第10話

 私は昼休み、とっても緊張していた。

 何せあの瀬戸内さんに呼び出されたからだ。


 一体何を言われるんだろう。もしかしたら、昨日のことを黙ってろってことかも。

 それもそうだ。相手は登録者百万人を超える人気配信者であり、クラスいや学年一の人気者。そんな人がモンスターに襲われて、私みたいな陰キャで豆腐でぼっち何かに助けられたなんて知られれば、きっと笑い者だ。


「あー、怖いな。行きたくないな。でも行かないと嫌われるかも」


 天を仰ぎながら、私は階段を上がる。

 立見原高校は決して屋上が解放されているわけじゃない。

 だけどみんな黙認していて、自己責任。

 一応柵はしてあるけれど、私は怖くて行きたくなかった。


「ううっ。お弁当も一緒に持ってきちゃったけど……そうでもしないと、食べる時間ないもんね」


 弁当箱を両手でしっかり握り締め、トボトボと重たい足を動かしながら、屋上に続く扉を睨んだ。

 視界に入ってしまった。もう逃げられない。

 きっともう瀬戸内さんは待っている。

 私はゴクリと喉を鳴らすと、胸がドキドキして苦しくなる。早く楽になりたいと、心の底から願った。


「神様、お願いします!」


 ガチャン!


 扉を開けると、風が吹き抜け顔が痛い。

 下ろした髪がかき上げられる。

 あー、これだとせっかくセットしても無駄なんだよね。まあ、私におしゃれは無縁だけど。と思いながら、屋上に足を踏み入れる。

 初めてやってきたけど、なかなか見晴らしは良かった。


「うわぁ。何か分からないけど、凄い」


 私は感動してしまった。

 目をキラキラさせて涙を流す。

 風が当たってドライアイでもないのに乾いてしまったらしい。

 目を擦っていると、当然声を掛けられた。


「あはは、分からないけど凄いんだ。面白いね」

「ひいっ!?」


 私は声が引き攣ってしまった。

 ふと隣を見てみると、そこには瀬戸内さんがいる。壁に背を付け、足下には弁当箱が置かれていた。


「せ、瀬戸内さん!?」

「うん。瀬戸内さんだよ」


 この間と全く同じ入りだった。

 私は目を見開き顔が引き攣る。

 それ以降、何て会話を運んだらいいか分からない。

 困り果てた私は挙動不審になり、「えっと、その……」とあたふたし始める。


 その様子を見兼ねたのか、軽蔑されたのか、瀬戸内さんが先に動く。

 私の下までやって来て、にこやかな笑みを浮かべる。


「そんなところにいないで、こっち来てよ」


 私の手をそっと掴んだ。温かい。

 家族以外の人の温もりを、昨日ぶりに感じた。

 私はしんみりして、心が沸かし始めたポットのような気分になる。


「せ、瀬戸内さん」

「なに、飛鳥さん?」

「どうして私を屋上に? もしかして……」

「変なことはしないよ。それより、一緒に食べよ。ねっ!」


 瀬戸内さんは不思議だった。

 私を誘ってくれた。

 弁当箱を持って来ておいて良かったかもしれない。


「ダメかな?」

「そ、そんなことないよ。ほ、ほら! 私も持って来てる、から……」


 私は目を逸らした。

 瀬戸内さんの目が不安そうだったから。

 もしも断ったらと思えば思うほど、胸が苦しくなる。けれど断らずに受けたことで、瀬戸内さんの表情はパッと明るくなる。


「ありがとう。それじゃあ隣にどうぞ」

「えっ、あっ、うん」


 緊張する。緊張して胸が弾けそうだ。

 豆腐メンタルが完全に崩壊し、土砂崩れのようだった。

 心が辛い。苦しい。だけど同時に嬉しくて、温かい気持ちになった。


「それじゃあ、どうぞ」

「失礼します」


 私は瀬戸内さんの隣に座った。

 するとそういえばと思い出す。

 瀬戸内さんが誰かとご飯を食べてるところを、私は見たことがなかった。それもそのはず、私は瀬戸内さんを見ながら食べてるわけじゃない。もしかしたら誰か他の子と約束をしていたんじゃないかと思うが、如何やら違うらしい。


「飛鳥さん、私が誰かと一緒に食べてるとこ、見たことないでしょ」

「えっ、う、うん!」


 まさか心を読まれた? もしかしてメンタリスト!?

 私は瀬戸内さんを見る目を変える。けれどにこやかな笑みを浮かべたまま笑って答える。


「やっぱり。私、お昼休みはいつもここにいるんだよ。ほら、ちょっとした気疲れってやつかな?」

「瀬戸内さん、無理してるの?」

「無理はしたないよ。私は誰かとコミュニケーションを取るの大好きだもん。でも、時々疲れちゃうから、一人の時間も欲しくて欲しくて……」


 当たり前のことだった。

 瀬戸内さんは人の注目を集める才能に特化している。もちろん良い意味だ。


 スタイルも良く、明るくて優しい。

 誰彼問わずコミュ力を発揮できる。

 流石は瀬戸内さんとしか言えない。

 私なんかとは根本から違うと痛感した。


「そ、そうだよね」

「うん。でも、今は少し違うよ」

「えっ?」


 私は瀬戸内さんの顔を見た。

 すると瀬戸内さんと目が合う。


「飛鳥さんが隣にいるからね」


 私は顔が真っ赤になる。

 恥ずかしくて仕方ない。

 まさかそんなことを堂々と言われるとは思わず、胸がバクバクした。

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