている暇はない。
早速配信の準備を始めてしまう。
「それじゃあSNSで告知告知ーっと」
「ううっ、緊張する」
私は今から緊張を始めた。
いつもの私の配信とは訳が違う。
ここで失敗なんてできないし、きっと叩かれる。
心苦しくなってしまい息が詰まりそうになるが、麗翼ちゃんは簡単に私を励ます。
「大丈夫大丈夫。気楽にやろう!」
そう言われれば言われるほど緊張する。
胸が痛くて仕方ない。
そんな中、カメラドローンを接続しスマホを使って配信をパパッと待機状態にした。
「はい、できた。うおっ、待機している視聴者もこんな時間だけど結構いるよ!」
スマホを顔の前に近付けた。
たくさんの視聴者が集まっている。
私なんかじゃ到底集められない人を、容易く集めてしまった。カッコいい。凄い、凄すぎる。
私は麗翼ちゃんとスマホを交互に見る。
「それじゃあここからは私のこと、ウルハって呼んでね。私もアスムちゃんって呼ぶから」
「う、うん」
「それじゃあ、待機画面外すよ。マイクもオンにするからね」
ウルハちゃんは待機画面を外した。
それからマイクのミュートも完全にオンにする。
お互いの顔と声が配信に載ると、大量のコメントがスマホに溢れ出す。
「みんなこんにちは。ウルハです! 今日はダンジョンにやってきたよ。って、草原だからダンジョンかは分からないよね。あはは、あっ! 投げ銭ありがとう!」
早速投げ銭を貰っていた。
それを皮切りにドンドン投げられる。
観ている視聴者も楽しんでいる。何故だろう、ウルハちゃんの喋り方には迷いがなくて、はっきりとした芯がある。だからだろうか、私の胸も熱くなる。
「それじゃあここで今回のゲストの紹介!」
突然何てことを言い出すんだ。
顔中が熱くなり、私は我を忘れる。
ど緊張で豆腐メンタルが湯豆腐になっていく。水分が抜け、ボロボロと繋がりを失って崩壊していく。今にも膝から崩れ落ちそうで、膝がガルブルだった。
そんなこととは露知らずだ。
ウルハは上げるだけ上げていた。
コメント欄もそれに呼応して、盛り上がりを見せる。指先が震え出し、アワアワと呼吸が荒くなる。
「私は普段ゲストなんて呼ばないけど、今回のゲストは私にとっては超超超待望の相手! みんな、誰か分かるかな?」
:誰だろう?
:ダンジョンだろ。ってことはExEさんとか?
:いやいや、太平洋沿いってことは、塩ミンさんかな?
:マグマMAXさんは!
:いやいや、合わないでしょ
:誰でもいいから期待してるぜ!
etc……
ああ、マズいことになってる。
私には全然分からないダンジョン配信者の名前が上がりまくる。
この状況で無名の私なんかが出ても盛り上がらない。いっそのこと逃げ出して……と最後の足掻きを見せようとしたが、それもできず手招きをされた。
「それではご登場……」
もうダメだ。全部遅かった。
こうなったら如何にでもなれ。
私は全てを諦めた完全に仮面に隠した私で通すことにする。そうここにいるのは、私であって他の誰でもない。
私は私。自由に気ままに。何も関係ない。そうだ、ここにいるのは豆腐メンタルでグジュグジュなアスムだ。
「こ、こんにちは。アスムです」
私は仮面を被り、完全に身元不明で現れる。
カメラドローンの画角に収まり、ちゃんと配信に載る。
きっとコメントは荒らしで嵐が起こるんだ。目をギュッと瞑ってきた私だけど、ウルハはそっと手を取って、アイコンタクトでスマホを見るよう誘う。
:アスムさんって、この間ウルハさんを助けてた、超凄いダンジョン探索者さん!
パッと飛び込んできたコメント。
私は目を見開いてしまう。
驚いた。まさか知ってもらえてるなんて。恥ずかしがる私だけど、そこから次々コメントが投下される。
:アスムさんのチャンネルも登録したよ!
:マジでカッコよかった
:おすすめに流れてきて、観たらマジで凄い
:たまにいる逸材だよ
:ウルハちゃんを助けてくれたありがとう
:まさかコラボ相手がアスムさんか。絶対ウルハさんが誘ったでしょ
etc……
普通に嬉しかった。
心がハンマーでボコボコにされるかと思ったが、まさかこんなに友好的とは知らなかった。
今までコメントなんて見てこなかった。きっとつまらない陰キャだから。
だけどウルハちゃんのおかげで、私の心はほんのりと生姜が乗ったみたいな気持ちになる。美味しそうな豆腐だ。
「良かったね」
「う、うん」
私はウルハちゃんに耳打ちされた。
率直に言おう。正直嬉しい。
私は顔は画面で隠しながらも、頬をポッと赤らめて照れてしまった。ウルハちゃんに見られなくて良かったと、心の底から安堵していた。
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