第11話
「あむっ!」
瀬戸内さんは私の隣で弁当箱を片手に食べている。自分で作ったものなのか、卵焼きが少し焦げていた。
私も自分の弁当箱の中身をチラリと見る。
何処にでもあるような普通の手作り弁当。
箸を使って掬い上げ、口の中に入れる。まずまずだ。
「うーん、やっぱりここは良いね。誰も来ないし青空だと気持ちがいいよ」
「そ、そうだね」
「あれ? もしかして、飛鳥さんは嫌だった?」
「そんなことないけど……私がここにいてもいいのかな? 瀬戸内さんのお気に入りの場所なのに」
私は凄く不安だった。
いつ嫌悪されるか、考えただけで胸が痛い。
けれどそんな心配は要らない。
瀬戸内さんはニヤニヤ笑みを浮かべると、キラッと笑った。
「大丈夫だよ、飛鳥さんは」
「な、なんで?」
私は胸を劈かれた。
まるで抱き寄せられるみたいに逃げ道を失う。
何か言ったのかな、私。ヤバいのかな、私。心が右往左往、挙動不審になる中、瀬戸内さんはふと呟く。
「ありがとう、飛鳥さん。私のこと、助けてくれて」
「うん……えっ」
突然のことで反射的に頷いてしまった。
一瞬フリーズする思考回路。
しかしすぐに電気が直列で走り出すと、抵抗値をガン無視して私は口をパクパクさせていた。
「今、なんって?」
「ふふっ。私を助けてくれたの知ってるよ。仮面の探索者さん。あむっ」
「えっ、ちょっ、待って……な、なにか勘違いしてるんじゃ……」
「私、こう見えて人の顔と名前を覚えるのは得意なんだよ。パッと見た時、あの探索者が飛鳥さんだって私には分かったもん。誤魔化せないよ、私の目は」
何故に倒置法? と思ったのは一瞬。
私は瀬戸内さんに突きつけられた死刑宣告と思しき言葉に全身が硬直する。
細胞の動きが完全に死滅して、ボロボロと豆腐メンタルが全身に浸透して崩れ出す。
ああ、もう終わりだ。私は遠い目をし始め、視界が薄っらとなる。
「大丈夫、飛鳥さん?」
「うん、大丈夫だけど……なにかの勘違いってことは……」
「絶対無いよ! あれは、間違いなく飛鳥さんだったよ」
「ううっ、恥ずかしい」
私は顔を覆った。
全身が熱くなり、過呼吸になってしまう。
あまりの恥ずかしさにここから消えたいと思ってしまったが、瀬戸内さんはそんな私に言葉を投げる。
「カッコよかったな。あんな飛鳥さん、初めて見たよ」
「ううっ……」
「私のヒーロー。ううん、仮面を被った王子様って言うのかな? あんなトキメキ、今まで無かったよ」
余計に恥ずかしいことを言わないで欲しかった。
もう顔を上げられない。そんな中、瀬戸内さんは私のことを見ながら語りかける。
もちろん私は顔を見てはいない。何となくの視線からそんな気がした。
「ねえ飛鳥さん。飛鳥さんのこと、すむちゃんって呼んでもいいかな?」
「えっ?」
「ほら、進夢が名前でしょ? だからすむちゃん。ダメかな?」
そんなことを言われてダメなんて言えない。
きっと言ったらクラスで余計に浮く。
私は恥ずかしかったけど、コクコクと首を縦に振る。瀬戸内さんは表情をパッと明るくすると、「それじゃあ」と続けた。
「私のことも麗翼って呼んでよ!」
「えっ!?」
「あれ? それじゃあ、るはちゃんでもいいよ?」
そういう問題じゃなかった。
私には瀬戸内さんを下の名前で呼ぶなんて勇気無い。
だけど瀬戸内さんは私のことをジッと見ている。如何したらいいんだろう。喉が詰まって息がし辛い。
「えっと、瀬戸内さん」
「麗翼」
「麗翼さん」
「そこはちゃんって呼んでほしいなー」
「……ちゃん、でいい?」
「うーん、よく聴こえないけどいいよ。それじゃあ、すむちゃん。ID交換しよ?」
「えっ!」
「ROADのIDだよ。持ってるよね?」
一応持ってる。だけど私は友達がいないから、登録しているメンバーは少ない。
スマホを取り出して恥ずかしそうにアプリを開くと、麗翼ちゃんは素早く手慣れた動きでIDを交換した。
「これで良し。いつでも連絡が取り合えるね!」
「う、うん」
私から連絡することなんてあるのかな。
メッセージのやり取りもよく分かったない私だけど、麗翼ちゃんはニコニコした笑顔で返す。
「それじゃあさ、すむちゃん」
「な、なに?」
「またダンジョンに行く機会があったら一緒に行ってもいいかな?」
「えっ!?」
まさかあんな怖い思いをしたのにまた行くとは思わなかった。私は声が引き攣ってしまう。
しかし麗翼ちゃんはそう言い残すと背筋を伸ばした。凝り固まっていたものが取れたみたいだ。
「ま、また行くの? 危ないよ。あんな危険な目に遭ったのに……」
「でもそのおかげですむちゃんと出会えた。私にとってはそれ以上でも以下でもないんだよ」
「それは理由には……」
「なってるよ。一人じゃ厳しくても二人から、ねっ。私、誘ってくれるの待ってるから」
あまりにも一方的だった。
だけど選択の権限は私に委ねられていた。
如何したらいいのかな。答えが出ないまま時間は奪われ、昼休みは終わりを迎えるのだった。
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